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【12】麹は「破精(はぜ)」たら役に立つ

 「【5】論文を書こう」の回では『動物のお医者さん』を取り上げたが、博士課程在籍学生の論文投稿のリアル、なんてマニアックな要素はさておき、チョビをはじめとする動物たちとハムテルたちのキテレツで楽しそうな様子に人気が出ることで、連載当時は獣医学部の志望者がだいぶ増えたという。
(2024年現在、小学館ビッグコミックスに移籍して毎月一冊刊行中なので、新しい読者も生まれているとうれしい)

 同様に『もやしもん』ブームは全国の大学の農学部志望者をだいぶ増やしたものだった(雑誌連載は2004年〜2013年)。
 本作の連載中に出身研究室を訪ねてみたら、もやしもんのポスターが貼ってあったくらいで、学生だけでなく現役の農学部研究者の間でも人気があったようだ。

 連載当初は「農大物語」がタイトルだった『もやしもん』は、「菌が見える」特殊能力を持った主人公が農大に入学し、変人だが暗に明に謎の人脈と影響力・政治力のある教授や、一癖も二癖もある先輩たちに囲まれて送る、破天荒なキャンパスライフの物語だ。

 人気のポイントは何といっても主人公に見えている菌たちのキャラクターのかわいらしさだろう。
 その中でもいちばんの人気キャラクターはオリゼー、正式名はアルペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae(学名は正式にはイタリック表記。本稿中、以下も同じ))、いわゆる「麹菌」だ。

 『もやしもん』人気と直接の関係はないが、麹菌は2006年に日本醸造学会から正式に「日本の国菌」と認定されている。
 その「麹菌」は清酒、焼酎といったお酒から、醤油、味噌といった調味料まで幅広く使われており、まさに日本人の生活になくてはならない存在といえる(厳密には醤油麹菌はアスペルギルス・ソーエ(Aspergillus soyae)、焼酎の麹菌はアスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)(最近までアスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)と呼んでいたが、最近の研究で分類名が変わった)だが、「国菌」はそれらの総称と定義されている)。

 米麹の場合、蒸米に「麹菌」を生やす。
 「麹菌」は微生物の分類としては真菌、いわゆるカビの一種なので、胞子から菌糸を成長させる。菌糸のままでは目で見てわからないが、菌糸が成長して胞子ができ、その色がわかるようになった状態を「破精(はぜ)」という。

(写真もあるのでわかりやすいです)

 こうしてできた麹がなぜ役に立つのかといえば、様々な「分解酵素」を豊富に含むからだ。
 「麹菌」の方からすると、自分が育つために、とりついたものの貯蔵物質を自分が使えるように、それらを分解する「酵素」を菌体の外にどんどん出す。

 主なところでは、でんぷんを分解する酵素、たんぱく質を分解する酵素がある。
 これらの「酵素」の作用で、でんぷんはブドウ糖(グルコース)にまで分解されるし、たんぱく質はアミノ酸にまで分解される(実際には分解の仕方の違ういくつもの「酵素」があるのだが詳細は略)。

 例えば、大豆はたんぱく質を豊富に含むが、それを原型を留めず液状になるまで分解したのが醤油だ。
 旨味のあるアミノ酸が豊富に含まれるので、調味料としておおいに役に立つ。

 「麹菌」はブドウ糖からアルコールを作ることはできないので、お酒の場合は「麹菌」「酵素」で分解されたブドウ糖を、「酵母」「アルコール発酵」するが、アルコールの元はブドウ糖なので、それをたくさん作るには「麹菌」が役に立っている。

 米を使えば「米麹」、麦を使えば「麦麹」となるが、基本的な使い方は、「麹菌」以外の原料を分解させるために「麹菌」の力を使う。

 ひとしきりブームになった「塩麹」は、固体の「米麹」に塩と水を混ぜて寝かせたものだが、含まれるアミノ酸の旨味は塩分で増強されるので、調味料としては理にかなっているし、「酵素」の力があるので、食品を漬ければ肉や魚のたんぱく質を分解し、柔らかく、旨味の増えたものにしてくれる。

 もともとは糀屋本店の9代目浅利妙峰さんが地道に広めていた「塩麹」だが、その解説書としてはおのみささんの『麹のレシピ』をオススメしておきたい。
(ただ、2024年現在、新刊では手に入らないようだ)

 レシピ集としても役に立つが、「麹」「酵素」に関する解説の内容は、ちゃんとした科学者の先生に取材し、取り上げている参考文献も新旧、信頼できるものがセレクトされている(以下は「麹を知る本」として紹介されている本)。

 因みに、おのみささんはイラストも描かれる方なので、『もやしもん』とはまた違った麹菌のキャラクターが随所に描かれるのも楽しい。
 最近では、「発酵博士」の小泉武夫さんとの共著もある。

 そんな訳だが、ブームのあるところ影も生まれる。

 「塩麹」ブームは怪しげな「酵素栄養学」の普及に一役買ってしまった側面もあるようで、ちょっと頭が痛い。
 「酵素学」「酵素化学」なら大学の研究室名にも使われる生命科学、生物化学の研究分野だが、「酵素栄養学」はトンデモさんなので、この言葉が出てきたらお気をつけを!

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