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税務調査の話 その21 〜非違事項別解説⑮ 貸倒損失〜

元国税職員による税務調査のあれこれ。前回に引き続き非違事項(誤りや不正による要是正項目)別の解説をしていきます。今回は貸倒損失を取り上げます。

これまでの記事(税務調査の話その○)

貸倒損失の正しい処理については、筆者の税務調査の経験上、税理士の中でもきちんと理解していない方が多かった印象です。それでは、税務調査の観点からみていきましょう。


貸倒損失が認められる場合

法人税基本通達9-6-1〜9-6-3に規定されています。

1 金銭債権が切り捨てられた場合(9-6-1):法律上の貸倒
法的な更生・再生計画や任意の協議、書面による債務免除をした場合です。ここで注意が必要なのは、債権の切り捨てがない破産手続ではこの規定を使うことにはなりません。破産法という法律に基づくため”法律上の貸倒”と誤解してしまうんですね。破産手続の場合は、次の規定に該当します。中小企業の倒産実務では、破産手続がほとんどですし、債務放棄なんてまずしないでしょうから、実はこの規定を使って貸倒損失を計上するということはあまりありません。

2 金銭債権の全額が回収不能となった場合(9-6-2):事実上の貸倒

債務者の資産状況、支払能力等からその全額が回収できないことが明らかになった場合は、その明らかになった事業年度において貸倒れとして損金経理することができます。

引用していませんが、担保や保証がある場合はそれも考慮すべしとなっています。ただ、金融機関でもない一般的な商取引で担保や保証を取る実務は稀でしょうから割愛します。

ここでのポイントは、全額が回収できないことと、それが客観的に分かった1事業年度限りということです。よくよく考えてみると、これは大変厳しい取扱いです。

(1) 全額が回収できない
これは納税者側で疎明しないといけません。すなわち、可能な限りの回収努力を尽くす必要があり、その経過を疎明資料として保存しておく必要があります。

該当事実の具体例としては、『法人税基本通達逐条解説』(税務研究会出版局)に破産、強制和議、強制執行、整理、死亡、行方不明、債務超過、天才事変、経済事情の急変等と記載があります。

ここで破産が出てくるのですが、破産手続開始決定があっただけでは、全額が回収不能か分かりません。一部でも配当があるかもしれないからです。しかし、安易にこの時点で貸倒損失を計上してしまう納税者が非常に多いです。では、いつ計上すべきか。次の項目で合わせてご説明します。

(2) その明らかになった事業年度
これは早過ぎても遅過ぎてもダメということです。利益調整に使われてしまうからです。

破産事件では開始決定のときこそ破産管財人から通知が来ますが、その後は音沙汰なしということがざらです。したがって、全額が回収不能になった日(の属する事業年度)を見極める必要がありますが、これはもう破産管財人に問い合わせるしかありません。配当がないことを書面で明らかにしてもらえれば良いですが、そこまでサービスしてくれる弁護士は多くないでしょう。ということで、破産の場合の貸倒損失は事実上棚上げになってしまうことが多いです。

なので、税務調査ではかなり揉めます。納税者からすると「いや、こんなもん絶対回収できっこないでしょ」って感覚ですよね。気持ちはよく分かります。というか、調査官も内心では回収できないと思っているはずです。しかし、調査官は通達に従って職務を執行しなければなりませんし、あわよくば増差が取れれば儲けものとさえ思っています。

となると、どうでしょう。押しの強い調査官と気の弱い調査官では結果が変わってきそうです。そもそも、調査官の中には通達を正しく理解していない者も多いと筆者は思っています。また、納税者や税理士が気の強い人かどうかでも結果が変わりそうです。まさに交渉の世界ですね。

さて、理論的な帰結をご説明します。

破産事件はいつまでも裁判所に係属しているわけではありません。破産廃止決定をもって終結します。そして、これは官報により公告されます。この時点で配当がなければ、債権はその全額が消滅したこととなり、この時点で貸倒損失を計上することになります。この取扱いは、通達のいずれの規定にも該当しないものです。2008年の国税不服審判所の審査裁決で課税庁側のスタンスが初めて明らかなになりました。

詳しくはリンク先をお読みいただければと思いますが、審判所の解釈の主要な部分は本稿で記載したものと同様です。

調査官の立場からすると、破産廃止決定の日を官報で検索して否認してやろうということになるので、安易に貸倒損失を計上せず、きちんと破産廃止決定を待ってから貸倒損失を計上するようにした方が良いと思います。

3 一定期間取引停止後弁済がない場合等(9-6-3):形式上の貸倒
継続的な取引先の資産状況・支払能力等の悪化により、取引停止後1年以上経過した場合等に、備忘価額(1円)を残せば、貸倒損失を計上してもOKというものです。

最も否認されにくいので、こちらで処理することをおすすめします。

単発取引はダメというのは当たり前ですが、「1年以上経過」というのは誤解しやすいので要注意です。

9-6-2と同様に早過ぎても遅過ぎてもダメです。利益調整に使われてしまうからです。

したがって、「1年以上経過」の含意は、「1年以上経過した日の属する事業年度」であって、2年以上経過した日の属する事業年度では遅過ぎます。安易に引き伸ばしてから貸倒損失を計上し、税務調査で揉めるということも多いですね。

おわりに

今回は税法解釈のテクニカルな部分が多かったですが、なるべく税務調査の観点から書きました。ご参考になれば幸いです。次回もお楽しみに!

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