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【10】官能検査をしよう

 「官能検査」という言葉を使うと、「官能」という言葉の字面から微妙な反応をされることがあるが(笑)、そういう意味(笑)ではない。

 ありていに言って、「分析」の一手段であって「人間を測定機器として活用する」手法の総称だと思ってもらえばよいかと思う。

 科学が進歩している現代、なんでも機械で測れるんじゃないの、と思っている人もいるかもしれないが、「分析」というのは地道なもので、例えば、ワインをある測定機器で「分析」しようといった場合、ワインそのものをそのまま機械の中に通してやれば、望みの測定結果がパッと表示されるとか、プリントアウトされる、とかいうようなものではない。
 分析したい成分や特性によっては、そういう測定機器もあることはある。
 それと、近年「パッとなんでも測れる」にそこそこ近い分析機器もだいぶ増えてきつつはある。
 とはいえ、一般的にはなんらかの面倒な前処理が必要だし、けっこう手間も時間もかかる。

 例えば、「ワインには何百種類といった香りの物質が含まれています」といった場合、それをいっぺんにまとめてパッと「分析」できるような測定機器はほぼないといっていい。
 ガス・クロマトグラフィー(GC)という分析機器を使えば何百種類という成分を「分離」「検出」まではできるのだが、それぞれがどの成分なのかを「同定」したり、何がどれだけ含まれているか「定量」までする、というようなデータを出すにはだいぶ手間がかかるのだ。
 一度その手間をかけた方法なら、同じことをするための分析条件を機器に設定保存して、計算をソフトでやらせることはできるようにもなるが、ぶっつけ本番で未知のものの結果をパッと出すことはできない。
 近年、香り成分の分析データベースを使ってそのあたりを簡素化するような方法もあるが、手間を省いた分、間違うこともあるし、特殊な前処理をしないとそもそも測定できないような成分とか、少なすぎて測定しにくい成分とかもある。

 ところが人間の場合、ワインをテイスティングして、ぶどうの品種、産地、ワインの作られた年を的中させるソムリエのコンクール入賞者のような人がいる。
 ワインをそのままソムリエさんの中に通してやれば、望みの測定結果がパッとコメントされる訳である。
 そこまでいかないまでも、ターゲットがワインのような嗜好品の場合、「人間が飲んでどう感じるか」は重要な「分析」項目の一つとなる。

 そこで「官能検査」の出番となるが、人間をあたかも測定機器のように活用するには、同じものを体験した時に、同じ評価を出してもらえるくらいには「訓練」する必要がある。
 例えば、同じワインを飲んで、「甲州のワインですね」という人と「マスカットのワインですね」という人が混じっていたら、精度の高い「分析」とはいえないだろう。

 それでは、どうやって「訓練」すればいいのか?

 そんな研究とかじゃなくて、普通にワインを飲んで楽しむ上でも、品種の違いや、好ましい香り、ない方がいいとされている臭いなどは、覚えられるものなら覚えたい、と思いつつ、どうすればいいかわからないという方も多いだろう。

 もちろん、いろいろなワインを実際に飲んで自分で「体験」してみる他ないが、そこで自分が感じた香りを、ワインの世界ではどう表現しているのか、それがわからなければ「訓練」にならない。

 ワインの香りの「官能検査」を初心者が楽しく独学するための本はいろいろ出ているが、その中でも、ボルドー第二大学リサーチエンジニアをされていた故・富永敬俊博士が書かれた『アロマパレットで遊ぶ』は、ワインの香りを絵具に例え、また、ワインの世界で使われている用語に対して、身近なもので連想しやすいような解説を施した名著だった。
 2006年に出た本だが、現在も版を重ねて現役のようだ。

 その分野に、2017年に登場したこちらの本。
 日本人にはわかりにくい表現もある「ワインの香りを表現する言葉」「日本人がわかる言葉」にまとめ直すとともに、個々の「言葉」の香りの特徴について、実例を挙げてわかりやすく解説。
 そして、それらの「言葉」「アロマホイール」という円グラフ的な図にまとめ、さらには、付録の「アロマカード」でそれらの香りを体感しながら学習できるようにもなっている。

 ワインの「アロマホイール」は世界的には以前からあったものだが、本書では、日本のワイン醸造家の方々とも協働で、「日本人がわかる言葉」を選び出し、日本オリジナルの「アロマホイール」を新たに作っている。
 こすると香りが出る「アロマカード」は12枚で、1枚ごとに一つの香りの成分(単一の物質)の香りを体験できるようにしてある。
 単独でも一つの香りを表現しているのだが、これらを2枚、3枚、4枚と組み合わせることで、さらに多くの香りのニュアンスを「体験」できる。
 今までにない好企画である。

 さらに、本そのものの内容も、初心者でも読めるように、かなりわかりやすく噛み砕いて説明されている。
 それでも、書かれている内容からは、ワインの香気研究や人間の嗅覚研究の最先端の知見の一端(初心者には詳しすぎるかも?)にも触れることが出来る。
 「アロマカード」の工夫の分、ちょっとお高めの価格設定ではあるが、ワインが好きで、「ワインの香り」がわかるようになりたい、と、思っている方には、猛プッシュである。

 ついでながら、本書で「ワインの香り」「科学」的なところに興味を持たれて、もうちょっと細かいことも知りたい、という方には、こちらもオススメしておきたい。


<フレーバーホイールこぼれ話>


 
アロマホイール、もしくはフレーバーホイールは、世界的にはまずビールの世界で作られたとされる(下記リンクの記事に詳しい)。

「フレーバーホイール 専門パネルによる官能評価表現」
(リンク先のpdfはフリーで読める)

「beer falvor wheel」


 通常は「フレーバーホイール」と呼ぶが、フレーバーの意味は「香味」、香りと味を含むが、ワインでは香りにフォーカスしているので「アロマホイール」としている、とのこと。

……ということだが、最近は日本でもあちこちで使われるようになったようだ。

「清酒のフレーバーホイール」
https://www.nrib.go.jp/data/pdf/nrt/2004_2.pdf


「ウィスキーのフレーバーホイール」

「泡盛のフレーバーホイール」
https://www.nta.go.jp/about/organization/okinawa/sake/flavor_wheel/pdf/01.pdf


 最近では、実はお酒だけでなく、あちこちに広がりつつもあるようだ。

「コーヒーのフレーバーホイール」


「紅茶のキャラクターホイール」

「緑茶のキャラクターホイール」

「麦茶のフレーバーホイール」
https://www.hakubaku.co.jp/cms/wp-content/uploads/news_pdf/7eeb875aca61624a3ba3320b8ac12226.pdf

「醤油のフレーバーホイール」

「だしのフレーバーホイール」

「白菜キムチのフレーバーホイール」https://www.kyuchan.co.jp/company/news/image_pdf/1709_kimchi_presen.pdf

……さすがに、ここまで何でもあると、ちょっと流行りすぎのような気もしてくる今日この頃である(笑)。

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