「永別の詩」~亡き父へ捧ぐ~
*「永別の詩」について*
モノ書く人間の業というのでしょうか。
いえ、いい歳をしているのに頼りないことですが、単にわたしが父を送る為の、その最期(とき)までの心の杖のようなものが必要で、それで自分の為に書こうとしているのだと思います。
お許しください。
これは年古(としふ)りた娘が、去りゆく父へ送る最後の恋文なのかもしれません。
2020.12
つきの
2020年12月、父は癌の為、入院していたホスピスにて永眠いたしました。この「永別の詩」は、その父との日々を書いたものです。数篇を追加して、「永別の詩」~亡き父へ捧ぐ~として纏めました。2021.2.23
◆◆◆◆◆◆
ひとりの娘
庭の落ち葉が風に乗って
くるりくるりと踊っている
いつまでも暑いと思っていたのに
朝晩の肌寒さにカーディガンを引き寄せる
季節を何度も繰り返し
それなりに歳月を重ねながら
こうして生きてきたけれど
いつまでたっても
大人らしくなりきれない自分に
ふと、苦笑いする
情けないほどの弱気で
覆われてしまいそうになって
失ってしまいそうな言葉を探しながら
暮れていく空を見ていた
ただ、ひとりの娘として
病室の父を想いながら
◆◆◆
心泣(うらなく)
確実に近づいているものに
抗(あらが)う術は、もうないのか
「点滴を勝手に外してしまうのです。もう一口も食べられなくなりました」
病院からの電話に
すぐにでも駆けつけて側についていたいのに
コロナ禍の中、それさえ許されず
家に帰りたいと電話でせがむ父の
その願いを叶えることさえできない
「本来お一人だけですが、特別にお二人まで。その代わり明日面会したら来週以降でないと面会できません」
主治医の心苦しそうな声
明日、父が緩和ケア病院に行く日が決まる
痩せた肩と震えていた指先を思う
握った手の温もりを思う
いつか誰もが通らねばならない道だ
それはわかっているけれど
こんな見送り方しか出来ないのか
こんな見送り方しか……
せめて今宵、少しでも
父の心から
不安や寂しさが無くなりますように
できることなら
ずっとずっと
手を握っていたいのに
お父さん
お父さん……
側にいられなくてごめんなさい
◆◆◆
師走哀歌
街にはクリスマスソングが流れ
コロナ禍ではあっても
其処にはささやかなる華やぎがある
人々の暮らしの息吹を
病院帰りの道すがら感じなから
わたしは俯きながら歩く
父の手の温もりを思い出す
すっかり細くなった指の感触
頬の痩(こ)けた寂しげな横顔
バス停に着いたら
いつの間にか雨が
ぽつりぽつり静かに降り始めていた
この雨はまるで涙みたいだ
冷たい頬には温かくさえ感じる
そんなことを思いながら……
バスは、まだ来ない
◆◆◆
優しい手
病室の窓からは
銀杏(いちょう)の葉が紅葉して
並木道を黄金色に
美しく染めているのが見える
それを見つめている父の横顔が
とても柔らかな表情で
わたしは別れの予感に
頼りなく泣きたくなる
そっと父の手を握り
たわいない話や懐かしい昔話をする
うんうん、と聴きながら
握り返してくれる父の手は優しい
あんなに無骨だったのに
すっかり細く白くなった手は
不思議に美しくすらある
穏やかな時間が流れていく
この手を握っていたあの幼い頃に戻って
「おとうさん」
と呼んだら
父は照れたように笑った
いかないで
いかないで
いかないで
ちいさな女の子のわたしが泣いている
優しい手がわたしの頭を撫でながら
「泣くな」と言った
「ありがとう」と言ってくれた
ああ、涙が温かなものだと忘れていた
わたしは優しい手を濡らしてしまいながら
なかなか泣きやめずにいる
病室の窓からは
銀杏(いちょう)の葉が紅葉して
並木道を黄金色に
美しく染めているのが見える
黄金色の葉が風に舞っている
この静かな病室の午後を
わたしは忘れないだろう
◆◆◆
サイダー
冷やしたサイダーを
父が飲みたがったのは
シュワシュワとした爽快さで
喉から胸にかけての重苦しさを
流してしまいたかったんだと思う
吸い飲みに入れたサイダー
コクリコクリと喉仏が動いて
数口をゆっくりと飲み込んだあと
ふぅと息を吐いて
父は満足そうに目を閉じる
この、ささやかなる清涼が
父の病(やまい)の苦痛を
束の間でも消してくれますように
また夢と現実の狭間を漂っている
その横顔を見つめながら
わたしは思う
ああ、そうだ
幼い日に飲んだ
あの硝子コップの中の澄んだサイダーは
無数の小さな泡が弾けながら
そういえば身体の隅々までを
確かに清めてくれるようだった
◆◆◆
冬木立
今日は真冬並の寒さになるでしょう、と
天気予報が伝えている
空を覆っている銀灰色の雲は
厳しさよりも不思議と優しく感じられて
冬木立の道を病院へ向かってほとほとと歩く
待っていてくれるひとがいることの
この温もりをあとどのくらい
感じることができるのだろう
季節は移っていくもので
出会いと別れは繰り返しで
わかっていてもそれは切なくて
この先に待っているひとの元へ
温かな父の手を握るために
今日も冬木立の道を辿りゆく
◆◆◆
冬という季節
どちらにしても病院への道は
どうしても俯きがちになる
父を見送ろうとする中で
我が身の病を嫌でも考える
自分の重ねてきた歳月(としつき)も
冬という季節は人に熟考させる
厳しいけれど思慮深い教師のようだ
雨に打たれ寒風に晒される中で
生きていることの奇跡を思い
いつか誰もが去らねばならぬ哀しみを知る
今年はじめての雪がそっと肩に舞い降りた
……わたしは
この、冬という季節が好きだ
◆◆◆
横顔
ホスピスの個室のベッドに
眠る横顔は静かで
訪れたわたしは
ゆっくりと上下する胸元を見て
今日も安堵する
父は眠っていることが多くなった
時々、ゆっくりと目を開けて
吸い飲みで水をこくんこくんと飲んでは
また、微睡(まどろ)みの中に戻っていく
窓の外は小雪が舞っている
その手は痩せてすっかり細くなったけど
柔らかくてほんのりと温かくて
父の生命がまだ地上(ここ)に
留まってくれていることを
わたしに知らせてくれる
ベッド脇の机に置かれた母の写真に
もう少し待っていてねと話しかける
仲の良い夫婦だったから
寂しがるかもしれないけど
写真の母は優しく微笑んでいる
残されたこの時間が
あとどのくらいあるのかはわからないけど
この年古(としふ)りた娘は
明日も穏やかな父の横顔に会えますようにとただ、ただ、祈りながら病室を後にする
師走の夕暮れ
雪は霙(みぞれ)へと変わったようだ
◆◆◆
夜想曲
父の病院から帰り着いた頃に
電話がかかってきた
「お別れの時がいよいよ迫っているかもしれません」
泊まりがけで付き添えるように
簡単な着替えだけ持って病院へと向かう
ホスピスの畳の家族控え室に荷物を置いて
病室に行って父の手をそっと握ると
父は薄らと目を開けた
もう話しはできなくてもその手は温かい
命の炎は消えていないのだ
父はまだ此処に居る
手を握ればこうして握り返してくれる
病室にはショパンの夜想曲(ノクターン)が
微かに流れている
わたしは幼い子供のように
駄々をこねたくなる
まだ、ねぇ、もう少しだけお願い
父はまだ此処にいる
父の魂は此処にいる
夜想曲(ノクターン)が流れている
いかないで、おとうさん
夜想曲(ノクターン)が流れている
◆◆◆
白い部屋
ここは不思議に静謐だ
生と死の狭間にいるひとを
見守っていることが嘘のように
時々、父は目を開けて
自分の輪郭を確かめるように
顔や頭をその手で、なぞるような仕草をする
少しずつ指先から体温が下がってきている
それが確かに近づいている別れの気配を
わたしに思い知らせる
窓から射し込む陽ざしが白い部屋を
仄かな蜂蜜色に染める
空調の音と父の呼吸の音だけがしている
何処か遥かを見ているような眼差しは
まるで童子(わらべ)のように澄んでいて
それだけ父が遠ざかっていくようで
目を閉じた父の寝息が聞こえてきたから
わたしは切なさに耐えかねて
病室からそっと出ていく
目を覚ました父に笑顔でいられるように
残された時間を優しいものにするために
◆◆◆
長い夜
夜の病室で
ベッドのそばの椅子に座って
目を閉じた父の顔を見ていると
抑えていたはずの涙が溢れだして
マスクをびしょびしょにしてしまった
逝こうとしているひとを
見送る夜は長い
鑢(やすり)をかけられているように
心がすり減っていく
それでもこれは耐えねばならない痛みだ
ごめんね
最後まで頼りない娘かもしれないけど
どれだけ泣いても見届けるから
おとうさんの人生の終幕を
わたし、ちゃんと見届けるから
見届けるから
◆◆◆
永別の朝
冬晴れの早朝
両手をわたしと孫たちに握られて
父は最期の息を吐いた
そして、母と祖母の待つ場所へと
旅立って行った
とても穏やかな顔をして
この日が来るのが怖かった
この瞬間を恐れていた
それでもこうして見送ることが出来た
さぁ、これからお別れの儀式を
最後までやり遂げなくては
娘としての最後のつとめを
あなたの娘ですもの
大丈夫です
心配しないでね
あなたの娘で幸せでした
ありがとう
おとうさん
……ありがとう
◆◆◆
その夜に
斎場で
横たわる父の顔は
亡骸(なきがら)と呼ぶには
あまりにも穏やかで綺麗で
本当にただ眠っているだけのようで
それでも触った頬の冷たさが
父の魂が旅立ったことを
わたしに思い出させる
道しるべの線香を絶やさぬように
おとうさん、眠れないから
もう少し話していてもいいですか?
現世の父といられる残り少ない夜が
静かに静かに過ぎていく
◆◆◆
空へ還る
そうして
父の位牌と遺骨と一緒に
わたしと息子達は山の家へと帰ってきた
「おとうさん、家(うち)に帰ってきたよ」
祖母と母の写真の横に
父の写真を並べる
早く来すぎだと
母に叱られている父が見えるようだけど
せっかちな父にしたら
それでも恋女房に逢うのを
随分と我慢していた方だろう
そんな事を話しながら
わたしと息子達は微笑みあう
おとうさん
心配しないでね
あなたの娘も孫たちも
何とかやっていきますから
頼りないことも沢山あるだろうけど
あなたの娘ですから、孫ですから
おとうさん
おかあさんとおばあちゃんと一緒に
見守っててくださいね
そうして
その時が来たら
また会いましょう
あまり早い再会にならないように
わたし
精一杯、生きますから
あなた達の娘として
子供達の母として
生き抜いた後で
わたしも空へと還った時は
どうか
もう一度、抱きしめてください
おとうさん
また会う日まで
おとうさん
ありがとう
◆◆◆◆◆◆
*あとがき*
「永別の詩」を最後まで読んでくださってありがとうございます。30代半ばに癌で夫を亡くしてから、生と死というものを身近に深く考えるようになりました。息子たちも大きくなり、わたしも歳を重ねながら、祖母を、母を見送って……そうして最後に父を、こうして見送り……。逝くひとを見送るたびに、わたしはちゃんと生きて、ちゃんと死に向かい合えるだろうかと心は揺らぎます。自信はありません。でも、どれだけみっともなく足掻いても生きねば……と思うのです。その時がくるまで。死ぬまで懸命に生きねば……と思うのです。読んでくださった皆様に改めて心から感謝申し上げます。 つきの
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