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#23冨田 琴音の花が咲くまでの道(九州第1代表 福岡大学 4年)

①カコ


私は幼稚園のサッカースクールに父の勧めで行き、
友達と一緒にサッカーを始めて以来、小学校は2つの男子チーム、中学校は部活と女子のクラブチームでサッカーをしました。
どのチームでも毎日が楽しく「サッカーは楽しいもの」ということを1番に学んだと思います。
 
高校生になると、私は福岡から静岡の高校に進学し、寮生活をしながら部活でサッカーを続けました。
その高校は女子サッカーの強豪校と呼ばれるチームの1つで、私もサッカーを上手くなるためにいきました。
周りのレベルはすごく高く、世代別の日本代表もいる中での練習は本当に刺激を受け、毎日の練習を必死になって取り組み、次第に努力することが当たり前になりました。
 
ミーティングでは様々なことを行い、自分たちの改善、他チームの分析の仕方等、とても勉強になり、頭を使ってサッカーをするということを1番学んだ時期だと思います。
 
ですが、周りのレベルが高く、必死になって練習をしてもトップの試合にはなかなか出られず、調子が良い時に限って大きな怪我をしてしまったりして何度も心折れそうになりました。
しかし、部活でもクラスでも寮でも一緒である仲間の存在が大きく、ピッチでは切磋琢磨し、ピッチ外では支え合える仲間がいたからこそ、3年間充実した日々を過ごすことができたと思います。日本一を3度経験できたこともこの仲間がいたからこそだと私は思っています。

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②スイッチ


私を含めこのチームにとってのターニングポイントは大学2年次から3年次に上がる時です。
 
大学2年までは他のチーム同様、監督が練習メニュー、試合のメンバー、作戦等を決めそれを理解して試合を行っていました。
しかし、大学3年次になった時、監督が辞めて、実質監督がいない状態となりました。
あらゆることを学生主体で行うこととなり、初めは戸惑うことばかりでした。
監督がいる時には気づきませんでしたが、居なくなったことで、自分たちがただただ言われたことをやっていて、あまり自分たちが考えて行動していなかったことを、痛感しました。
 
毎日の練習メニュー、試合分析、日程調整、部活の運営等をみんなで分担したり、相談したりしながら行い、少しずつ成長していきました。
 
そして、何度も何度も話し合う中で自分たちらしいプレースタイルを築いていきました。
自分たちで考えた戦略で試合を勝利できた時の喜びは今まで味わったことのないものでした。
 
また、結果としても大学1年次から目標としていた念願のインカレベスト8を達成することができました。
この目標を達成するまでは楽しいことばかりではなく、辛く、苦しい時期もありましたが、その分、達成した時の喜びは本当に大きかったです。
 
福岡大学でサッカーすることを選んで良かったと思いました。

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③ミライ

大学入学当初は、「インカレベスト8」は夢のまた夢だと思っていました。
 
ですが、人数が増え、日に日にチームがまとまり、
試合に少しずつ勝てるようになって「ベスト8」という夢が夢ではなくなりました。
 
そして、昨年達成することができました。
今年はまた新たに人数が増え、互いに切磋琢磨し、1年間頑張ってきました。
 
今年の目標は「インカレベスト4」です。
決して簡単な目標ではありませんが、私たちの良さは「粘り強さ」だと思うので、
最後の最後まで諦めず、チーム一丸となって一戦一戦戦って行きたいと思います。
 
また、私にとってこの大会は選手としてのサッカー人生で最後の大会になります。
なので、最高の仲間と少しでも長くサッカーができるように頑張りたいです。
 
そして、最後みんなで笑って終われるように、悔いが残らないように、自分の全てを出し切りたいと思います。
そして、今まで支えてくれたチームスタッフのみんな、家族、周りの皆様に感謝の気持ちを伝えるために、プレーで恩返しができるよう頑張るので、応援よろしくお願いします。


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