女子大生のサッカーノート

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    #26【第30回大会ラスト投稿】インカレ運営メンバーの花が咲くまでの道

    今年度インカレ学生統括を務めさせていただきました、慶應義塾大学3年の高橋佳里です。 つい先日、大学女子サッカーの頂点が決定し、 早稲田大学の優勝で第30回全日本大学女子サッカー選手権大会が幕を閉じました。 30周年記念大会ともなった今大会を無事に終えることができ、本当に良かったです。 そして大変な状況の中、大会を開催できたことに本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 今大会に携わっていただいた様々な方々、ご協力いただき本当にありがとうございました。 1/6決勝戦の日は、関

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      • #25【インカレ優勝校】早稲田大学主将 4年 加藤 希の花が咲くまでの道

        ①インカレを振り返って まずはこの場を借りて、今大会の運営に携わってくださった運営関係者の皆様に心より感謝申し上げます。また、決勝戦においては、大雪の中試合を運営していただき本当にありがとうございました。 早稲田大学ア式蹴球部女子部創部30周年という記念の年に、インカレで無失点優勝する事ができ、大変嬉しく思います。今大会では、自分達の力を全部出し切ろう、挑戦者として「挑」み、「越」えて行こうという共通認識をもって戦いました。選手や学生スタッフ、スタメン・ベンチの選手、メンバ

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        • #24 森 晴菜の花が咲くまでの道(九州第2代表 活水女子大学 4年)

          ①カコ私は兄の影響で小学2年生からサッカーを始めました。 高校までは地元でサッカーをし、大学で初めて地元を離れ、長崎でサッカーに打ち込みました。   私は高校の時に果たせなかった全国大会出場をもう一度目指したいと思い、大学でもサッカーを続けようと決意しました。 私が入部した頃、活水女子大学は4年目のチームでしたが、数々の経歴を持った先輩方が所属しており、全国大会にも出場経験がありました。 そんなチームでサッカーができる環境が楽しみだという気持ちと、全国大会に出場するという強い

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          • #23冨田 琴音の花が咲くまでの道(九州第1代表 福岡大学 4年)

            ①カコ 私は幼稚園のサッカースクールに父の勧めで行き、 友達と一緒にサッカーを始めて以来、小学校は2つの男子チーム、中学校は部活と女子のクラブチームでサッカーをしました。 どのチームでも毎日が楽しく「サッカーは楽しいもの」ということを1番に学んだと思います。   高校生になると、私は福岡から静岡の高校に進学し、寮生活をしながら部活でサッカーを続けました。 その高校は女子サッカーの強豪校と呼ばれるチームの1つで、私もサッカーを上手くなるためにいきました。 周りのレベルはすごく高

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            • #22 阿部 楓子の花が咲くまでの道(中国第2代表 吉備国際大学 4年)

              ① カコ 私は小学校1年生の頃に兄の影響を受けてサッカーを始めました。 小学校6年生まで地元の少年団チームで、周りの男の子と共にサッカーを楽しんでいました。 小学校5年生からは少年団チームにも行きながら、女子チームにも入りました。 中学校では女子クラブチームに入団し、練習をするにつれて更にサッカーが好きになりました。 中学校を卒業し、鳴門渦潮高校に進学しました。 高校3年間では、サッカーを通じて仲間との協調性や努力をし続けることの大切さ等、多くのことを学びました。 3年生

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              • #21 中村 友香の花が咲くまでの道(中国第1代表 徳山大学 4年)

                ①カコ私は熊本県出身で、小学校から高校までずっと地元の熊本県でサッカーをしていました。 その中で1番濃い時間を過ごしたのは、高校時代です。 高校は熊本県の秀岳館高校に通っていました。 チームの目標は全国大会に行くこと。 1・2年生の時はあと一歩の所で負けてしまい、全国大会に行くことができませんでした。 3年生になるとキャプテンを務め、チームの目標達成のために仲間たちと切磋琢磨してきました。 しかし、その年の夏に前十字靭帯断裂をしてしまいます。 ですが、まだ大会が残っていた

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                • #20 青木 なつみの花が咲くまでの道(関西第4代表 姫路獨協大学 4年)

                  ①カコ これまでサッカーを十数年プレーしてきました。 大学サッカーは私の中で一番我慢する期間であり、現実と向き合わなければいけない時間が多かったです。 大学一年生の夏に膝を怪我してしまい、そこからすべてが始まりました。 リハビリが思うようにいかなくて、経過もよくなく、 大学四年目ですが、合計で二年もプレーはしていません。 これは、プレーヤーとしては本当に悔しい結果です。 しかし、今では人間として成長できるとても良い期間になったなと思っています。 今までもケガをしてサポー

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                  • #19 加井 菜月の花が咲くまでの道(関西第3代表 大阪体育大学 2年)

                    ①カコ私は小学校2年生の頃からサッカーを始め、今に至ります。 このサッカー人生を通して「何が成長できたか何を学んだか」を考えました。 挫折はもちろん経験したのですが、 それによってサッカー以外の人としての大切な部分を学ぶことができました。 今思い返すと、私は人よりも挫折を経験するのが早かったと感じています。 その挫折経験が早かったことに対して今はすごく感謝しています。 試合に出られないと言う状況が続いた時に、 始めは「全然自分のことを見てくれていない。あの子よりもできる

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                    • #18 溝上 可夏の花が咲くまでの道(関西第2代表 明治国際医療大学 2年)

                      ①カコ私は小学校4年生の時に兄の影響でサッカーを始めました。 小学校の頃は兄と同じ少年団に入り楽しくサッカーをしていました。 中学生の頃は、通っていた学校の部活動と女子のクラブチームに入りました。 中学校のサッカー部では周りの男子部員に体格やスピードで勝てなくなり、とても苦労した記憶があります。 しかし、そのおかげで体の強さや間合いの取り方などで勝負する力を身に付けることができました。 同期にも恵まれ、最後まで楽しくサッカーをすることができました。 高校では地元ではなく、

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                      • #17 服部 芽恵の花が咲くまでの道(関西第1代表 聖泉大学 4年)

                        ①カコサッカーとの出会いは、幼稚園年長の時です。 友達の親から少年団の体験に誘われたことがきっかけでした。 体験に誘われた時は、サッカーというスポーツを知らなかったので父に手を引かれながら練習会場に向かったのを今でも覚えています。その日に入団を決めてから、クラブの練習がない日でも家の中でリフティングをしたり道路でドリブルの練習をしたりと日々練習に明け暮れていました。 中学生の頃は、同年代の人だけでなく年上の人と一緒にプレーする機会が増え、自分の未熟さに気が付くことができまし

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                        • #16 根岸 里歩の花が咲くまでの道(関東第8代表 日本大学 4年)

                          ①カコ私のこれまでのサッカー人生を振り返ると、楽しかった事や悔しかった事、様々な経験が思い出せます。 兄の影響でサッカーを始め、少年団で男の子とプレーしていました。 少年団では、珍しく同期に私を含め3人の女の子がいて、 女の子が多いからと対戦相手に馬鹿にされることもありましたが、 指導者やチームの仲間に恵まれていたこともあり、純粋にサッカーを楽しんでいました。 中学生では浦和レッズレディースの下部組織に所属し、上には上がいるということを知りました。 小学生のときにスタメン

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                          • #15 蓮輪 真琴の花が咲くまでの道(関東第7代表 筑波大学 4年)

                            ①カコ私は、大学に入学してから怪我が多い。 そして、4年生の今、自分を責めたくなる時がある。 「なんでこんなに怪我ばっかりなんだ」と。 高校生の頃は、冬の選手権で準優勝を果たし、怪我もそれほどなかった。 その頃の自分は、大学に入学しても、 「思い切りサッカーを楽しんで、結果を残せているんだろう」と少し期待していた。 大学に入ってからは、その期待とは正反対のものが待ち構えていた。 怪我で離脱し、復帰しても思うように行かず、次第にコンディションも上がってきたと思ったら再び怪我

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                            • #14石井 碧の花が咲くまでの道(関東第6代表 東京国際大学 4年)

                              ①カコ 私の「みどり」という名前は親の好きなサッカーチームの色を名付けられました。 そのくらいサッカー好きな家庭で育った私は、4歳の頃兄の影響でサッカーを始めました。   小学時代は男子チームと女子チームに所属し、サッカーは楽しいと同時に「もっと上手くなりたい」と感じられた日々でした。   中学時代は女子チームに入りました。 何事にも負けず嫌いだった私は、 他チームはもちろん味方にも負けないよう毎日必死に練習に取り組みました。 時には悔し涙を流しながら、コーチに認めてもらうた

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                              • #21 中村 友香の花が咲くまでの道(中国第1代表 徳山大学 4年)

                                ①カコ私は熊本県出身で、小学校から高校までずっと地元の熊本県でサッカーをしていました。 その中で1番濃い時間を過ごしたのは、高校時代です。 高校は熊本県の秀岳館高校に通っていました。 チームの目標は全国大会に行くこと。 1・2年生の時はあと一歩の所で負けてしまい、全国大会に行くことができませんでした。 3年生になるとキャプテンを務め、チームの目標達成のために仲間たちと切磋琢磨してきました。 しかし、その年の夏に前十字靭帯断裂をしてしまいます。 ですが、まだ大会が残っていた

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                                • #13 吉間 かれんの花が咲くまでの道(関東第5代表 山梨学院大学 4年)

                                  ①カコ私のこれまでのサッカー人生は右肩上がりでもなく右肩下がりでもなく、まさに山あり谷ありだった。 人は過去を振り返る時、よく、「あの時の挫折があったから今の自分がある。」 そう口にする事が多い。 でも、私は「あの時の嬉し涙が輝いていた時間が、苦しんで絶望していた今の自分の背中を押す原動力になっている。」 そう胸を張って言える。 高校3年生のインターハイで日本一になったこと。 あの瞬間は今でも忘れない。 初めて嬉し涙を流した。 もがいていた全ての時間が報われた、とてもか

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                                  • #12 林 みのりの花が咲くまでの道(関東第4代表 東洋大学 4年)

                                    ①カコ私は今年でサッカーを始めて16年目を迎え、 22年間の人生の内ほとんどをサッカーに費やしてきました。 初めは強制的に行かされていた練習も、 いつしか自分からサッカーの練習に行きたい、上手くなりたいという一心で、 サッカーの楽しさや悔しさを味わい、ここまでサッカーをやってこれました。 辞めたいと思う事もありましたが、 サッカーの楽しさを味わい、家族・仲間たちのおかげで続けることができ、 サッカーを通した繋がりができたり、人として大切な事を多く学べたりしました。 最近、

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