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涙はあたたかい

「生まれてきて良かった?」

そう聞かれて、うんんん、と曖昧に言って頷いた、と思う(たぶん。記憶の方も曖昧である、私にしては珍しい)。問い掛けた父は何も言わなかった。ショックを受けるでもなく更に問いを重ねることもなかった。

その後考えた。そして思った。
確かに、悲しいことも苦しいことや辛いこともある。
けれどそれは生きていられるからだ。そして、精神的なことで悩めるほど、身体に問題がないからだ。
つまり、悲しいことや苦しいことや辛いことがあるっていうのは、そう思える分だけの余裕を持っているということなのだと思う。
(お前など大した悩みを抱えたことはないだろう、と言われてしまえばそれまでなのだけれど)

山田詠美さんの「ぼくは勉強ができない」から引用してみる。

「『こむずかしいことで頭を悩ませてるのは、どこも痛くないからだろ。……実際に不幸が降りかかって来ていない証拠みたいなもんじゃないか』
(略)
ささやかなことに、満足感を味わう瞬間を重ねて行けば、それは、幸せなように思える。何故、人間は、悩むのだろう。いつか役立つからだろうか。だとしたら、役立てるということを学んで行かなくてはならない。しかし、後に役立つ程の悩みなんて、あるのだろうか。とりわけ、高尚な悩みというやつの中に。」

生きている意味を知って生きる人生など、答えを見ながら解くテストのようなもの。……だと個人的には思っている。

私は感謝したい。悩めることと悩めるほどの身体と心を授かったことに。
願いは、いつか父が、同じ問いをまた投げ掛けてくれることだ。その時、うん思ってるよ!と力強く頷く準備は万端。
そしていつか、「この世に生み出してくれてありがとう」と伝えられればと思うのだ。


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