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【平家物語 授業実践】〜個別最適化を目指す!課題選択制の授業展開〜

【はじめに】
 今回は、生徒が自ら課題を選択し、自分のペースで学習していくという個別最適化を目指した平家物語の授業実践について書こうと思います🙂。
 この単元では、教員側が大きな問いを3つ用意し、その中から生徒が取り組みたい問いを1つ選択しそれについて探究しました。

1.『平家物語』について

 今回の単元で扱う教材は『平家物語』です。

 『平家物語』は、鎌倉時代に成立した軍記物語で、平家の栄華と滅亡を描いた作品です。

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
猛き者も遂には滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

 この有名な冒頭文からも読み取れる、命あるものはいずれ滅びるという「無常観」に支えられており、琵琶法師によって語り継がれたとされる文の調子は五七調でリズミカルです。現代日本語の礎となったであろう和漢混交文で書かれており、様々な面から美しさを感じることのできる作品です。

 勤務校で使用している教科書で『平家物語』として掲載されている場面は「木曽最期(きそのさいご)」のみ。
 自ずから授業で扱う教材も「木曽最期」となりました。

(木曽最期 あらすじ) 
 以仁王の令旨によって挙兵した木曽義仲は、次々と平家を倒し入京しますが、粗暴な振る舞いが目立ち京の人々から反感を買ってしまいます。そうして、後白河法皇の密命により源氏軍のトップである頼朝に兵を差し向けられてしまいます(源範頼・義経軍)。宇治川の戦いでも敗北した義仲は落ち延びていきますが、義仲は粟津で敗死。乳兄弟の今井兼平も自害する結果となりました。

 この「木曽最期」では、木曽義仲とその従者である今井兼平が主要な登場人物です。

 2人は最終的に死んでしまいますが、主人を思う今井兼平と、乳兄弟(血は繋がっていないが同じ乳母のもとで育った兄弟のこと)である兼平を思いやる義仲との美しい兄弟愛を感じ取ることができます。
また、義仲の人間味を感じることのできる章段でもあります。

2.単元を貫く問い

 私は授業をする上で、必ず「単元を貫く問い」というその単元全体を通して解決したい問いを設定し、生徒に提示しています。

 ↓単元を貫く問いについての記事はこちら↓

 前述のとおり、「木曽最期」では義仲と兼平の兄弟愛を読み取ることができます。特に、主人に対する並外れた思いやりを持ち、壮絶な最期を遂げる兼平は、高校生の目にも「かっこいい武士」として映るのではないかと思います。

 そこではじめは、兼平の主人に対する思いの強さを読み取るための問いを設定しようと考えました。

 しかしその他にも、義仲のあまりにあっけない死に方や、当時の武士の価値観などを読み取る活動を取り入れるのもありなのではないかと思い始めました。

 しかし3つ同時にやるには時間が足りないし、何より武士の価値観を読み取る活動なんて国語が苦手な生徒にはかなり難しいだろう...どうしようか...と迷っていました。

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 そこで思ったのです。

 課題選択制にして、生徒に自分が取り組みたい課題を選択してもらおう!

 こうして、3つの課題を生徒に提示し、生徒にその中から1つの問いを選択してもらうことにしました。

 さらにこれにはもう1つ別の狙いがありました。
 
 生徒は自分のレベルや興味関心に沿った課題を選択できます。いわゆる「個別最適化」です。
 
 すべての生徒に同じ課題を与えるのではなく、生徒1人1人が自分のレベルに合った学習ができるよう配慮しました。

 そして実際に生徒に提示した3つの問いがこちらです↓

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A.兼平にとって義仲はどのような存在だろうか。「木曽の最期」と「重衡生け捕り」を比較して考えよう。

B.義仲の死はどのような死と言えるだろうか。様々な武士たちの死に際に注目しよう。

C.武士にとって大切なものとは何だろうか。複数の場面から武士の生き様をとらえよう。

 それぞれの問いを設定した意図や、使用したワークシートについては後述します。

 この3つの問いを生徒に提示し、Google Classroom上でどの課題を選択するか決定してもらいました。↓

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 周囲とどれにする?と話し合っている生徒もいれば、黙々と最も難しいCを選んでいる生徒もいました。

 さらにこんな声も複数聞こえてきました。

 難易度的にはBがいいけど、C面白そうじゃない...? C挑戦してみようよ!

 生徒自身が課題を選択できるとあって、主体的に学習に取り組むことができるのはもちろん、自分の興味・関心のある問いを選択できるというのは大いに効果的だと感じました。

 また、今回は課題を考えるのに3時間生徒に与えましたが、その間は個人でやるもよし、グループでやるもよし、どちらでも構わないと伝えました。

 自分の好きなやり方で学習を進められるとあって、かなり前向きに授業に取り組んでいる様子がうかがえました。

 いつもは古文難しい、イヤダイヤダとつぶやいてばかりいる生徒たちがあんなにも前のめりに課題を吟味していたのは、正直に言ってかなり驚きでした😲

3.問いの意図と使用したワークシート

 それぞれの問いを設定した意図について説明します。

【Aの問い】
 Aの問いでは、兼平にとって義仲がどのような存在なのかについて考えます。

 当時の上流階級では、血のつながった実の兄弟よりも、同じ乳母に育てられた乳兄弟の方が、絆が深かったと考えられています。

 「木曽最期」に登場する義仲と兼平も、同じ乳母に育てられた乳兄弟です。本文を読めばわかりますが、「木曽最期」の描写からは、義仲と兼平の単なる主従関係を超えた兄弟愛を感じ取ることができます。

 そんな兼平の義仲に対する思いの強さを生徒たちに読み取ってほしいと考えました。

 しかし、『平家物語』や当時の文化について知識のない生徒たちでは、兼平がどれほど強く義仲のことを思っていたかが理解しにくいのではないかと考えたのです。

 そこで、「重衡生捕」と「木曽最期」を比較することにしました。

 「重衡生捕」には、義仲・兼平と同じように、乳兄弟である平重衡と後藤盛長が登場します。

 しかし、主人を助けるために奮闘した兼平とは逆に、盛長は戦場で、主人でもあり乳兄弟でもある重衡を置いて馬で逃げてしまうのです。

 この盛長と兼平の行動を比較することで、兼平の行動が主人でもあり乳兄弟でもある義仲への強い思いがあったからこそできたものだと理解することができるのではないでしょうか。

 このように、兼平と盛長を比較し、兼平の心情を理解していくのがAの問いです。

 使用したワークシート
 ↑こちらのリンクからワークシートをダウンロードできます。

【Bの問い】
 Bの問いでは、義仲の死が他の武士たちの死と比べてどのような死と言えるかについて考えます。

 以仁王の令旨によって平家追討のために挙兵した義仲は、倶利伽羅峠の戦いで平維盛率いる七万余騎の大軍を打ち破り、入京します。

 清盛の死去以後、滅亡の道をたどり始めた平家ですが、平家が都を捨て西に落ち延びていったのは、他でもないこの義仲の快進撃がきっかけです。

 それほどまでに戦で武勲を立てた義仲ですが、「木曽最期」ではそのあまりにあっけない死が描かれます。

 人馬もろとも田んぼに沈み込み、動けなくなっているところを矢で射られ、首を取られてしまうのです。

 兼平に「武士は死に方が無様だと、後世まで死に恥をさらします」と説得され、自害するために松原へ馬で駆けていった義仲でしたが、兼平の思いも虚しく無様な死を晒します

 平家滅亡の立役者にもなった義仲が、最期は残念な死に方をしてしまうというその落差を、生徒にも読み取ってほしいと考えました。

 「木曽最期」で、兼平は武士として立派な死を遂げるので、兼平の死と義仲の死を比較するだけでも、義仲の残念な死に方を強調することができます。

 しかし、それだけでは比較対象が足りないと感じました。

 そこで、「木曽最期」だけでなく、『平家物語』の中でも有名な「敦盛最期」や「忠度最期」などを読み、敦盛や忠度の死に方も比較対象にすることにしました。(「能登殿最期」「嗣信最期」なんかも候補の1つでした)

 『平家物語』に登場する他の武士たちの死と比較して、義仲の死を生徒たちはどのように価値づけるのかーー。

 比較を通して生徒の主体的な読みの展開を目指すのが、Bの問いです。

 使用したワークシート
 ↑こちらのリンクからワークシートをダウンロードできます。

【Cの問い】
 Cの問いでは、当時の武士にとって大切なことや、武士の価値観について考えます。

 『平家物語』を読んでいくとわかりますが、当時の武士が大切にしていたこととしてわかりやすいのが、「名誉」です。

 「木曽最期」の兼平の台詞からも、「名誉」を大切にしていたことがわかります。

 弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、最期のとき不覚しつれば、長き疵にて候ふなり。(武士は、死に様が無様だと、後世まで死に恥を晒します)

 そのほかにも、思いやりや情け、勇気、豪胆さなどが、当時の武士にとって大切なこと、大切な心構えとして挙げられるでしょう。

 こうした武士としての価値観は、AやBの問いと同様、「木曽最期」だけで読み取ろうとするには物足りません。
 
 限られた時間でできる限りの章段を読み、武士の価値観を探ることにしました。

 日本では、この『平家物語』で描かれる平家の台頭以降、19世紀になるまでのおよそ700年間に渡って、武士の支配する世が続きます。

 700年の中で武士道は変化を続けているので、普遍的な武士の価値観を捉えるのは容易ではありません。

 私自身この授業を考えるにあたって複数の文献、論文に目を通しましたが、それでも武士の価値観を捉えるのは難しいと感じました。

 これを生徒にやってもらうのは難しいかもしれない…とも考えましたが、700年続いた武士の世の中の発端となったこの源平の争乱の時代に生きた武士たちの価値観を自分なりに考えることは、生徒たちにとっても学びに繋がるだろうと考えました。

 ただし、忠義(主従関係など)に関しては、今回は考えないようにしました。

 『平家物語』に登場する武士たちは自己本位な部分を持ち合わせており、自分と合わない主人や実力を評価してくれない主人であれば堂々と裏切っているからです。(特に源氏)

 頼朝が鎌倉幕府初代将軍になって以降は、「御恩と奉公」という概念に代表されるように、封建的主従制度が確立されました。

 それ以降、武士の社会では「忠義」という価値観が重要な位置を占めていますが、『平家物語』においては従者による裏切りなども多く、まだ忠義という概念が浸透していなかったように私自身が感じています。

 そのため、『平家物語』における「忠義」を考え始めると、生徒の誤解や混乱を招くと思い、今回は考えないことにしました。

 Cの問いを考える上で、「木曽最期」の他に、「信連」「橋合戦」「敦盛最期」「扇の的」「弓流し」「能登殿最期」などを読むことにしました。

 「信連」に登場する長谷部信連は、武士として勇敢に、そして堂々と振る舞ったことで、敵である清盛からも一目置かれます。
 「橋合戦」の足利忠綱からは勇気や豪胆さ、「敦盛最期」の熊谷直実からは情けや優しさを感じ取ることができます。

 このように、それぞれの章段に登場する武士の言動から、それぞれの武士が大切にしていることを考え、当時の武士の価値観を捉えようと試みるのが、Cの問いです。

 使用したワークシート
 ↑こちらのリンクからワークシートをダウンロードできます。

4.単元の指導計画

 単元の指導計画はおおよそ以下のとおりです。 

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 今回の単元は7時間で計画しました。

 まずは1時間目で『平家物語』がどのような文学なのかについて触れ、2,3時間目で「木曽最期」の内容把握を行いました。

 その後、前述のとおりClassroom上で課題選択をしてもらい、その課題を考えるのに3時間充てました。最後は1時間全体のまとめをして終わりです。

5.振り返り・反省

 今回このような授業を行ってみて、良かったことと、反省点・改善点を挙げたいと思います。

【良かったこと】

・課題を自分で選択できるため、生徒たちが自分の興味のあるものに取り組むことができていた。
・生徒が能動的に学習に取り組むことができていた。
・『平家物語』の細かな描写にまで目を向け、登場人物の心情などについて深く考えることができた。
・複数の場面を読むことで、「木曽最期」の描写だけに囚われない多角的な見方ができた。
・Aの問いでは、「木曽最期」の兼平と「重衡生捕」の盛長の取った行動が真逆で、非常に良い比較となった。
・『平家物語』に登場する人物たちの生き方や行動に対して、生徒たちは自分なりの思いを持つことができた(例:兼平の主人を思う気持ちはすばらしい)

【反省点・改善点】

・3時間では課題を探究するのに時間が足りなかった。
・Bの問いは、義仲の死と他の登場人物たちの死を比較するのが思ったよりも難しく、生徒たちは言語化に戸惑っていた。
・Bの問いで「敦盛最期」や「忠度最期」を読んだが、時間の関係上深く読み込むことができず、彼らが死に際に抱いていた感情や、芸に優れていた人物が死んでしまった悲運さなどを理解することができなかった。
・Cの問いでは、あまりにも多くの章段を扱ってしまったせいで、難しすぎると嘆く生徒が複数いた。(もう少し章段の数を絞ってもよかった)
・Cの問いで読み取らせたい武士の価値観をあらかじめこちらで設定し、扱う章段もそれに合わせて絞り込むべきだった。

 今回の授業ではうまくいった点とそうでない点がご覧のとおりいくつかありますが、課題を生徒に選択してもらうのは個人的にはかなり効果的だと感じました。
 やはり生徒が自分の興味のある課題に取り組むことができるというのは、生徒が前向きに、そして主体的に授業に取り組むきっかけになるのではないでしょうか。(そもそもこちらが提示した3つの課題が生徒にとって魅力的かどうかはまた別の問題ですが...)

 また同時に、生徒のレベルは様々であるということを今回の授業で強く認識しました。

 国語が得意な生徒もいれば、苦手な生徒もいます。

 そうした生徒の違いを無視して、すべての生徒に同じ教育を提供するのは、果たして正解なのだろうか?と強く感じました。

 すべての生徒が自分のレベルに合った学習をしていけるような授業を今後も模索していきたいです。

【おわりに】
 今回は、課題選択制の平家物語の授業実践について書きました🙂。

 課題を選択制にすることで、生徒は自分の興味のある課題について学習することができます。

 文部科学省は次世代の教育スタイルとして「個別最適化された学び」を掲げています。

 一人ひとりの能力や適正に応じた学びを提供することは、非常に重要です。

 今後はさらに、学習動画の作成など、より生徒が自分のスタイルに合わせて学習できるような授業を模索していきたいと思います。

 ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました🙂。もしよろしければ次回の記事もお読みください。

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