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四月になれば彼女は

20240510

わたしにとって、あなたとの恋のはじまりはそういうものでした。あのときのわたしには、自分よりも大切な人がいた。あなたと一緒にいるだけで、きっとすべてがうまくいくと信じることができた。そしてわたしのなかではあの四月が、いまでもぼんやりとした輪郭を保ちながらずっと続いているような気がしています。ぼんやりと、けれどいつまでも。

僕が死んだら、君は僕のことを忘れてしまう。おじさんはそう言いながら、わたしにカメラを向けました。きっと君は、僕の顔も声も歩き方も忘れてしまう。でも、それでいいんだ。僕がここにいてカメラに触れて、君と話をしていた時間が消えるわけじゃない。

「いいポートレイトを撮るためには、その人のことを知りたいという気持ちが必要な気がするんだ。でも僕にはそういう欲がない」

「写らないもの、私は雨の匂いとか、街の熱気とか、悲しい音楽とか、嬉しそうな声とか、誰かを好きな気持ちとか、そういうものを撮りたい」

何をしたいかというより、何をしたくないかで選ばれたものたち

忘却はよりよき前進を生む。

君が僕を消したから、僕も君を消すことを決めた。

子どもを産みたいと言った彼女に応えてあげられなかった。

二人の思い出は、遡るほどに美しいものになっていく。
告白した日。
愛してる。
出会った日。
愛してた。

人間だけが誰かのことを考える動物だからおもしろい。他者のことで喜んだり、悲しんだりできる。

幸せは無垢な心に宿る。
忘却は許すこと。

自分より大切な人を見つけた人の方が幸せなんだよな。

またこの海で会おう!
消えゆく意識の中で約束した。

全部諦めてしまえば、時間の方が俺に合わせてくれるようになる。

色の薄い幸せな世界。
そこは二人にしか入れない場所に見えた。

誰かを好きになると、好きなものを一つ失うんですか?

人と話すことができる黒猫が、雌猫に恋をしたときから言葉を話せなくなるというシーンがありましたよね?昔の映画で

好きになれるものの量があらかじめ決まっている人は、無限に好きなものが増えていく人より幸せかもしれない。

二つの異なるものが重なり合う瞬間

人間に対して白けきっていた。どこかで決定的に絶望しているように思えた。誰かと心を通わせ気持ちを分かち合うということに、興味がなかったとしか思えない。

誰かを愛し、誰かから愛される人生を諦められなかった。

恋は風邪に似ている。
風邪のウイルスはいつの間にか体を冒し、気づいたら発熱している。だがときが経つにつれ、その熱は失われていく。熱があったことが嘘のように思える日がやってくる。誰にでも避けがたく、その瞬間は訪れる。

誰かを愛しているという感情は一瞬だということが、いまならわかります。あのときのわたしは、それが永遠に続くものだと信じていた。あまりに幼稚で無防備。でもあの頃のわたしの方が、いまのわたしよりも何倍も力強く生きていた気がするのです。
好きな人のことをすべて知りたい。その人がいまどこでなにをしているのか。どんな本を読み、なにを食べ、どういう服を着ているのか。すべてを知りたいと思う。
愛している、そして愛されている。そのことを確認したいと切実に願う。
あの頃の清冽な想いに、わたしはいまだに圧倒されているような気がします。

「わたしが彼にとって必要な存在なのか、ときどきどうしようもなく不安になる」
「この世に必要のないものなんてないよ。 道ばたの石も夜空に輝く星も同じだ」

「ほとんどの人が結婚とかセックスに期待しすぎているように思います。それらが自分を幸せにしてくれるものだと勘違いしているというか。
多くの人が恋に落ちるとかセックスをすることと、愛するということを混同しています。ただ頭に血が上った状態でしかないのに、それが愛の強さの証拠だと思い込んでいる。
愛情といえば何もかもが許されるのが嫌なんですよ。愛し合う二人は無条件で美しくて素晴らしいものだという感じが。愛情って、もっと無様で孤独なものだと思うから」
「誰かのことを心から愛している、と思えるのは一瞬だしね」
「その一瞬が永遠に続くはずだ、というのは幻想ですよ。それなのに、男と女が運命的に出会って恋に落ち、一生の伴侶として愛し合うということが前提になっているのがおかしいと恋愛しても行き着くところは一緒なんです。だから結婚の先のセックスレスだって、当然のことだと思いますけど」
「そんなに絶望的なこと言うなよ」
「絶望でもなんでもありません。現実です。むしろそう考えたほうが、前向きになれると思います。まわりを見回しても、ほとんど恋愛なんてしてないじゃないですか。私みたいに、それが人生にとって重要ではないと思っている人は少なくないはずです。みんな他人が作り出した価値観に敏感すぎるんです。誰が恋愛やセックスをしていないといけないと決めたんですか?雑誌やテレビでしょうか?男女が恋愛をするということが前提の時代は、もう終わったと思いますよ」

「愛とか言ってても、すぐ情に変わっちゃうものなんでしょ?」
「それが家族になるってことかもしれないよ」

結婚した後に待っているのは永遠と続く日常だから、恋愛したきゃ外でしろってこと。

「人間ってのは本当に怖いですよ。憎んでいる人より、そばにいて愛してくれる人を容赦なく傷つけるんだから。僕も人間愛とか言っちゃってるけど、きっとひとりを愛することができないだけなんですよ。こうやって誰かとセックスについて話したり、物語のなかで愛を感じることができても、そばにいる人はうまく愛せない」

わかり合えていることがすべてではない。わからないけれども、その人と一緒にいたいと願う。少しでも気持ちを知りたいと思える。

彼女と別れてから、恋人ができなかった。それらしき女性がいた時期もあるが、終わってみたらお互いに暇つぶしのような付き合いだったように思う。

好きなものより、嫌いなものを共有していった。
思えば、ハルと別れてからずっと、何が好きなのかを探していた。
弥生と共に嫌いなものを見つけていくことで、自分の居場所を見つけることができるような気がしていた。

「動物側の視点になっちゃったんですね」
「仕事柄そうなったのかもね」
「動物から見て、僕たち人間はどう見えますか?」
「僕ら以上に君たちは退屈そうだ」
「そうですかね?」
「ああそうさ。檻の外にいるのに、まるで自由に見えない」

「一度だけ、ふたりで海外旅行に行ったことがあるんです。インド最南端のカニャークマリという町に。そこで僕らは朝日を見るはずだった。でも見ることができずに帰ってきた。どうしてだろう。いま考えると、滞在を延ばすこともできました。でもあの頃の僕らは、いつでもまた来ることができると信じていた。いつまでもこの恋愛が続くと、確信していたんです。なんの保証もないのに」
「どんな恋愛も、そういうものだと思うよ」
「不思議ですよね。恋愛って基本的にいつか必ず終わりが来るのに」
「ほんとにややこしい本能だよね。私も、いつも誰かを好きになっては別れて。また付き合っては別れて。悲しい結末がくることがわかっているのに、同じことを繰り返してる。そのあたりの学習能力の無さは、ここにいる動物以下なんだろうね」
「でも、結婚するんですよね?」
「そうだね。結婚することで、その繰り返しを終わらせようとしているのかもしれない」
「そう思える人を見つけることができたのは、本当に羨ましいです。僕の本能は壊れてしまったみたいだから。そういう気持ちがどこかに消えてしまった」
「彼女とは、好きなものを共有できていたと思うんです。楽しいこと、嬉しいこと、美しいと思うもの」
「同じものが好きだというだけで、運命を感じたり幸せだと思ったりしてたときが私にもあったな」

「死んだ彼女を想って泣いたんじゃないよね。自分の手に入らないものが、ひたすらに愛おしかったんだと思う」
愛を終わらせない方法は、一つしかない。それは、手に入れないことだ。決して自分のものにならないものにしか、永遠に愛することはできない。

「お腹の子が運命の人になってくれる。この子は、絶対にわたしのことを愛してくれる。なんの疑いもなく、そう信じることができる。分けられない愛を見つけた」
「子どもは男性たちとは違って、簡単に離れていくことはないでしょうからね。一緒にいる人のことを信じるのは難しいですよね」

「ほとんどの人の目的は愛されることであって、自分から愛することではないんですよ」
「相手の気持ちにちょっとでも欠けているところがあると、愛情が足りない証拠だと思い込む男性も女性も、自分の優しいに気に入られたいという願望を本物の愛と混同しているんです」
「本物の愛ってそういうことじゃないだろうからね」
「本物ならば、もっと不格好で不器用に表現されるはずです」

どんな人でも他人の問題には、とても適切なアドバイスをすることができる。だけど、自分の問題を解決できない。特に、愛については。

すべての恋愛は誤解みたいものだから

恋愛がいつまでも感動的なのは人智を超えているから、おもしろい。人間は自分が想像しうるものでは、感動できない生き物だ。

あのとき、私とあなたはお互いの愛情に触れることができた。
幸せだという気持ちを、共にしていた。
かつて私たちのあいだにあったものと、いま失ってしまったもの。
私たちは愛することをさぼった。

人間は、体と心が乖離すると混乱する生き物だから、人は死ぬとわかったとき、その乖離により苦しむ。

死の間際に思い出すのは、恋の記憶だったりする。

生きている実感は死に近づくことによってハッキリとしてくる。この絶対的な矛盾が日常の中でカタチになったのが恋の正体だと思う。人間は恋愛感情の中で、束の間、今生きていると感じることができる。

他人を受け入れることができなかったのは、自分のことがよくわからないから

結婚して幸せな人、不幸せな人、何回も結婚しちゃった人、したくてもできない人、できるけどあえてしない人。 いろんな人がいたんだけど、僕はどれにもはまらないなって思った。やっぱり僕は自分がいちばん大事なんですよ。それなのに誰かとずっと一緒にいるとか無理がありませんか?僕たぶん、家族とか子供とかそういうの無理なんですよ。本当は、こうやっていつまでもふざけて飲んでいたいけど、あなたもいつか結婚して、子供が生まれて僕から離れていくんです。でも僕には、きっとそういう未来がない気がするんです。ずっとひとりでいるしかないっていうか。

「もっと悩んだり、苦しんだりしないんですか?手放したくないなら、じたばたしたり、あがいたりしなよ。結局は、彼女を見捨てようとしてるんですよ」
好きだったのに、あっさり諦めた。そしていままた、愛しい人を諦めようとしている。なぜだろうか?なぜ愛することに、こだわれなくなったのだろうか?
「まあでも男なんて、みんなそういうことなかればっかだけどね。僕だってそうだし。でも僕、思うんです。人は誰のことも愛せないと気づいたときに、孤独になるんだと思う。それって自分を愛していないってことだから」

いま、気づきました。
わたしは、わたしに会いたかった。
あなたのことが好きだった頃のわたしに。
あのまっすぐな気持ちでいられた頃の自分に会いたかった。
わたしは愛したときに、はじめて愛された。
それはまるで、日食のようでした。
「わたしの愛」と「あなたの愛」が等しく重なっていたときは、ほんの一瞬。
避けがたく今日の愛から、明日の愛へと変わっていく。けれども、その一瞬を共有できた二人だけが、愛が変わっていく事に寄り添っていけるのだとわたしは思う。
今、あなたが愛する人がいて、その人があなたのことを愛してくれることを願っています。
たとえそれが一瞬だとしても、その気持ちを共にしたひとりの人間として。

生きている限り、愛は離れていく。避けがたく、そのときは訪れる。けれども、その愛の瞬間が、いまある生に輪郭を与えてくれる。わかりあえないふたりが一緒にいる。その手を握り抱きしめようとする。失ったものを取り戻すことはできない。けれども、まだふたりのあいだに残っていると信じることができるもの、そのカケラをひとつひとつ拾い集める。









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