たこす

日々のこと。思うこと。

たこす

日々のこと。思うこと。

最近の記事

5.16

晴れるなら、もっと爽やかで、色濃く晴れて欲しいと思う。もう日中は半袖でも丁度いい。 楽器と向き合うことは、6割は自分と向き合うことと同じで、力を抜いて、必要なところだけに必要な量の力を加えるだけで良かったりする。 足掻いて、足掻いた末に見えるのが、実は何も無い場所にただ澄んだ空と、花と草木が拡がっている、みたいな。 美しいものは、複雑さがシンプルに映るもの。 ここ最近、彼くんとの仲は異常と言えるほどよい。 わたしが力を入れてやっていることといえば、自分をひたすらに肯定する

    • 5.08

      ここ最近は、粛々と自分を生きる、感じるままを肯定し、自分の感覚で生きていく、を訓練している。 日記を続けることも、義務になりたくないと思いつつ、義務化しないと続けられないということで、なにか対策はないかと考えてる。 つまるところ、楽しめないと意味が無い。 自分の考えを吐き出すこと、伝えること、まとめること。 これって自分の感覚をしっかりと味わうことで出来るようになるんだけど、どうやら私の中には、一気に色んなものがありすぎてしまうらしい。 他の人のことは知らないけど、 わ

      • 4.19

        写真は中之条ビエンナーレという美術品の展示イベントにて。 町中に美術作品を展示するという、斬新なイベントに初めて足を踏み入れてからというもの、すっかりわたしは虜になってしまった。 今日は自分の中の怒りという感情について、 考えることが多かった。 彼くんからお誘いがあったけれど、気分が乗らずお断り。 その後もちょっとした言い方が気に食わなくて、イライラしてしまったり。 彼くんだって、彼くんの思うままに生きているだけで、 わたしだって、わたしの思うままでいい。 だから、イライ

        • 4.18

          地元の大型モールがリニューアルオープンするということで、今日はプレオープン的なやつ。 恐らくグランドオープンしてからは、近づけもしないだろうと踏んで、なかなか寝不足だったけど頑張っていってきた。 わたしが子供の頃からある場所で、何回か増築をしている。姿を変えては生活に溶け込み、を繰り返してきた。 元々あった場所に加えて、また新たにスペースを1から作り、新しいお店を構えている。 自分でもミーハーな部分というか、話題になっているというだけで立ち寄ったものでもあるけれど、結果と

          4.17

          今年は桜の写真を撮るタイミングが微妙に合わずに、曇り空に咲きかけの写真と、散り際の葉桜になってしまった。 この日は朝からしとしとと雨が降っていて、まるで最後のひとつの花びらまで余すことなく散ることを、少し催促しているようにも思えた。 桜が散ることに意味を持たせているのは人間だけれど、わたしは、緑が濃くなる7月の桜に、花よりも強い生命力を感じる。 色んなトラブルや、こじれている部分が重なって、津波のように押し寄せてくるものを一つ一つ噛み砕いて、どうにもならないものはそのまま

          4.10~16

          この1週間、とにかく自分というものに向き合いながら過ごしてみた。 日記を書くということに固執せずに、ありのまま、今やりたいことに集中して、を繰り返していたら、いつの間にか時が過ぎてた、みたいな感覚だ。 日記を書くことは、その日刹那的な決定を繰り返している自分を振り返ることにもなるし、 解いたテストを見返すような感覚になる。 わたしはテストの見直しがどうにも苦手で、 グッと集中して、自分の中の奥の方にあるなにかを必死に使って解いた問題が、見直した時にはただの文字の羅列にしか見

          4.9

          大雨も大雨。 せっかくの桜が、きっともう散ってしまう。 自然が咲かせて、自然が散らしているのに そこになにも人工的な意図的なものは何も無いのに 残念だなぁという気持ちになるのは人間が勝手に 咲いている桜に意味を見出してるだけなんだけれど 花や星や景色を見て慈しみ、美しいと思う時間は 昔から大切にされてきたはずなのだ。 日本に生まれて、日本で育って、 春という季節をより感じられるものだし 気候の変化なのか、どこか色味が鮮やかに映る空気がある。 チューリップも沢山咲いているけ

          4.8

          晴れるのか曇りなのか、なんとも言えない天気。 哲学的な考え方を脳に入れてから 人間の動きの不完全さを不完全な完全という真理に近い思想として、絵の具のように少しずつ混ぜ込むことに成功している。 かと思えば、毎週キングコングを聞きながら、クスクスどころか、「わはは」と笑いながら何も考えずに通勤をする。 難しい言葉を使っているけれど、結局は自分が取り込んできた、メンタルを保つための励ましの言葉を、学術的に理解していくことで、そういうものなんだと刷り込んでいくだけだった。 薄らと

          4.5-7

          自己肯定感という概念 わたしはずっとこれに囚われてきた。 この土日はこの話について、向き合っていくために 情報を集めるという意味で、哲学的な考え方を まとめている人のYouTubeを見ていた。 大好きな楽器に触れて、大好きな音楽に没頭しながら、 少しずつしか治らない体調に 「頑張れ」とエールを送って。 7日は綺麗には晴れなかったけれど、太陽が顔をのぞかせていて、桜も力を振り絞っていた。 こうして長距離を運転していくと、あちこちに桜がある。 種類と日の当たり方が違うからか

          4.4

          もう梅雨が始まったんだっけ?と思うくらい毎日不安定な天気が続いているから、晴れ間がいっそう嬉しく感じる。 やっぱり自律神経が乱れがちな月初は、常に自分の中のマイナスな言葉たちと戦っている。 《この人こんな態度だから、わたしのこと嫌ってるんだ》 《あんなふうに言うってことは、わたしにはいる意味がないってことかな》 根拠の無い言葉をかき集めて、自分を苦しめる言葉を脳内が発しまくっていて、えぇい、うるさい!と思うくらいだ。 空を見上げれば、少し青く見えるのかもしれないけれど、

          4.3

          やっと少しずつ良くなってきた体調に、あぐらをかかずに向き合う。 その度に、自分を大切にしてなかったなと痛感しまくっている。 嫌だと思うことに対して、わたしは結構鈍感な方なのかもしれない。 例えばそんなふうに言われるのは嫌だとか、その許せない範囲がめちゃくちゃ狭かったりしていて、他人にそればかりを押し付けていたら、ダメだよなぁと思っていた。 1度ちくんと受けた痛みを簡単に許してはいけないのだと思う。 でも、それを「それはわたしにとっては痛いので、やめてください」とどう言えばいい

          4.2

          仮眠をしすぎる人は軽度のうつ状態だというYouTubeのショート動画を見て、何となく納得してしまった。 ピルを飲み始めて、この時期はどうにも精神的に辛くなりやすい。体のサインに従うよ……。 今日は脱薬を試みたけれど、なんとなく胃が重い感じが拭えず、夜はまたお薬に戻った。 焼きそばがどうしても食べたくて、焼きそばを柔らかく作ってみた。でも、あの濃いソースには、固めの麺がわたしは好きなんだなぁと痛感する。美味しかったよ、久しぶりに味の濃いもの。 それと、毎食後にリンゴを半分とヨ

          4.1

          いつの間にかエイプリルフールは、各企業のSNSが嘘をついて盛り上がる日になってしまっている。 今年はあまりSNSを開くタイミングがなくて、そういうのを見る機会も減った。 地味ハロウィンだとか、公式のやるくだらない嘘だとか、「なにしてんねん」に全力なのは好き。そこに全力を注ぐって、そもそも愛がないと出来ない。思いっきりふざけることの魅力。嫌味のない明るさがほっこりする。 やっと胃の調子が落ち着いてきて、ここからは忍耐。 少しずつ日常に戻していく。 この《少しずつ》を誤るとま

          3.29-31

          とにかく自分の体調に全振りだった3日間 毎日日記を続けようと思ったのは、 1か月前の自分がこの時何を考えていたかを 知るためであって、多少無理をしても習慣づけようと思っているのだけれど、わたしには分かったことがある。 なにかを減らさなければ、隙間はできない。 当たり前だけれど当たり前に出来ている人の方が少ないかもしれない。 この数日間は、胃がずっと不調なのを何とか治したくて、胃薬と食事を見直した。 自分の体調に全力に向き合い、この食事はダメだったとか、この量の食事なら体

          3.26-28

          新しいことを始める話。 彼くんに何度も何度も、もう何千回と 「このゲーム一緒にやらない?」と誘われていて そのゲームが所謂FPSゲーム。APEXである。 そもそもゲームをあまりやる人生ではなくて、 ポケモン、ドラクエ、FF、音ゲーとか マリオとかカービィとか…… まぁ弟がいるので割にやってきた方だと思うけれど この歳になって新たにゲームをやるというのは なかなかない事で。しかもシューティング系はやったことがないし そもそも画面酔いするし、ゲームセンスもないし と色々考えて

          3.25

          雨を好きになれるのはいつだろうと考える。 子供の頃から、雨が降ると 遠足が延期になって 運動会が延期になって そうやって、残念なことが続いてしまってるような 錯覚の一種なのかもしれないけれど 雨は嫌なものだと思い込んでいる。 独特な雨の匂いは、鼻の中をするりと通り抜ける。 降り始めの遠慮がちな雨粒。 草木を色濃くして、分厚く太陽を隠して。 わたしには好きな雨の日があった。 それは、天気雨と呼ばれる、晴れてるのに 雨が降っている時。 太陽の光にあてられてキラキラと輝きなが