#掌編
ホメオスタシス(掌編・空)
海を叩き割ってもその断面が硬直したまま維持されることはなく、即座に角から融けだして波のかたちになり地面へと向かってなだれ落ちてゆくわけだが、では空はどうなるのだろうか?
わたしは映画のシーンを思い浮かべながら顎を上げて、すこし苦しくなってきたところで、さらに首を曝すようにしてやや過剰に仰向いた。口を閉じることが難しく、伸びた顎下の筋の痛みを感じながら大きくなる呼吸の音に意識を向ける。さっきまで
ガラス戸、歪んで眩暈、それから虚脱(掌編・別離)
イノダコーヒーではなく、イノダコーヒ、なのだ。
伏せられた伝票に印字されたコラムを見て、ぼんやりと思う。
冬の快晴は白っぽく、目を刺してくる。ガラス戸は厚さが均等ではないのか、光が歪んでいる。視線を動かすと眩暈がした。
彼がカップに指をかけた。ソーサーが密かな音を立てた。白い磁器の濡れたような艶を見て、この席の贅沢さにちいさな感謝が湧く。光があたらない奥の席も落ち着いて良いのだが、この光量
月の裏側(掌編・球体)
「あなた、月の裏側を見たことある?」
「裏側? 知らない」
「あたし卒倒しそうになるのよ、思い出すだけでも」
葵は肩を竦めて両腕をさすり、口角を下げた。よく見るとほんとうに鳥肌が立っているから笑ってしまう。
「検索しなさいよ」
「なんでそんなになるってわかってて見なきゃなんねえんだよ」
「この地獄を共有するのよ」
やだね、と言って寝返りを打つ。本の表紙が折れ曲がりそうになってすこし慌てる。敬愛