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駐在員の若者


バンコクは常夏の都市だ。そんなバンコクにも3つの季節がある。暑い季節、すごく暑い季節、死ぬほど暑い季節。こんな冗談があるくらい年中暑い。部屋にいればエアコンで快適だが、一歩外へ出てばすぐ汗だくで、忙しい日は3、4回シャワーを浴びることもある。
しかし、春や秋など快適な時期に日本に帰ると、四季のある日本の自然を十分に楽しみ、日本の過ごしやすさを満喫できるが、1週間ほどすると体調がイマイチになることがある。風邪をひいたわけでもないのに何となくだるい。そして、しばらく汗をかいていないことに気づく。
バンコクでは汗をかかないことは、本当に希だ。暑い暑いと文句を言いながらも、汗を流し新陳代謝ができている。それが普通だから汗をかかないと、体が対応できないのではないだろうか。バンコク生活も長くなり、体がバンコク仕様になっているのだな。タイ人化が進んでいる。
それは身体面だけではなく、精神面でも言える。タイ人はとにかくのんびりしている。もちろんせっかちなタイ人もいるが、概して仕事もプライベートものんびりだ。仕事や依頼した用件がなかなか進まず、イライラすることも当初はあったが、最近はそののんびり具合に随分と慣れてきた。
午後から激しいスコールにあうことも多いバンコクだが、タイ人はおさまるのを軒下や屋台カフェで気長に待つ。傘をさして雨中に突撃はまずしない。長くても小一時間でおさまるスコールはみんな公認の休憩時間なのだ。
そんなタイ人気質は、マイペンライというタイ語が象徴している。どうにかなるさという意味だ。最近はこの流れに乗って、せっかちな日本人の僕も、ふっと息抜きタイムを持てているような気がする。
僕たちのようなLGBTに対する理解は、日本でもこの10年ほどで随分浸透したように思う。しかし、まだまだマイナー感は否めない。しかし、タイ人の理解というか対応は驚くほど進んでいる。バンコクでは同性のカップルは街中にたくさんいる。女装のオカマちゃんやオネエはもっといる。そんな中にいると、自分はマイナーだと思う疎外感はほとんど感じない。
タイ人の他人に対する関心や興味は、日本人と比べると、かなり薄いように思える。はっきり言えば、自分に害や損をかけなければ、他人が何をしようと気にならないのだ。もちろん批判などはしない。その人の生き方を認めていると言えるほどの深い対人感というよりは、LGBTを個性や性格、趣味嗜好と捉え認めているような対応なのだ。
さすがに自分の同性愛嗜好を進んでカミングアウトはしていないが、バンコクで暮らすうちに
自分の恋愛対象が、たまたま同性だったというだけで人を愛する気持ちに何の違いもないと思えるようになっていた。日本で長年感じていた、マイナーな自分を意識しての重い肩の荷が、すうっと消えていくのだった。
今日もモーニングルーティンの流れで、マッチングアプリの9mを眺めている。近場にタイプはいないかなあとロケーション画面を見ていると
また、彼に目が止まった。20代後半の日本人駐在員だ。陶芸の轆轤に向かう写真のその様子は爽やかで、いつも見入ってしまう。
結構近くに住んでいる。タイ人もこのアプリが好きなようで、メールを交換し実際会ってみたことも何度かある。オジサン好きのタイ人は、同年代を好む日本人に比べてかなりの割合で多い。会ってHしたタイ人も何人かいたが、ほとんど長続きはしていない。
プロフを見ると、この子はオジサン好きを公表している。2か月前ほど少しメールの交換をした。しかし、仕事が忙しいこともあってか、やりとりのテンポが悪かった。会う機会を提案してもタイミングが合わず、メールも途切れたままになっていた。
あまり乗り気では無いのだなと思って、しつこくメールするのは控えていた。でもやっぱりプロフ写真の爽やかさが堪らず久しぶりにメールしてみた。すると、珍しく直ぐに返信が来た。今日は仕事が早く終わるので今晩会わないかと、向こうから誘ってきた。
約束は夜8時。彼の知っている菜遊季という日本料理屋で会うことになっている。僕の住んでいるトンローという地区にあり、歩いて行ける。
仕事から戻り、シャワーを浴びて店に向かった。前から気になっていたタイプの子と、トントン拍子に話がついてもうすぐ会える。久しぶりに心がドキドキワクワク高なっている。
この高揚感が良い。50半ばでこんな気持ちを味わえる事は、やっぱり幸せなことだ。実際の彼はどんな感じだろうか。いろいろと想像しているうちにあっという間に店の近くに来た。メールをチェックすると彼はもう着いているという。
やっぱり彼は爽やかな駐在員だった。ワイシャツ姿が清潔で素敵だ。礼儀正しさもありながら気さくな態度と会話で接してくれる。彼の焼酎ボトルの水割りが、2人の会話をより盛り上げ雰囲気を良い感じにしてくれた。

つづく

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