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即ちこれ、選ばれし者

人間、罪を持っていない者は、この世に生まれて来ない。“やり直し人生”であることが真実。即ち、人間には“原罪”がある。それは個々が積み重ねてきたものもあれば、人類全体に背負っているものもある。そのような実際の上で生きているということを謙虚に受け止める必要はあるが、自らを卑下することはない。なぜならば、自己改革のとてつもない機会を与えられたということ。即ちこれ、選ばれし者とも云える。自己改革の可能性を認められてこの世に送り出されて来ているのだから、思いっきり自分を良き方向に改革するといい。まずは、「我とは何ぞや?」という命題を解くこと。これが何ともなっていないのに、自分を生かすことは出来ず、生かされることもない。現代社会においては、この「我とは何ぞや?」という自己探求が、全くもって蔑ろにされている。人間生きるのに、最も大切なことを学ばずして、点取り競争に勝つための雑学の類を学校でも家庭でも会社でも教育し続けている。これ、社会が崩壊している最大の理由。この現実に目を覚まし、本当に必要なこと大切なことに、余程の決意と時間を持ち探究の芽を伸ばさねば“やり直し人生”を全うすることは出来ない。その一方で、人類全体としての原罪は、あらゆる生命の殺生、人間同士の殺戮、森羅万象の破壊などで益々増大している状態にあり、究極の世直し大改革を行わない限り、全滅の道を突き進むのみ。「まあ、そんなに焦らずいきましょうや。人間だもの。そんなに一遍に変われはせんって。ましてや、これだけ増えた人間社会を変えるなんぞ不可能ですって。それならば、今を楽しく生きたいようにやりたいように生きて終わる方が得ってもんでしょ。一人ががんばったところで何も変わんのだから。何もそんなに煽らんでほしいっていうことよ」…。大方、このような意見に賛同といったところか。まあ、仕方あるまい。人間だもの(笑)。また全部ひっくり返してガラガラポンして、一から創り直そうぞ。だが、あきらめるのはまだ早い。唯一、この時代に生きている人間には、最後のチャンスが与えられていることを推して知るべし。単純なこの実相の在り様をどれだけ素直に謙虚に正直に受け止められ、一人ひとりが今からでも自己変革出来るか…。



そのことを肝に銘じ、一日も早く「我とは何ぞや?」を悟り、解き放ち、実行します。



有難う御座います。

幸せを呼ぶそよ風チャリダー/サステナビリティイノベーティブコンサルタント。「感謝感動を世界に地球に」のカングロ代表、ザッポス研究会、イノベーションサロンZ、システムD研究会、サステナ塾、セブメディ創設者