離婚しようと思ったら旦那が倒れた

2020年1月4日旦那が多発性脳梗塞で倒れる 離婚寸前だった夫婦の立て直しブログ 本日…

離婚しようと思ったら旦那が倒れた

2020年1月4日旦那が多発性脳梗塞で倒れる 離婚寸前だった夫婦の立て直しブログ 本日よりリアルタイムでその様子を実況します

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    【HALO × LIFEsize】LongType/LEATHER ZIP COIN CASE

    ポケットにさっと入れて身軽に移動しましょう! HALOとのコラボコインケースに 縦長のロングタイプが入荷 お札が二つ折りで入ります カードやパスも入るのでマルチケースとしてもご利用ください ブラック×ホワイトのスタッズ付きと シンプルなスタッズなしのオールブラックをご用意 本革使用で使うほどに柔らかくしなやかに伸びます ※カードポケット付き サイズ 横13cm × 縦10.5cm
    7,800円
    マフィンとチーズケーキの店ファクトリー
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最近の記事

病院で進行した脳梗塞

到着してすでに2時間。救急室で痛がる主人。 痛み止めと点滴投与で3時間に差し掛かった。 その間に主人の肌はみるみる紫色の斑点が増えていく。 「先生まだですか?」 そう聞いても誰も答えない。 その間に義母がやってきた。 ようやく脳神経外科の先生がやってきてMRIに入る。 7階の病室で長い長い時間を過ごす。 遠くに富士山が綺麗に見えたのを鮮明に覚えている。 ようやく戻ってきた主人は点滴を打たれて 少し落ち着いているように見えた。 相変わらず、目線が合わない。

    • 新年あけまして倒れました。

      2019年が終わる。 今年も家族はみんな寝てしまった。 年越しの瞬間はいつも私だけ。除夜の鐘が。。。聞こえないなぁ。 ありがと2019。2020はいい年になりますように。おやすみなさい。。。 2020年1月1日 主人家族の新年会。 親戚も集まって いつものようにお酒が大好きな家族の宴。 主人はいつも通り1、2杯で顔が真っ赤になり、だんだん赤黒くなる。 主人は昔からアルコールが少し入ると顔が赤くなり 身体中に大きな赤い斑点が現れる。 顔の赤黒さがいつも以上

      • 全然筆が進みません

        書き出してからもうすぐ3ヶ月。 全然筆が進みませんw 久々に読み返してみたんだけど 内容が重たくて自分で書いたのに 泣いてます。。。 そして構成が難しいというか、どの順番で書いていけばいいのか 悩んでます。。。 その上、仕事、家事、子供の夏休み、コロナなど 見えないストレスが日々ありますよね 私だけじゃなく、皆様も無理せずご自愛ください

        • 離婚を決めた日

          私には将来のビジョンがあった。 家族の理想もあった。 私が小さい頃、両親は忙しかった。 夏休みになると、親戚のおばさんの家へ遊びに行った。 というか、出稼ぎにw 行っていた。 小学校五、六年生の頃かな? 2週間やそこらだったけど、毎日おじさんとおばさんが やっていた家の基礎の現場へ一緒に行くのだ。 型枠をはめたり、墨出ししたり、生コンを流し入れたり。 すごく楽しかった。 朝は早かったけど、終わるのも早かった。 夕方には帰宅して明るいうちにお風呂へ入った。

          旦那の人生に制限をつける権利は妻にさえない

          お互いに忙しなく毎日を過ごし 三人目は手伝ってくれないと産まない! という私の意見も薄まりつつある日々 主人の仕事も軌道に乗って たくさんじゃないけどお金も少し増えた 増えたといっても、自営業なので山あり谷あり。 この感覚は自営業の方にしか分からないと思うけど 増えたり減ったりしちゃうわけで。 主人は元々バイクが好きだ 私も免許を持っているし、若い頃はバイク雑誌の編集の仕事をしていたので 普通の女性よりはバイクの事はわかっている わかっているよ、確かに。

          旦那の人生に制限をつける権利は妻にさえない

          順風満帆の対義語は「逆風」ではなく孤独

          倒産と同時に主人は独立した 自分のお客さんと、大きな取引先を引き継いだのだ 幸い、個人規模でのお仕事だけもらえたので 以前のような地獄スタイル(徹夜当たり前)のやり方ではなく 外注で手伝ってくださる職人さんもいたので 時間の余裕は多少生まれた 私はというと、主人の独立前に会社員をやめ フリーでデザイン業を始めていた きっかけは、長女の小学校入学だ ひとりめという事もあり、不安もあったので 思いきって会社に話をして 会社の仕事を自宅でやらせてもらっていた

          順風満帆の対義語は「逆風」ではなく孤独

          育児、家事<お金

          舐めてた仕事と育児の両立。 仕事に復帰するという事が夫婦にとっての大きなイベント、企画? だということに気が付かずに半ば見切り発車してしまったので しわ寄せが日に日に大きくなった 夫婦の家事分担や育児分担は今でこそ 話題になっているけど 16年前は、お母ちゃんが仕事をする場合は お母ちゃんの時間を使って育児の間に仕事をする がデフォだった 当時 仕事、育児、家事を お互いが意識高く分担している夫婦がいたとしたら それは高学歴か、お母ちゃんもお父ちゃん並みに 稼ぎがある夫

          地獄のワンオペ育児スタートの瞬間

          何者かになりたくて 答えのない日々を探す作業は結婚後も同じだった 初めての出産育児に追われ 何者にもなりきれないまだ若い私は 子供を産み育てることにあまり関心はなかったかもしれない 結婚願望もなく、子育てへの熱意もないまま 流れに身を任せてしまった結果 こんなにも大変なものかと 後になってわかった 前職は育休を取っていたが 出産後半年で復帰する気にはなれず辞職。 せめてこの子が1歳になるまでは この大変な子育てを頑張って 妻としても家のことをこなそう

          地獄のワンオペ育児スタートの瞬間

          使わない左耳が帰ってきた

          現在障害年金を申請中 これまでにこういった公的書類の準備や記載をどれだけやったのだろう 入院の際にもMRIを受けたり、薬を投与したりするにも 家族の同意が必要になり 何がなんだかわからないまま大量にサインをし もし何かあったらどうしようと不安のまま 名前を書く事に慣れていった 先日も主人が倒れてすぐに送り込まれた某大学病院へ 診断書を取りに行った 毎度の上から目線。一言多い受付。 当時の記憶が蘇り、脈が乱れ、危うく過呼吸で私が倒れるとこだった 他にも注意

          使わない左耳が帰ってきた

          結婚 1

          主人と私は地元の同級生 一応東京。だけどここは葛飾。まぁ田舎のヤンキーみたいな馴れ初めだ 一度も同じ学校になったことはなかったけど 地元つながりで知り合いだった 一番古い記憶は いきさつをすっ飛ばして 高校生の頃、主人の家で何もせず、何も話さず、主人がロボットのようにベットで寝ていて 私がぼーっとしている情景 なんとも不思議である その頃私は同じ高校の一つ上の サッカー部のエース、つまりは人気者の彼がいた その彼とは結婚直前まで行くほどの親密さで 周囲はその彼と結婚

          我々は自営業である

          うわぁつらいなー 的確にかつロジカルに責められるとは思っていたんだけど いざ直面すると辛い 区の融資相談。 私たち夫婦は自営業である 夫は看板業、私はアパレルブランドを成長させるために始めたカフェが いつの間にかマフィン屋になっている コロナが武漢からやってきた2020年冬、主人は倒れた 経理などは手伝っていたけど 看板の現場の事は何一つわからない 倒れてすぐに、スタッフのMくんに連絡して 手探りで現場の手配をし、主人でなければわからない現場は 全てお

          離婚しようと思ったら旦那が倒れた

          はじめまして。かみしやばこと申します 主人が脳梗塞で倒れてからの日々と今現在を実況するブログです どういった方向にいくかは私もわかりません 旦那が倒れてから私の身体は 酸化し老化し、幸いにも病気はしなかったけど なかなかの道のりだった様に思います こういう経験ってきっと誰しも形は違えど あるでしょう だからこそここに記して 経験した人とは痛み分けの様に共感し 経験中の人とはなぐさめ励まし合い これからの人には少しでも足しになれたらと思います 2021年

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