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そよ風とひと粒の雫

noteを書き始めて、いつの間にやら、ひと月以上経っていた。私の人生で、日記やブログを継続できたのはこれが初めて。ようやった私!!!って、自画自賛レベルが低過ぎて情けない。でも、やっぱり褒めさせて、私を。

noteの記事を改めて読み返してみて気が付いた。私、海外(イギリス)にいても、あんまり海外っぽいこと書いてないな、ということに。
それこそ、私はいわゆる"駐妻"とカテゴライズされる存在であり、世間には"駐妻ブログ"なるものが多数存在している。海外渡航前の準備情報にはじまり、現地生活のスタートアップについてのイロハ、生活になれた頃には現地でのオススメスポット、便利グッズの紹介など、それはそれは本当にいろんな情報を得ることのできる素晴らしいブログがたくさんあり、私もよくお世話になっている。そういうブログは、きっちりと情報が整理されていて、写真も豊富でわかりやすい。ブロガーさんは、一つ一つの記事を書くにあたり、細かく情報収集&整理をされているんだろうなぁと、本当に感心する。そして、実は私もそういうものを書いてみようかなぁと思っていたのだ。「誰かの役に立つ情報発信ができたらいいなぁ」と、密かに胸の内で。

が、しかし、現実はそんな記事、ひとつも書いていなかった。こちらで訪れた場所に関しての記事を書くことはあっても、その場所についての情報はほぼなく、そこで起きた出来事と、そのとき自分が感じた気持ちがほとんど。ただの雑感日記。全くもって、誰の役にも立たない内容しか書いていなかった。あれれ。

どうやら私が書きたかったことは、"誰かの役に立つ情報"ではなくて、"自分の体験と、そのとき感じた気持ち"だったようだ。私の気持ちを知ったところで、読んだ人にとっては何の役にも立たない。下手すりゃ時間の無駄になるだけ。
そんなことで書いているもんだから、フォロワー数(6人!)は増えないし、スキの数も1番多くて15くらい。少なっ。まぁ取り立てて読んでもらう努力もしてないから、それは当然なのだけれど。それでも、この1ヶ月書き続けてこられた理由は、何か。

"誰かの役に立たなくてもいいから、たくさんの人に読まれまなくてもいいから、自分が今、この時をこの場所で過ごして感じたことを、生きている証を、言葉で残したい"という内なる想いに、noteを書き続けたことによって気が付いたからだろう。
そしてその、"私が生きている証を残すための言葉"が、たとえ役に立つものにはならなくても、何かの折に、ふとしたときに、誰かの心に触れ、ほんのわずかに風を吹かせるものに、ほんのわずかな雫を落とすものに、なったらいいなぁと、思い始めたからだろう。ほんのわずかでも風が吹いたら、何かが揺れ動く。ほんのわずかでも雫が落ちたら、波紋が広がる。そんな言葉を綴れる人に、私はなりたい。

ということで、"誰かの役に立つ駐妻ブログ"を書くことは、きっぱりさっぱり諦めました。これからも、誰の、何の役にも立たない言葉を、綴っていこうと思います。
そしてもし、その言葉が、あなたの心にそよ風を吹かせたなら、ひと粒の雫を落としたなら、そのことが、私の"生きている証"になるのでしょう。

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