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21回目の告白。初恋のこと忘れてたけど再会したら、そいつの姉が目の敵に邪魔してくる。告白ゲームのはずなのに……【短編小説】

「サクラちゃん。けっこん! しよ!」

 校庭でサクラは手にしたたんぽぽの花を取りこぼしてしまう。おれになんか興味ないらしい。

「タイチくん。わたし六才だから」

 うん。そうだね。でもおれはもう七才だよ。すっごくない? おれはサクラちゃんのおむこさんになりたい。

 サクラのことは、目がくりくりして、髪色はしっかりと黒かった。砂場で遊ぶよりたんぽぽを摘みが好きだったことを俺は記憶している。

 サクラとの再会は彼女の姉のサツキが同じクラスになった中学のとき。

 サツキはデカイ女で俺より身長が高くて、前の席。俺は足ぐせが悪いからたまにわざと椅子を軽く蹴ってやるんだ。

 そしたら、馬が後ろ足で蹴るみたいな強烈な蹴りで俺の机を、授業中に蹴り返しやがった。俺の胴は自分の椅子と挟まれ――。

「おええええええ!」

「タイチ、何してんの? アホちゃうか」

 隣の席の三島ユウタが馬鹿にして、クラスのみんなも爆笑する。先生が沈めるまで俺は笑い者だ。

 その日の帰り道に、サツキのことを後ろから睨んでいるとサツキの袖に飛びつくサクラの姿が目に入った。

 胸が締めつけられるような痛みを覚える。俺の知らないところで俺の初恋の相手が、大きくなった不思議に胸打たれた。

 サクラがサツキに寄り添って、中学にもなって姉妹仲良くて足並みをそろえて帰っていく。

 サツキが高身長だからか、腕を引っ張るサクラは桃色に頬を染めてまるで彼氏の手を引いているように見える。

 俺のことを覚えているだろうか? 

 三島もふざけるのが好きでサツキにちょっかいを出す。

「おい、サツキ! 女同士でデートすんかいな? こっちに余りもんの男おんでー」

「余りって言うな!」

 サツキのシカトの代わりにサクラが振り返った。長く伸びた髪が揺れる。俺に目を留めて何か思い出したのか、口角が笑顔に形作られる。

「サクラ……好きだ! だから結婚しよ!」

 俺は半分冗談で言った。だけど、いつかはそう言えるようになりたいなっていう口先だけのジョーク。すると、無言を決め込んでいたサツキが鬼の形相で振り返ったんだ。

「原《はら》! お前にだけは妹は渡さん!」

 そして、はじまったんだ。俺とサツキの戦いが。俺はサクラに遊び半分でプロポーズする。サツキは、それを全力で阻止する。どちらかが諦めるまで終わらない。死のラブゲームが。

 三回目の告白は、あっけなく成功する。サツキとサクラは毎日同じ時刻に待ち合せをして下校していると分かったので、校門にて俺はサクラに叫ぶ。

「愛してるううううう!」

 三島が爆笑する。やった俺も爆笑する。
 サツキは、中指を空に向かって突きき上げる。ああ、恐ろしい。それは、ファックユーじゃないか! でも、サクラは振り返って、眉根を寄せながらも微笑んでいる。
 返事はもらえなかったから、成功? ではないな。

 よっしゃ、燃えてきた。
 
 次の日も次の日も、雨の日も、風の日も、台風の日も、大雨洪水警報、暴風警報が出ていない限り、俺は告白する。

 次第にこの恋愛ゲームはクラスにも知れ渡って校門前にギャラリーが居座るようになった。その頃にはサツキとサクラは走って下校するようになっていた。
 
 だからホームルームが長引いた今日は、サクラはサツキに手を引かれて道路に駆け出した後で、校門前に集まったギャラリーからは不平と怒声がぶちまかれた。
 
「先に帰られたぞ!」
「ぐすぐずすんな! 追いかけろ」
「原先輩ファイトですぅー!」

 三島も俺の後頭部を関西人流奥義であるツッコミでひっぱたく。

「こっからでも叫べや、愛を!」
「痛って! こっからやっても聞こえないじゃんか」
「追わんか!」
「いや、そういう遊びだけど」

 そのたった一言のプレイボーイ発言が大ブーイングを巻き起こした。

「見損なったぞ」
「愛を叫べ、タイチ!」
「先輩! 私達に告白が成功する瞬間を見せて下さい!」

 告白が十回目を超えるとき、ギャラリーは俺のクラスの他、一年生から三年生まで恋愛ゲームの成り行きを見守りたいという二十人で構成されていた。
 
 サツキとサクラはギャラリーに下校時、拘束されていた。これは俺も反則だと思う。サツキは俺を睨んだ。サクラは、おずおずと俺を見上げてはにかむ。
 
 サツキが俺より先に声を張り上げる。

「もう、うんざり! プロポーズするなら、それなりの場所で男を見せなさいよ!」

 サツキは顔を真っ赤にしていた。言われた方の俺も顔が火照ってくるのが分かった。サクラが、俺に手を振って帰っていく。スカートがはためく。まんざら嫌そうな顔はしていなかった。サクラは俺が思うよりはるかに大人びていたのかもしれない。

 それに俺も恋愛ゲームを一ヶ月続けてみて分かった。これはゲームじゃなくて、ほんとに俺たちは、下校時に会うだけなのに楽しくなってきているのかもしれない。

 十二回目、春の体育祭の借り物競走で引いたクジに女子と書かれていた。迷わずサクラを探して手を取った。
 サクラの手を取るのはこれがはじめてで、サクラもきょとんとしていた。あったかくて柔らかい手は先ほどの綱引きで土がついていた。

「原くん?」
「け、結婚し……」
「原! サクラに触るな! そして走れ! 私をつれていけ!」

 サツキがサクラの間から割って出てきた。自分の競技の出番じゃないときはずっと妹のクラスの周りに張りついているのか!

 恐るべし。まるで身代わり! 何でサツキと走らないと行けないんだよ!
 


 十三回目。
 三島とサツキがつき合い出した。え、お前らがつき合うの? 三島はダブルデートを提案してきた。サツキは、三島とデートのときも何故かサクラをつれてくる。それで男一人は心細いと俺を誘ってきた。

 快諾したけどサツキがすごく嫌そう。サクラは「いいよぉ」と小声で微笑んだ。
 
 週末の日曜日。遊園地にてサツキは、条件を出してきた。

「原、あんたのこと認めてないから。認めて欲しかったら、全アトラクションで愛を叫んでこい!」

 俺のバンジージャンプ。

「けっこーーーーーーーーん! ぎゃあああああああ」
 
 十四回目。ジェットコースター。

「あいしでええええええええるううううううううううっああああああ!」

 俺、普段格好つけていたけれど絶叫系は全部駄目だった。

 十五回目。お化け屋敷。

「愛してっ!」
「うるっさい、原!」

 お化けよりうるさくてごめんな。でも、今のは少し傷ついたぞ。もう、喋るなってレベルで阻止したよな。

 サクラは少し怯えたような顔をしているが、顔だけ俺の方に向けてにこにこ笑った。
 
「原くん。私ね。原くんのこと、だ――っきゃ!?」

 お化け屋敷は本当にうるさくて、全く聞こえない。このときはじめてサクラの声をもっと聞きたいと思った。

 サクラは、自分からあまり話さないから。

 俺はサクラを俺の手でどこかにもっとたくさん、つれだしてやりたいと思った。サクラを俺が笑わせてみたい。

 二十回目。
 雨の日の校門。三ヶ月も経つとギャラリーもまばらで七人まで減っていた。また、馬鹿やってるよと思われているわけだ。

 今日で決まらなかったらもうやめようと思う。サクラがこの遊びにつき合ってくれている以上、本当の告白のチャンスは来ない気がする。

 サクラも、サツキが阻止して俺が失敗に終わるまでを一連のローテーションと認識している。違うんだ。もう俺は本気になり始めている。なるのが遅かっただけなんだよ。

 サツキとサクラはお互いの傘でぶつからないように間隔を開けて立っている。

 サツキは慣れたもので、俺が口を切るのを待っている。俺の唇が動こうものなら、「原、妹は渡さん」と遮るのが常。

 俺はサツキに言われる前に泣きそうになった。こんなことはじめてだった。サツキがいる限りサクラとは会話すらできないんじゃないかって。俺は自分では気づかなかったが、弱虫だった。

「サクラ聞いてくれ」

 いつもと違う怯えた俺の声に、サツキが眉間にしわを寄せて不安そうな顔をする。

「俺、お前のこと何にも知らないけど。今更だけど。ほんとにお前のこと。ほんとに、好きになっ――」

「嫌……」と、サツキの声が震える。
「え?」

 サツキは俺がものを言わぬ前から傘を深くかぶるようにして走って帰った。サクラは、サツキを振り返ったが呼び止めはしない。俺はまさかの展開に絶句して出かかっていた言葉を飲み込んでしまう。俺は臆病だった。サツキが逃げたように俺もサクラを追い越して家に帰った。

 二十回目だからやめる。三島にメールを打った。決心が揺らがないように自ら退路を断つために。

〈で、諦めたんかいな?〉
〈そう〉
〈あほかいな! 自分で勝手にルール決めてどうすんねん〉
〈きりがいいし〉
〈余計あかんわ! 明日が一回目や思ってやり直しぃや!〉

 二十一回目。今日が本当の一回目になるのか。減っていたギャラリーが二十人に戻っている。よく晴れた夕方。遠くに入道雲がむくむくと膨らんでいく。
 サツキの仁王立ち。俺が通れるようにサクラの横から二歩ほど下がっている。何この怖いバージンロード。

「サクラ」
 臆病風に吹かれないように。声が震えないように。

「はい」

 サクラの一言は俺よりも力強くて驚いた。

「つき合ってくれますか」

 敬語なんて使う柄じゃない。自分でもそう思ったし、誰もが息をひそめる。

「タイチくん。あのね」

 サクラの透き通るような声は歌でも歌うように告げる。

「ずっと待ってた。ありがとう」

「うおあああああああああああああ! うおっしゃあああああああああああああ」と、叫んだのは俺じゃなくて、ギャラリー二十名様だ。何だか力が抜けて声が出ない。

 二十人が百均で買ってきたクラッカーでお祝いしてくれる。もう俺たちが結婚したような祝福で、校門前はゴミだらけになる。

 サツキはほっとしたような顔をしている。でも俺に顔を見られたと悟ると腕組みした。

「もう椅子、後ろから蹴らないでよね」



あとがき

小説家になろう、カクヨムにも同作品を投稿しております。

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