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赤い部屋〜江戸川乱歩

20240603

私は、自分では確かに正気のしもりでいますし、人もその様に取扱ってくれていますけれど、真実正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎に角、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

初めの間は、でも、人並みに色々の道楽に耽った時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰めてはくれないで、却って、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫になって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻らした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。
そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈けで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端からけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目にはこの上もなく安易な生活を送っていました。
これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。たとえ強いられた労働にしろ、兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢や、血腥なまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのおとぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。










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