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日々更新されている文章には乗り越えパワーが宿っている

何気なく、更新されているnoteだったとしても。

また他のSNSや、たとえばメルマガだったとしても

日々更新されている文章には、それだけで乗り越えるパワーが宿っている

と感じています。


これは、どんな人も…

自分の「いい(とき)」「わるい(とき)」に関係なく、

気ままに、暇なときだけでなく

時間をつくって、いそがしいときにも書いている…


とても小さなことかもしれませんが、わたしはそういう人の文章に

「中身」というより「背景」から尊敬する。


たとえば、旅行へいったとしても

まわりに迷惑が掛からないよう、一人早く起きて書いていたり。

夜眠かったり、ほかにバタバタとやることが山積みになったとしても

「書こう」というエネルギーは、いったい何処からくるのか?

魂に、問いかけたいところです。

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もちろん、中には明確な目標をもって書いてらっしゃる方もいる。

でも大半は、「書きながら」その答えを探りながら書くケースの方が多いのではないでしょうか。


それでも、人は書く。

結局は、自分が幸せであるために。


おそらく、人間だけに許された行為だからこころ揺さぶられたときには本能的に

筆を走らせたくなるのかもしれない。

でも、その「本能」だけでは「乗り越え」パワーって、生まれないのです。


なにかを継続することの力が、人をどんどん原点にも返していってくれるのだということ。

なんのために、書くのか?

はきっと、なんのために生きるのかと直結してきます。

人それぞれ、生きる目的、生まれてきた目的があるように…


そしてわたしは、きっと「プロセス開示」という役目も担っている。

だから、「答え完結型」に偏ってはいけないのだ。


わたしは、あらためて(4月から)素直な自己表現で幸せになります。

いつもでも、また時々でもお読みくださり

本当にありがとうございます。

(PS.昨夜うっかり下書き記事を途中でアップしてしまっていました汗

いったん戻します、反応くださった方々に心からありがとうございます🙇)

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