保健室登校

矢部嵩さんの「保健室登校」という小説が、あまりにもヤバすぎるので紹介したい。

人殺し中学校という名前の学園がベースとなる(そもそもこの時点で意味がわからない)ホラーブラックコメディの短編集なのだが、まず文章がおかしい。

句読点が少なすぎることに加え、前後の文章の繋がりが希薄な部分も多いし、誤字脱字・通常ありえない位置の改行も当たり前にある。
存在しない言い回しやill-definedな固有名詞も沢山出てくるが、そこに一切の説明が無いし、登場人物の名前も駅子・床子など明らかにふざけている。(しかし中にはごく一般的な名前の登場人物もいるので、その無意味な使い分けがまた気持ち悪さを加速させる)

ここまで読んで分かる通り、一見ホラー小説大賞を受賞した人の文章とはとても思えないのだが、では中学生が書いた作文の様なのかと問われると、印象としてはこれもまた異なる。

矢部嵩さんの文章は確かに全くもって正しくない。ロジックや一貫性を求めるとものの数ページで気が狂いそうになるが、しかしその中でふと魅せてくる瞬間が確実にあるのだ。
グロ・理不尽・ナンセンスで溢れた冗長な文章にうんざりした時を狙って、確実に真理をついてくる。

ちなみに、本投稿ではこの奇書から特に記憶に残った部分を引用しつつ、私がああだこうだと感想を述べるだけなので、読むだけ時間の無駄な可能性も大いにあることを予めご了承ください。


第1話 クラス旅行

人殺し中学校に転校してきた専子だが、クラスからは歓迎されていないらしく、あからさまな虐めに合う。しかしクラスメイトの缶田たち数人だけは専子を受け入れ仲良くなろうとし、歓迎しない派代表の布田と険悪なムードに。そんなある日缶田から学校非公認の「クラス旅行」に誘われた(布田は来るなと大反対)専子だが、風邪をひいていたことが理由で、待ち合わせの時間に遅刻してしまう。
遅れて待ち合わせ場所の教室についた専子が目にしたのはクラス全員の首吊り死体だった。

以下はその後の保健室の先生と専子のやり取り

「全員自殺なんてねえ」
保健の先生はしおりから顔を上げて机に向かった。 「あなたは入れてもらえなかったのね」
「はい」部屋の中に目を戻して専子はいった。
「凄い剣幕で止められました」
「なんだか知らないけれどそれじゃみんなで死にましょうかとなった時に転校生なんて困ったんでしょうね」
書き物の音が部屋に響き、専子はまた寝返って隣のカーテンを見た。
「ぼっちにするのもかわいそうだけどじゃあ混ぜましょうとはいかないし仲良くすんのもちょっと悪いよねえこれから死ぬ身としては」
「誘ってくれた子もいたんです。 一緒行こうよって」
「そうなの」
「一緒行こうよ折角だからって、私もうんって」
「断られること考えてたなら、詳しい話はされなかったでしょ」
クラス旅行なんてと教師はいった。
「死ぬのと普通にいわれていたらあなたついていってたの」
考えたが専子はよく判らなかった。 大事なことかも判らなかった。
「いわれてたら行かなかったかも知れないですけど、秘密こそ怖くて行けない気もします。 だけど別に平気だったし、それがどこでもいいよということなら、あの子たちとならどこでもと思ったのは私です。だから何より黙って連れてってくれてよかったと思います。 知ったら悩むから」
「悩むの大事だよ自分で考えなきゃ」
「ごめんなさい」
椅子から立って隣の子のカーテンを覗いてから、保健の先生は専子のベッドにもカーテンをかけた。
「あなたも少し寝なね。 熱引いて起きれるようなら帰っていいから」
「はい」専子は布団をかけてもらった。 裸足の指が冷たかった。
「よかったのに、置いていかれたのは私のせいなんです」
目を塞ぐと濁流の音が脳に響いた。 川向こうを電車が走っているようだった。
「遅刻はよくないことだよね」
カーテンを閉めて教師も頷いた。
「待ってる方もがっかりするしね」

★ポイント★
①専子を除いたクラス全員が教室で首吊り自殺をしたその日なのにも関わらず、日常の延長線上のような雰囲気。友達と喧嘩した生徒の相談を聞いている位の温度感。

② 「考えたが専子はよく判らなかった。 大事なことかも判らなかった。 」
他が雑多な分ここのリフレインが効いている。

③最初から死ぬと聞いていたら行っていたのかと聞かれた専子の回答があまりにも要領を得ない。
矢部嵩さんの文章の特徴として、会話の文ではその人物が頭の中で思い浮かべた事を、順序立てずにリアルに書き連ねる傾向にある。

④最後の保健室の先生の言葉
「遅刻は良くないことだよね」「待ってる方もがっかりするしね」
専子がクラス旅行に間に合って一緒に死んでいる方が正しいルートであったかの様な言い方。
生徒が自殺した事にはこれといって関心がないが、遅刻には厳しい異様さ。


第2話 血まみれ運動会

人殺し中学校で行われる運動会のリレーの話。
他のクラスに勝つには自身のクラスで足の遅い人がリレーに出れなくなれば良いと考えた委員の宜野は、邪魔者の足を切り落としたり高い場所から飛び降りさせたり等やりたい放題。
見かねた駅子が宜野に対して苦言を呈すシーンから抜粋。

「馬鹿じゃないの。 たかが運動会でこんなこと」
「足の遅い速いといっても通常その差は大したことはない少し遅い子が一人多いからと問題にはならない一人一人ばらつくとはいえクラス単位の勝負だもの最終的にはコース取りバトン渡し練習と技術が物をいう当然のことだ。問題は平均値から大きく外れた数人よ極度な肥満運動音痴体の曲がった子まっすぐ走れない子背の極端に小さい子、極端ながりに病気持ち何故だか知らんが走らないやつ、この子たちは練習の量や質で語れる問題とは全く無関係の次元にいるわ無論彼らはどのクラスでも必ずといっていいほど存在するけれどこの子たちに関しては一人と二人で大差ないという風に考えるわけにはいかない一人一人が致命的なレベルで戦局を変えるため一人か二人かでもう雲泥の差その時点で勝負が成立しなくなってしまうのよ!
数周回遅れの状況でバトン練習の成果なんて誤差でしかないわ判るでしょう百回の練習はそういう子一人除くだけで足りてしまうのよっ。
私たちの練習は死ね子一人で無意味になるのよ」
あまりといえばあまりの言葉に一瞬駅子は耳を疑った。
「自分が何いってるか判ってるの」
「判らないわ! 自分でもおかしいと思うもの!」
宜野さんは目ぢからで怒鳴り返した。
「私が今いったことはつまり突き詰めればふにゃふにゃ者は死ねということで自分だってこんな理屈はないと思うわ! ねえ真剣って何かしら私たちが普段求められている真剣さって矛盾していると思わない。 ルールで決まっていないことが多過ぎない? 真剣さ一つで買えてしまうものが多過ぎるんじゃない? 真剣になるほどに行く先に落とし穴が開いてかない? 私たちが真剣さ一つで買えてしまえる反則があるのにそれを止めてくれる人がいないよ。 みな真剣になれというばかりで誰も私たちの真剣さは守ってくれないじゃないね。許される努力というのは努力のほんの一角に過ぎないと今は判るわ命も未来も楽しい気持ちもまるで簡単に捨てなきゃいけんまるで罠のような真剣さがあちこちにごろごろと転がっているよ。真剣になったら死ぬとばかりに、きっと本当は真剣になってなど欲しくないのね。 人の言葉や努力の辛さに騙されて真剣になってはいけないのね。 私前はそれを知ってた気がするわ。 でももう私は真剣よ」

★ポイント★
①冒頭で説明した矢部嵩さんの文章の特徴盛り込み放題。
句読点や改行が無さすぎるし、地の文の文体と喋り言葉もごっちゃになっている。
その分宜野の気迫や狂気がこれでもかという程伝わる。

② 「私たちが真剣さ一つで買えてしまえる反則があるのにそれを止めてくれる人がいないよ。 みな真剣になれというばかりで誰も私たちの真剣さは守ってくれないじゃないね。~ きっと本当は真剣になってなど欲しくないのね。 人の言葉や努力の辛さに騙されて真剣になってはいけないのね。 私前はそれを知ってた気がするわ。 でももう私は真剣よ」
ここ。ここ良すぎる。
矢部嵩さんは油断した隙にこういう本質を突きつけてくる。
宜野はリレーで勝つ為にクラスメイトの足を切り落とす異常者ではあるが、その根底には誰よりも誠実な真剣さがある。自分でもおかしいと気づいているが今更もうやめられないことって、ある。宜野は助けを求めている。助かりたいだけなのに傷つけることを止められずに、ただそんな自分を分かって欲しいと喚く切ないシーン。


第3話 期末試験

昼べという生徒に恋をした国語教師、常備の話。
昼べに好かれる為に授業中も常に隣で話しかけたり、自らの手で美容整形を行い、血まみれの包帯をぐるぐる巻きにして何度も告白するイカレっぷり。(昼べは一貫して常備を嫌悪する態度をとっている)
そんな中常備が国語の期末試験で出題した問題は「あなたの思う常備の外見の欠点と、性格の欠点をそれぞれ挙げてください」「常備は何がいけなかったのかあなたの考えを書いてください」「これから常備に出来ることが何かあると思いますか、思いつくものを書いてください、なければなしと書いてください」といった明らかに異常なものであった。クラス中がざわつく中、常備が教室に入ってきて何故か試験監督を鉈で殺す。その後に言ったセリフから抜粋。

「さあ五組が最後だね済ませてしまおう。何か質問とかありますか? こんな問題困ったって子いるかもしれないけれど、授業受けてれば解ける問題は入れておいたので、優先して解いてください」
質問がないのを見ると先生は続けた。
「全体として解けないだろう問題というのを多く入れています。 解けない問題、まだ判断できないこと、答えの移ろうもの、これからもずっと解けないこと、判っても人にいえないこと、それらに取り組んでください。 正しいと思うことその時の答え、出ない答えに取り組む向き合って考える感じが採点の対象です。 現実には向き合えばいい答えを出せばいいというものじゃないですが、これはテストだからね、思う存分正しいと思うことを突きつけてください。 聞いてないよといわれはしないし、偏見でもいいし、間違いでも取り返せない言葉でも、つたなくあざとい打算でも、それでいいです、先生の外に出ることはないんだから、文字通りテストしてみてよ。 答えたことはどこへも出ないけれど結果自体は先へ繋がって行って、それはすばらしい仕組みだと先生は思います。 そういうことって減っていくから。 だからここで間違っておきなよ学校なんだから、テストは人生を変えるけど追いかけてったりはしないから、間違いも失敗も置いて行っていいから大事なことしてみようよ」
がたりと音を立てて椅子が倒れた。 昼べさんが立ち上がって、背筋も腕も震わせていた。

★ポイント★
①文句無しにセリフが最初から最後まで良すぎる。
ここも矢部嵩さんの真理突きつけタイム。
「テストは人生を変えるけど追いかけてったりはしないから、間違いも失敗も置いて行っていいから大事なことしてみようよ」
この辺りからも読み取れると思うが、常備はこの物語で最初から最後まで皆に対してずっと優しい。(倫理観が狂っているので人は殺すが)とにかく昼べが好きで、どんなに邪険に扱われても嫌われても一途に思い続けている。
他のセリフも抜粋。

「一番正しいことするの怖がっちゃいけないよ、答えるのよしちゃ駄目なんだ。合ってると思うこと考えて答えることが大事なんだ。それで間違ってもそれはいいよ問題を見ないでじっとしてるのがいけないことなんだ。誰も解いてはくれないよ」
「ねえ昼べ現実はテストじゃないっていったじゃない踏まえて思うに先生は昼べのテストだよ。先生は昼べの今後と何も繋がらないよ。だから先生に何しても昼べはよかったんだと思うよ。いくら一緒にいても何話しても、失敗したって間違ったってどこにも着かないし何に繋がりもしないと思うよ。どうしたって大丈夫なんだよ。 取り返しのつかないことは何も起きないんだよ」

実は昼べも常備の事が好きで言い出せずにいた事が最後に判明するのだが、このセリフから常備は昼べの気持ちに気づいていそう。
間違いでも答えを出せば全て受け入れるし、その答えはこの場以外で昼べを追いかけて苦しめることは無いから心配しなくて良いと言っている。神か?優しすぎる。(何度も言うがイカれてるので人は殺す。犬も殺す。)


第4話 平日

この物語では当たり前のように出てくる宇宙人(一切説明は無いが、大体の中学生が持っている少し高価だがポピュラーなもの。読んだ感覚的にはスマホとかに近いかも)というものがクラスで盗難にあった話。自分の宇宙人を誰かに盗まれたクラスメイトの東は、状況から英語の予習をする為に1人教室に残っていた遠野麦子という生徒に疑いをかける。遠野と仲の良い可絵子は疑いを晴らすべく探偵を始める。下記は調査中の先生と可絵子のやり取りから抜粋。(先生は宇宙人が何か全く分かっていないので、我々読者と同じ気持ち)

「ねえ宇宙人ってなに」
富士見先生が訊いた。
面倒そうに可絵子は答えた。
「知りませんよ私持ってないし」
「何か知らないで話してるわけあなた」
「知りませんよ関係ないです」
可絵子はノートを意味なく見た。
「私宇宙とかそういうの嫌いなんです」
「みんなは好きなの。 みんなは持ってるの」
「私に聞かないでくださいよ私別に欲しくないもの」
「物、なの?」
「これという何かがあって」
可絵子は手で空間にジェスチャーした。
「それが好きな野郎同士が和気藹々していて、そんなのと、関係ないと思いませんか。ぼんやりとあるこいつらと関係なしでいたいなという気持ち、ありませんかそういうこと。関係でも物でもそうです物持ってることで出来る関係で、そんなの嫌だと思いませんか。 もう持ってるなら別ですよそういうのはしょうがなくって、まだ持っていないなら金輪際持ちたくないと思いませんか。 近寄らずに済めと思いませんか。 どんないいものでも世の中にいいでしょってことでも、誰でも知ってることでもみんなが好きなことでも、そんなこと知らないよって、だけど誰でも思うでしょう」

★ポイント★
①誰かと何かを共有することで意図せず発生する関係を嫌う感覚、分かる。
そして矢部嵩さんの良さとして、ここを綺麗にまとめようとしないのが素敵。一言で言えば上で私が書いた文章に収束できるのだろうけど、敢えて上手く言葉に出来ない思いをそのまま吐き出すことで、思春期特有の感情の整理のつかなさを見事に表現している。


遠野麦子と可絵子の喧嘩も印象的

「新聞ってさ」
可絵子は振り向いていった。
「朝すごい柔らかいよね。で夜なるとすごいかたくなるよね」
「え」
「ならない新聞かたくさ」
「どんぐらいしゃもじくらい?」
「そんなかたくないよ全部で厚紙ぐらい」
「厚くなるの」
「なんないよ」
「硬くなるの」
「そう。何その目」反対に椅子に座り直して可絵子は麦子をまっすぐ見た。
「馬鹿にしてんでしょう」
「してないよ」
「顔見たら判るよ」
「そうか作りたてはやらかいのか。 私気にしたことなかったよ」
「やっぱり馬鹿にしてんでしょう」
「思ってないよ」
「知ってるもの、そういう風に否定する時は思ってるよあんた」
「どうして」
「判るから」
「判るったって確かめようはないじゃない」
麦子は笑った。
「ほらそれ否定さっきのは嘘」
「可絵ちゃんに嘘吐かないよ私」
「それが嘘だろ」可絵子は強くいった。
「何度も嘘吐いてんじゃない。 黙ってることだらけじゃない。ついこの間だって、英語の予習って嘘だったじゃん。あんた何してたのあの教室で」
「何もしてないよ」 麦子は答えた。
「本当に何もしてない」
「つったって信じようがない」
「信じてくれないの」 麦子は訊いた。
「何その目」可絵子は睨んだ。
「信じてほしいの。助けてほしいの。 全部私に何とかしてもらいたいの」
「そうはいってないよ」
「顔に書いてんじゃない、あんたの顔見りゃそんくらい判るよ当たり前じゃない。 味方してほしい喧嘩してほしいのあんたの為に、まどろっこいことしてないでやめろって庇ってほしかったの? 相変わらずだって認めるの。私なんかに庇われましたって。 謝るなら、誰かに謝って、そしたら私が助けてあげるよ。 助けてやるよやれるから、いってごらんよ。私あんたと関係ないもの。あんたのこと気にしてるのはただ私ががきだからで、あんたが何もいわなきゃ私は何もできないよ」
麦子は返事をせず可絵子を見ていた。
可絵子も麦子を見ていた。
「いってごらんよ。でないと一人でのみこむのかよ。 そんなことまでしたいのかよ。 してみたいことって、こういうことがしたいの。こんなことがしたかったの」
「いって欲しいの?」 麦子はいった。
「大丈夫。 一人で何とかするから」
「何で」
「悪いから」
「何に。誰に」

★ポイント★
①会話に取り留めがなさすぎる。リアルをフィクションに落とし込む際に普通ならカットされる部分を丁寧に描いている。
例えば、リアルな人間のホクロに意味は無い。ただそう生まれてきただけだから。しかし、アニメのキャラクターのホクロにはそのキャラを記号する意味が付随される。無くても良いものをわざわざ描くには普通それなりの理由が必要になる。しかし矢部嵩さんの物語ではそのホクロに意味を与えない。だってリアルならそうでしょう?と言わんばかりに当たり前の顔をして存在させる。なのに作中で大量に人を殺すなどフィクションらしさも全面に押し出す。
ここのチグハグさが読んでいて気持ち悪く、そして癖になる理由だと思う。




ちなみに作者は後書きで作品に一切触れず、「かりんとうが好きだがいつも食べすぎて気持ち悪くなるし、硬いから口の中が切れる」という内容の文章をひたすら書いている。




狂ってる。

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