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いのちの削ぎ落とし

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短編、掌編小説など。
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#note自信作

短編「ゆらぐ夜」

短編「ゆらぐ夜」

 テーブルにうずくまっていた私は、はっと目を覚ました。意識不明から回復したかのように。
 あわてて顔をこすった。手の平がかさついていて、頬がけずられた。時計をみた。午後十時。テーブルに並んだ夕食は、新聞紙の下でとっくに冷めていた。
 私は、共に暮らす彼の帰りを待っていた。
 小さなデザイン会社に勤める彼は、多忙な日々を送っていた。二月に入ったここ半月は十時に帰れれば早い方で、日付が変わる頃に帰宅し

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宝物

 女の子の両脚が動かなくなって、車いすに乗るようになったばかりの、ある秋の日。
 女の子はお母さんに車いすを押してもらい、病院の外にお散歩に出かけた。病院からお出かけするのは、脚が動かなくなってからはじめてのことだった。
 看護師長さんから「おさんぽ、いいねえ」と声をかけられた。女の子は照れ、赤い野球帽をかぶりなおした。野球帽はお兄ちゃんが今日の散歩のため「かしてあげて!」とお母さんにあずけたもの

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小説「なにもない日」

 あれ、これって……。

 玄関先の掃除を終えてほうきを物置にかたづけていると、シートがかけられたそれがみえた。
 シートをめくると、車いすがのぞいた。
 私は外にひっぱりだし、広げようとした。しかしさびついていてなかなか広がらない。体重をかけてシート部分を押し込んだ。お年寄りが乗る自転車のような甲高い音がして、ようやく車いすは広がった。
「なにしてんの」
 後ろからあくびまじりの声がした。妹がや

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小説「冬の部屋」

小説「冬の部屋」

「今日、誕生日なんですね」
 CT検査をおえて身支度をととのえていると、男性技師がカルテをみながら言った。
 おれはCT室の壁にさげられたカレンダーに目をやった。日付の下に製薬会社のロゴだけが書かれた、愛想のないものだ。今日の日付は十二月二十七日、たしかに誕生日だ。
「しかも記念すべき三十歳の誕生日ですね。先輩として歓迎しますよ」
 技師はいたずらっぽく言った。浅黒い肌に白い歯を持った健康の見本の

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