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深淵をのぞく時、 深淵もまたこちらをのぞいているのだ|【レビュー】『皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』

深淵をのぞく時、
深淵もまたこちらをのぞいているのだ

フリードリヒ・ニーチェ


 別に『善悪の彼岸』を引くことにあまり大きな意味はないのだが、日本映画の深淵をのぞき続ける特異な映画本『皆殺し映画通信』の最新刊が出た。副題は“地獄へ行くぞ!”である。8冊目となる今回でもうすでに地獄めぐりは終わっていたと思っていたが、どうやらまだ地獄の入口にすら立っていなかったようだ。

 『皆殺し映画通信』は映画評論家の柳下毅一郎氏が2012年12月から始めた同名の有料webマガジンである。知られざる町おこし映画、よくわからない映画賞の受賞作、映画周りもネタの宝庫の“幸福の科学”映画、そして大手製作のメジャー大作映画と福田雄一監督作品という有象無象に柳下氏が切り込んでいく、いや頼まれてもいないのに自ら当たりに行く当たり屋稼業的なブログの書籍版が本書なのである。

 映画ファンとして見た場合、これほどリスクの高い自傷行為を長年くりかえす柳下氏には尊敬どころでなく、畏敬の念さえ抱いている。こんなにたくさんの酷い映画を見てくれてありがとうございます。

 それにしても『皆殺し映画通信』シリーズを通して読んでいると、作品の質においては日本映画業界の未来は暗い、というか漆黒だという感想しかない。まあ、未来は暗いと思い始めてすでに8年も経っているワケなんだが、その暗闇に包まれた深淵に光は見えない。質の低い作品がビジネスとして成り立たないのならまだいいのだが、作品の質と興行収入がイコールではないことが日本映画の闇をより一層濃くしているのだ。

 そして2020年、新型コロナによって映画業界は遂に真の闇に包まれてしまった。邦画の公開本数は前年比で26.6%減、興行収入は23.1%減(『キネマ旬報 』調べ)、2割程度の落ち込みなら善戦したほうじゃないかと数字だけを見れば思うかもしれないが、1090億円の邦画興行収入の内、実に3割強を『鬼滅の刃 無限列車編』(360億円)が占めていたのだ。劇場の休業、大作映画の公開延期など映画業界を襲った未曾有の事態に、クソ映画の息の根も止まったかと思いきや、ところがどっこい、ファミコンゲームの『忍者じゃじゃ丸くん』が実写映画化されていたのだ。いつの間に?! Nintendo Switchだ、プレイステーション5が発売だとゲーム業界が騒々しかった2020年にファミコンゲームが実写化されていたとは、闇が深すぎてゾクゾクしてくるではないか。

 という具合に喜んでいいのか『皆殺し映画通信』は2020年も健在、いや今までに以上にパワーアップしている。
 柳下氏によると2020年は平成に製作された“作品”が公開される最後の年であったという。そして2020年を映画界の“休止”と考え、再スタートを切って新時代の映画が来るのかもしれないと続ける。今まで邦画はお先真っ暗だと感じていた『皆殺し映画通信』のマゾヒスト的魅力は、果たして本書で最後になってしまうのか。

 本書には2020年に公開された54本の邦画のレビューが掲載されているが、僕自身がこのnoteでも書いているレビューの映画と重なっていたのは『カイジ ファイナルゲーム』、『ラストレター』、『記憶屋 あなたを忘れない』、『AI崩壊』、『ヲタクに恋は難しい』、『シグナル100』、『弥生、三月 君を愛した30年』と7本であった。これは例年と比べると記録的に多い。『皆殺し映画通信』で取り上げている映画は毎度見る気もおきない映画か聞いたことない映画ばかりのため、鑑賞した映画は“運がよくて”1本、通常は0本なのだ。しかし今年は7本と当たり年である。
 それには理由がある。2020年の僕自身はなぜか自暴自棄気味に盲目的に映画に向かい合ってしまった。仕事帰りに劇場のスケジュールも見ずに待ち時間の少ない映画に手当たり次第観に行っていたのだ。結果、上記のようなおぞましい鑑賞歴になっているのだが、当時を思い返しても、片づけたと思った邦画が翌週になるとまた新しい地雷となって待ち構えているという繰り返しの無間地獄に背筋が凍る思いをしたものである。このような地獄を8年も続けている柳下氏には重ね重ね畏怖の念を抱かざるを得ない。

 さて、本書でレビューされている映画について少し触れていこう。
例えば『河童Ⅱ Kappa2-But,we have to rest.』(知っている人がいるのだろうか)では、

“河童の国では全員が特殊メイクのくちばしを鼻につけて河童を演じる。ライブ場面では全員が揃いのシャツを着て、合戦場面では馬に乗ったカワウソ族(付け鼻と付け尻尾をしている)が河童に向かって矢を射かける”

のように、柳下氏のやさしいストーリー解説を読んでも脳が受け付けないくらい意味不明な映画が登場するが、まあ安心してほしい、ほかの映画もみんなこんな感じだから。

 また『皆殺し映画通信』シリーズで避けては通れないのが、柳下氏の不倶戴天の敵である福田雄一監督である。僕も嫌いである。映画を舐めているのが許せないのであるが、僕と同郷なのだ。しかも同郷のレベルが市町村レベルだから余計に辛い。しかし2020年にはそんな柳下氏の不倶戴天の敵福田雄一作品がなんと3本も公開されているのだ(『ヲタクに恋は難しい』『今日から俺は‼ 劇場版』『新解釈・三國志』)。一冊でこの対決が3度も見られるなんて本当に2020年はどうかしていたのだろう。なかでも『新解釈・三國志』は僕自身も鑑賞したが、そこには無しかなかった。無しかないのだ。あまりに無であるために未だに感想を書いてないのだが、本書の『新解釈・三國志』のレビューを読むと、柳下氏もそこに「無」を見ていた。無は闇よりも質が悪い。無からは何も生まれないのだ。しかしその無から柳下氏は4ページもレビューを生み出している! そして驚くべきことにそんな映画が興行収入40億円以上を叩き出しているのだ(ほかに映画が公開されてなかったというのもあるが)。柳下氏には日本映画の深淵を象徴する福田雄一映画に対して自らも怪物にならないよう、これからも正気を保って挑んでいただきたいと切に願う。

 そのほかに本書はレビューだけでなく、『皆殺し映画2020総決算』と題して柳下氏の1年間の研究活動報告も巻末に収録されている。もちろん、そこにはもう忘れているかもしれないけど『えんとつの町プペル』や、オリンピックを見越して作られたのにネタがすべて幻になった『名探偵コナン 緋色の弾丸』、コロナでビジネスモデルが崩壊寸前の2.5次元映画についても取り上げられている。そして柳下氏のもはやライフワークとなっている地方映画など、とりあえずこの報告を読めば、柳下氏を介して安心して今の邦画界の深淵を覗き見ることができるようになっている。

 そして映画監督古澤健氏との対談では、それまでのレビューとは打って変わって映画論や作品論が真面目に語られているので(筆者注:映画レビューが真面目に書いてないという意味ではない)、最後はしっかりと締りのある本になっているのである。

 正直なところ、2020年で映画業界は休止どころではなく、リセットされてもよかったのではないかと個人的には思っていたのだが、相変わらず悪運の強い日本映画界は、2021年も『ブレイブ 群青戦記』みたいな映画を性懲りもなく公開しているので(観ました)、今年も映画界は平常運転のご様子だ。果たして柳下氏のいう“再スタート”新時代の映画”が今年は登場するのだろうか。いずれにせよ『皆殺し映画通信』にとっては今年もネタに困らない1年になりそうだ。

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『皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』
柳下毅一郎(著/文)
カンゼン  1,980円 ISBN 978-4-86255-586-1



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