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新聞社10大スキャンダル 【週刊朝日休刊記念】

マスコミの不祥事は、マスコミ自身が隠すので、歴史に残りにくい。その意味で、皇室内部のことと同じだと思う。ネットにもあまり出ないので、後世のためになるべく書き残したい。失敗をあげつらいたいのではなく、教訓として残すためだ。マスコミが隠すから、マスコミ自身が忘れ、同じ過ちを繰り返すのである。

ここでは、私が覚えている新聞社の事件から、衝撃度でベスト10を選んだ。歴史に残りにくい、つまり不祥事要素のあるものに限るので、新聞社が被害者の事件、例えば赤報隊事件などは入れていない。昨日(19日)休刊が発表された週刊朝日の事件が2つ入っているのは偶然だが、せっかくだから休刊記念記事とさせていただく。


10位 朝日 「週刊朝日」シラミ問題で野村秋介が抗議自殺(1993)


1992年の衆院選で、大物右翼の野村秋介、芸人の横山やすしらは「闘う国民連合・風の会」として立候補したが、朝日新聞社発行の「週刊朝日」でイラストレーターの山藤章二がこれを「虱(しらみ)の会」と揶揄した。それに怒った野村秋介は1993年10月20日、朝日新聞東京本社の社長室で、中江利忠社長の前で拳銃自殺した。


9位  日経 リクルート問題で社長が辞任(1988)


1988年、朝日新聞がスクープしたリクルート事件。日経新聞社長の森田康は、東大の後輩であるリクルート創業者・江副浩正からリクルートコスモス未公開株を譲り受け売却益を得たとして社長を辞任した。他にも、丸山巌・読売新聞副社長、歌川令三・毎日新聞取締役編集局長が未公開株を受け取っていた。ただ、リクルート事件そのものは株譲渡の目的が不明確で違法性が低く、政官財の多くが起訴されたが江副含めてほとんど執行猶予付き判決。上述のマスコミ幹部も罪に問われていない。この事件はバブル期の大衆の嫉妬心に火をつけ、江副浩正という日本のイノベーターはじめ多くの次代のホープを潰し、その中には安倍晋太郎などもがいた。翌1989年はソ連が崩壊した年だが、事件の余波で日本では土井たか子の社会党が躍進する。マスコミの大騒ぎはその後の日本の行方を大きく曲げた。そして2006年、リクルート事件をスクープした朝日の鈴木啓一記者(論説委員)は48歳で謎の自殺を遂げる。


8位  朝日 「週刊朝日」ハシシタ問題で出版社長が辞任(2012)


2012年10月、朝日新聞の子会社・朝日新聞出版の「週刊朝日」が、佐野眞一と同誌取材班による橋本徹・大阪市長に関するルポ「ハシシタ・奴の本性」を連載。出自に触れる差別的内容だと橋本が親会社の朝日新聞社に抗議した。朝日新聞は謝罪し、神徳英雄出版社長が引責辞任した。

7位  毎日 アンマン空港爆発事件(2003)


2003年5月1日、毎日新聞写真部の五味宏基記者が所持していた爆弾がヨルダン・アンマンの空港で爆発。爆弾はクラスター爆弾の一部で、五味記者が取材中のイラクで拾い、土産として持ち帰ろうとしたものだった。職員1名が死亡、4名が負傷した。毎日新聞社は謝罪したが、一方でヨルダン国王に特赦申請し、五味を自由の身で帰国させる。毎日新聞の斎藤明社長は、福田康夫・官房長官(のちの首相)と義理の兄弟(斎藤の妻の妹が福田の妻)で、その政治力を使った、あるいは「政府援助で特赦を買った」などと噂された。仕事中の過失ならともかく、遊びで人を死なせた男が、新聞社員だからと特別扱いされ「無罪放免」となったことに、納得できない国民は多かった。


6位  毎日 社長監禁事件(2004)


2004年1月31日、毎日新聞の斎藤明社長は、自宅を出たところで男たちにワンボックスカーに連れ込まれ、半裸にされた。そして別の男と寝ているような写真を撮られ、「この写真をばらまかれたくなければ、お前がやめて専務を社長にしろ」と脅された。犯人は名古屋のコーヒー豆卸し業者だった。この事件では毎日の社長は一方的に被害者だが、問題は、起訴されるまで事件が新聞で報じられず、監禁ならぴに強要未遂罪で起訴された後の記事も、動機などに触れない簡略なものだったことだ。週刊新潮は、3月11日号の「「毎日社長拉致」で新聞が書けなかった「社内抗争」と「ホモ写真」」で事件を詳しく報じたから騒ぎになった(筆者はノンフィクションライターの森功)。半裸の社長が転がっている写真が週刊新潮の中吊り広告にも載って、私も衝撃を受けたものだ。新聞社の社長が監禁され脅迫された大事件なのに、社内抗争が背景になっているので、毎日新聞は隠蔽しようとした、と思われても仕方ない。それどころか、毎日新聞は週刊新潮を名誉毀損で訴えた。しかし結局は週刊新潮の記事のとおり、社長派と専務派が抗争し、専務派の業者が暴走した結果のようだが、社長本人の説明もなく、真相はいまだによく分からない。社内抗争の異常さにもドン引きだが、その隠蔽体質がおかしい。その後の毎日新聞の記者会見でも、幹部たちが他のマスコミに「書くな」と脅している感じで、「起こったことをありのまま報じる」新聞社の基本を全く忘れている、と思ったことを覚えている。


5位  朝日 慰安婦報道で社長辞任 (2014)


1980年代からいわゆる従軍慰安婦問題を取り上げたのは朝日新聞だけではないが、朝日がとくに熱心であったのは間違いない。問題の根拠となった自称陸軍関係者の吉田清治の証言に裏付けがなく、学者などから怪しいと指摘された後も、朝日は吉田証言にもとづいた記事を書きつづけ、問題を国際的に広げる急先鋒の役割を担った。吉田証言の誤りをようやく認めたのは2014年で、9月11日に木村伊量社長は誤報を謝罪し、社長を辞任した。


4位  毎日 WaiWai問題 責任者が社長に昇進 (2008)


毎日新聞の英字紙で1989年から連載が始まった「WaiWai」は、日本の週刊誌などの下世話な話題を英訳して紹介するコーナーだったが、英語で発信されていることから、海外での日本の印象を悪化させるという批判が、2008年の春からネットで盛り上がった。毎日側がその批判にまともに応えず、むしろ批判者を「法的措置」をちらつかせて脅したことからさらに炎上、会社に抗議の電話が鳴り止まなかったという。社長監禁事件でうかがえたこの会社の恫喝体質が、ここでも出た印象だ。毎日は結局、6月に問題を認めて謝罪したが、その直後に担当役員だった朝比奈豊常務が社長に昇進したことで、さらに問題を悪化させた。朝日新聞の社長は少なくとも責任を認めると辞めるが、毎日新聞は、アンマン事件でもそうだが、上層部の責任者が辞めないのが伝統らしい。「WaiWai」の内容でとくに実害があったわけではなく、批判を受けてやめていれば大したことではなかった。対応を誤って大炎上となり、会社のイメージを決定的に傷つけた代表例として語り継がれる事件だ。

3位  毎日 「サンデー毎日」オウム真理教報道で弁護士一家惨殺(1989)


フリージャーナリストの江川紹子氏からネタを持ち込まれ、毎日新聞発行の「サンデー毎日」は1989年の10月から「オウム真理教の狂気」を連載した。この連載に怒ったオウムの麻原彰晃は、サンデー毎日の牧太郎編集長を殺そうとしたが、つかまらなかったので、代わりに反オウムで活動していた坂本堤弁護士一家3人が惨殺された(11月4日)。しかし当初は一家失踪事件とされ、オウムはこの事件を隠すために罪を重ね、捜査撹乱を狙った6年後の地下鉄サリン事件まで暴走する。サンデー毎日のオウム報道は、カルトを壊滅させるどころか、それを凶暴化させ、あまりにも多くの犠牲を出してしまった。しかし、その教訓は、昨今の統一教会報道でもまったく生かされていない、ということは以下の記事に書いた。


2位  朝日 NHK番組改変報道で安倍晋三・中川昭一に謝罪せず(2005)


この件については、安倍晋三氏暗殺の直後にnoteに記事を書いた。そこから一部改変して以下に引用させていただく。

2005年1月12日、朝日新聞が、安倍晋三と中川昭一がNHKの番組制作に介入し、内容を改変させた、という「スクープ」を出した。「NHK『慰安婦』番組改変 中川昭・安倍氏『内容偏り』前日、幹部呼び指摘」という記事だ。私は当時、マスコミにいたが、周囲はこれを見て「安倍と中川は終わったな」と感じたと思うし、そう言葉に出してもいた。朝日は、この2人を「コロシ」にきた、つまり政治生命を奪いにきた、と私も感じた。朝日の「殺意」、暗殺者の裂帛の気合いを感じた。もし記事が事実だったら、そうなっていただろう。当時、中川は経済産業大臣、安倍は官房副長官だった。いずれも小泉純一郎の信頼が厚く、清和会系保守グループの新リーダー、改憲派と目され、宏池会系で護憲派の朝日新聞の敵だった。この事件は、当時、大騒動となった。NHKは朝日の記事を捏造だと否定し、NHK VS 朝日新聞という、マスコミを二分するような構図となる。最高裁まで争われた。結果は、「記事には確かな根拠がない」という結論で、朝日は事実上、記事を取り消した。しかし、担当記者たちは雲隠れし、その釈明も、社としての謝罪も、これまで一切ない。「グレー」のまま残す、という、その後の「もり・かけ・桜・統一教会」と同じやり方だ。安倍晋三氏はこの件で、朝日新聞への怒りを死ぬまで持ち続けたと思う。朝日は、中川と自分に謝罪しなかった。その怒りは、中川の死後はさらに高まっただろう。中川や安倍ほど、朝日・毎日の憎悪の的となるような政治家は、その後、出てきていない。ということは、2人がこの世からいなくなり、朝日・毎日としては mission complete だろう。

1位  朝日 珊瑚捏造報道で社長辞任 (1989)


1989年4月20日の夕刊記事「サンゴ汚したK・Yってだれだ」をめぐる事件。言わずと知れた、ザ・キング・オブ・捏造だ。朝日は捏造をなかなか認めなかったが、ようやく謝罪した後も抗議がやまず、5月26日、一柳東一郎社長が辞任した。いま振り返ると、海の中の工作を、地元・沖縄のダイビング組合が名誉にかけて追及した結果であり、よくぞ捏造が発覚したと思う。発覚しない捏造はどれだけあるか、と考えずにいられない。

安倍晋三氏が死の直前に言っていた言葉がこだまする。

「珊瑚は大切に。」


<反省>

朝日と毎日ばかりになってしまった。悔しいです。読売も出したかったのに、思い浮かばなかった。押し紙訴訟とかがあったけど、読売だけの話ではないし、ちょっと地味だし。大きなスキャンダルがないから、渡辺恒雄氏がずっとあの地位にいられるのだろう。悔しいです。

なお、週刊朝日には、2005年に発覚した、武富士から編集協力費として不明朗な5000万円を受け取っていた事件もあった。思えば自らが週刊誌のネタになることが多い週刊誌だった。が、さすがに死者に鞭打つ感じになるので、スキャンダルはこのへんにして、「週刊朝日へのレクイエム」は別に書きたい。



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