珈琲と紅茶とバロック音楽 平均律 __『今日の絵はいいなあ』__受け継ぐマスターの想い
___「ああ、今日の絵はいいなぁ」
そんなふうにね、ここ(カウンター奥の席)からマスターが店内を眺めながらポツリ呟いたりなんかしてたの、
そう語るマスターの奥様の目がキュッと細まる。
その表情を見て、「ああ、なんて綺麗な光景なんだろう」と。そっと心の中で思う。
学芸大学駅から徒歩すぐに位置する喫茶『平均律』。
樹齢300年の木材をカウンターの上部の梁にした、昔ながらの日本の匠の美と、昭和の初めに作られたというステンドグラスをあしらった窓際の光。
取材の日は開店前に奥様がお店を開けてお時間を割いてくださった。ちょっと緊張しつつ、「すみません」とお声をかけると、中は午前中の光を受けてステンドグラス越しに美しい光が店内に散りばめられている。
ふと窓際に置かれたガラス玉を目に落とすと、
____『これね、この時間にここに置くと綺麗でしょう?』
虹色に煌めく光の数々。
____『こうしてね、この時間にマスターとお話しするの。』
今は天国で見守ってくださっているマスターの奥様のその一つ一つの言葉が、耳に届くたびに、お二人の育んでこられた思い出やそうしたものの数々がぐわりと伝わってきて、胸がいっぱいになる。
「喫茶平均律」を作られたマスターと奥様の出会いまでお伺いすることができ、毎朝のこの煌めく時間を大切に大切に守っている奥様に憧れずにはいられない。
____『"宝物"みたいな場所なのよね、』
その微笑みも、言葉も。宝石よりもずっと美しい輝きを放っていた。
そもそも平均律とは?
「平均律」とは音楽用語である、と教えてくれたのは、身近にいる妹で、現在大学で音楽を専攻している。
掻い摘んで「平均律」とは何か、を説明して欲しいとお願いすると、
【1オクターブを均等の周波数比で等分した音律】のことだという。
それでも「ハテナ」だった私が「もっとわかりやすく、」と懇願すると、
【現在のドレミファソラシド+黒鍵の音階が平均律を用いて作られた音階であり、1オクターブを12に均等に分けたもの。
平均律以前の音律では、転調が難しく、特に鍵盤楽器は簡単に調を変えられないために、演奏時に支障が生じた。
ゆえにどこから弾いても同じように弾けるように、あるいは転調できるようにと作ったのが平均律であり、特にバッハによる〈クラヴィーア曲集〉は平均律を用いた最も有名な曲である】
とのこと。
そんな裏話を聞いてから「喫茶平均律」に伺うと、その名前の重厚感がどっしりと乗っかってくるようだ。
Story
____「平均律」という名前だからこそ、入ってこられる方もいらっしゃいますよね」
お伺いすると、
____『そうね、うちはウィーン世紀末をイメージして作ってるんだけど、昔から芸術家とか作家とか、写真家とか結構なんだかんだで集まっていて、、最近だと大竹英洋さんっていう写真家が土門拳賞を受賞して、彼もここに来てくれてたの』
そう嬉しそうに語るマスターの奥様の笑顔がキラキラと輝いている。
___「昔でいう"サロン"のような感じですね」
と言うと
___『そうね、平均律写真クラブなんていうのもあったりして…(笑)
お客さんたちと作ったクラブなんだけれど、みんなで撮った写真集を作った時私も装丁に関わったりしたの。』
なんてエピソードも。
___『人と人が繋がっている、そんな喫茶店なの』
元々「喫茶平均律」は原宿に居を構えていた。原宿店からの歴で数えると約30年となる。
「平均律」と言う名前をつけたのは、マスターがある日道を歩いていた時に流れてきたばバッハの〈クラヴィーア曲集〉に感銘を受け、「お店を開くなら絶対「平均律」!」と思ったところからだそう。
そのためか、原宿での「喫茶平均律」は
✔︎私語厳禁
✔︎レコード(音楽)を味わう
という非常にハイソな文化的な喫茶店であったという。
今でもマスターの想いを大切に、「イヤホンをつけながらの利用はご遠慮ください」という文句がお店の入り口などに貼ってあるが、「喫茶平均律」さんの想い、マスター、奥様の想いを思えばこそ、この喫茶店を訪れる身として、当然のことだと改めて感じる。
____『こんな張り紙もするの、ちょっとね、、(笑)』
なんて奥様は困ったように眉を下げられていたが、チェーン店のコーヒー店に入るのと同じ感覚で入ってくるお客様もいるとのことでこのようにしているそう。
喫茶店は、珈琲然り、空間も、そこにいるお客さんも、全てを楽しむのが醍醐味であると感じられるからこそ、私はとても好きであるし、受け継いで行きたいと思うのだが、そう思う人が私のこうした活動を通して一人でも増えたらとも願うエピソードであった。
____『マスターは、【お店は絵】って考えてたから、美味しい珈琲にプラス人が喫茶店を作るって言ってて。だから「ああ、今日はいい絵だ」って。満足するとそう言ってね』
「いい絵だ」とその光景を称するマスターさんのお顔をふと思い浮かべてみる。
「どんな方だったんですか?」とお伺いすると、
『子供みたいな人よ。好奇心が旺盛でね』と。
お店に対する情熱や想いから、厳格な方かと想像していたが、茶目っ気の溢れる方だとお聞きし、一度お会いしてみたかったと願うばかりだ。
____『今はだいぶ会話をしてしまっているし…怒られちゃうかもしれない(笑)』
それでも、奥様がマスターのそばで見てきたその姿がいつでもそこにあるような気がして、私もなんだか背筋がピンと立たされる思いがした。
【人と人が繋がっている喫茶店】だと感じられるのは、お店の内装の小物などにも現れている。
海外などでお土産用に売っているスーベニアスプーンはお客さんたちが平均律のために買ってきたものたち。方々から集められたそれは、コーヒーなどを出す際にミルクを混ぜるスプーンとして実際に提供されている。
1枚目はガラス作家の大中原由紀さんの作品。
お店は色んな人に愛されて、たくさんの愛が詰まっている。
雅楽の演奏会をしたり、原宿店からの移転時には「卒業式」なんてものをしてみたり、個展をしたり。
ただ珈琲や紅茶を提供するチェーン店にはない【美学】が、ぎゅうっと濃縮されていて、そこにある美しさが心を浄化してくれるようだ。
____『やる個展によって来るお客さんたちも全然違うからそれもおもしろくて』
「雰囲気もガラッと変わりますよね」
____『そうなの。最近はやってないんだけれどね、実は面白い作家さんもいて……(笑)』
と個展作家さんのおもしろエピソードなんかも話してくださり、私も芸術をかじっている身として勝手に親近感が湧いてしまった。
Menu
私はまず喫茶店を訪れると、『ブレンド珈琲』を頼むようにしている。
そのお店の顔であると感じているからだ。
そのことをお話すると『うんうん、それが正解ね』と優しく頷いて下さり、なんだかホクホクとしてくる。
✔︎︎︎︎サントスブレンド ¥600
平均律さんのこちらのブレンド珈琲はしっかりしたコクと味わい。
カップが置かれている棚や内装を眺めながらゆっくり味わった珈琲は格別だ
✔︎︎︎︎カスタードプリン
昔ながらのプリンで、優しい味わい。
✔︎︎︎︎フレンチトースト
カルピスバターを用いたフレンチトーストは数々のメディアにも取り上げられたほど🍞
奥様は『こんなになるとは』とちょっと首を傾げていたが、メディア紹介によりカルピスバターが手に入らなくなったおりには、お客さんが「手に入りました!」と持ってきてくださるほどだったという。
そんなエピソードもまた、人と人との繋がりを象徴している。
「ではフレンチトーストではなく、おすすめはありますか?」
____『うーん、定番のプリンに、冬はアップルパイ、あとはガトーバスクとか、ホットビスケットとかどうかしら』
とおすすめしてくださったので、回を重ねて色んなメニューを味わいたい。
✔︎︎︎︎中国茶
この日頂いた中国茶も美味しく、紅茶の品揃えも豊富。
「我が家もお茶はとても好きで、」というお話をすると、奥様の弟さんがティーカンパニーという国産の厳選茶葉のお店の茶師さんということもあり、奥様もお茶話に花が咲いた✨🌸
奥様は中国茶が大好きだそうで、おすすめのお店を紹介して頂いたり、色んなことをお話してくださった。
その中でいつも大切にされているのは
【日々を丁寧に暮らすこと】
日々を丁寧に
_____『やっぱりなんでも丁寧に暮らすこと』
奥様はそう語る。
コロナでおうち時間が増え、毎日の暮らしを見直した人も多いのではないだろうか。
その中で、小さなことに喜びを見いだせるようになったり、小さなこだわりに気づくこともあるはずだ。
「喫茶平均律」さんでスマホ片手にイヤホンをしながら珈琲を飲むお客様も中にはいるというが、
そのような方に対して、
_____『丁寧に暮らすことを知らないのよ、』
と奥様は言う。
なんでも丁寧に出来ず、そのような事が芳しくないことだということを知らないでいる、と。
その言葉に納得と、はっとする部分とある。
私たち若者は特に、何気ない日常の時間を止めて、ゆったり過ごしてみる、ということを忘れがちで、
心の余裕すらも無くしてしまう。
日々に忙殺されている方こそ、「平均律」さんに訪れて、一度自分と向き合って見てほしい。
ああ、なんだか自分勝手に急いていたな、と思う節もあるかもしれない。
そうすると「あ、こんなところに可愛らしい作品が」とか
「蝋燭が本物なんだな」とか。
お店のことがスーッと見えてくる。
まるで禅の世界のようだが、喫茶店も日常の喧騒を忘れる特別な空間だからこそ、そのような時の味わい方ができるのではないかと感じた。
店内奥の壁には写真家の大竹英洋さんの作品が飾られている。
「喫茶平均律」さんは建物の老朽化により、あと8年という短い時間しか残っていない。
「あとを継ぎたいという志願者はいらっしゃらないのですか?」と伺うと
____『居ることにはいるんだけれど、皆まだまだ甘いのよね、(笑)』
そう甘くないわよ、という奥様の笑顔の裏に、マスターの姿が見えてくるようだ。
マスターの想いを受け継ぐことのできる本当にふさわしい方が、8年の間に訪れてくれるだろうか……?
多くの人々に愛されてきた「平均律」が残って欲しいと願う反面、
お話を伺う中で、マスターの想いを継げる人が現れることはないのかもしれないと言う誇りも見え、
なんとも複雑な心境に……。
少なくとも今の「平均律」が続く限り、私はいつまでも皆の大切な場所として残るように、何かしらで貢献できればと思う。
そのひとつとして、この記事を読んでくれた方が訪れてくれればさらに嬉しい。
episode
いまやハンドドリップで淹れるコーヒー店でよく見かける『KONOドリッパー』
実はマスターがこのドリッパーの設計に携わっていたという🤭
「そんな凄い……!」
____『いや、でもマスターはあまり多くを語らない人だったから言ってはないけど……多分もう名前も埋もれてると思うしね、』
穴が大きいから淹れるの難しいのよ、と微笑みながら目の前で淹れてくださる珈琲はとても至福の味がした
学芸大学の駅から徒歩すぐに位置する「喫茶平均律」
皆さんも『日々を丁寧に』のまず第一歩として、珈琲や紅茶などを堪能してみてはいかがだろうか。
お店の公式Instagramはこちら
https://www.instagram.com/kissa_heikinritsu/
Amoの喫茶店活動はこちらも
https://www.instagram.com/junkissa_and_i/
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