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想像を絶する闘いは未だ続いている|『ホロコースト最年少生存者たち』書評|みるとす

本記事では、イスラエル、ユダヤ、中東、聖書、ヘブライ語などを専門とする『みるとす』に掲載された書評を公開します。

 美しい装丁の本書を手に取ると、ずっしりと厚い。そこにはホロコーストを生き延び、1945年の開放時に10歳以下だった子供たちのその後の生活が描かれている。
 目を背けたくなるようなホロコーストの事実については様々な形で取り上げてられているが、体験したことの意味を理解できない年齢の生存者を対象にした記録は少ない。150万人いたユダヤ人の子供たちは、戦後15万人になってしまったという。
 著者は、支援機関のファイル、養護施設の記録、精神科医の報告書、未公開の回想録など、10カ国以上の史料とインタビューをもとに、“幸運にも”生き残った彼らの戦後をたどる。
 ゲットーや収容所にいた子供や、かくまわれ潜伏生活を送った子供たち。親の顔も自分の本当の名前も思い出せない人もいる。同じ生存者同士なのに、大人の生存者から「子供だったお前に何が分かる」と言われて、「苦しみの序列化」に疎外感を感じることもあった。
 印象的なインタビューのエピソードがある。名前、生年月日、生まれた場所も知らない女性。フランスの田舎にかくまわれていた彼女は、夫にも話したことがなかった自分の物語を、ためらいつつ懸命に話してくれた。
 戦後、養母から引き離されてはじめて、自分の人生にある“巨大な穴”に気づいた。自分の名前がなければ、両親や家族を探す手立てもない。自分は、どこからともなく現れた子供なんだ……。彼女と聞き手の2人は、ただむせび泣くほかはなかった。
 アイデンティティが破壊された子供たちは成長し、やがて思春期を迎える。ぽっかり空いた記憶の穴を埋めようとすると、隠されていた悲惨な事実に直面せざるを得ない。そして親(実の親、養親、里親など)との軋轢が生じる。
 やがて結婚、子供の誕生など人生の節目において、突然忌まわしい過去がまたもや立ちはだかる。ユダヤ教のシナゴーグで結婚するには、親の出生証明書が求められる。しかし、そんなものはあるはずもない!
 4歳のとき母親から引き離された女性は、当時の母親の気持ちを想像し、自分の娘が4歳になったときから娘に触れることさえできなくなった。
 まさに「本当の闘いは1945年に始まった」と書かれているとおりである。自らの物語を獲得するという、想像を絶する闘いは未だ続いている。

★2021年ウルフソン歴史賞候補作品★
レベッカ・クリフォード 著
山田美明 訳/芝 健介 監修
『ホロコースト最年少生存者たち』(柏書房)

▼初出:『みるとす』22年2月号(No.180)掲載

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