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企業が退職率低減に本気で取り組まない真の理由


■退職率低減への企業の本音

昨今、上場企業を中心に、人的資本の情報開示の動きが活発になっている。

各社足並みは異なるが、企業によっては単に有価証券報告書に記載が義務付けられている情報開示項目に限定せず、積極的に自社の人的資本の状況を整備し、投資家をはじめとするステークホルダーに対してPRを行おうとする動きも高まっている。

時代の流れの中で、非財務的情報の実態を社外に開示し、それによってステークホルダーの理解と支持を得ようとするムーブメントは不可避となり、やがては非上場企業や中小企業にも拡大していく事になるだろう。

人的資本の情報開示項目の一つに、「自発的、非自発的離職率」がある。
投資家をはじめ、ステークホルダーが知りたいのは、自発的離職率だろう。一見すると財務的にうまくいっているような企業であったとしても、その経営の内実が腐っている場合(例:エンロン社)、自発的離職率は高くなる傾向にある。内情を知っている一部の人達は沈みゆく船から真っ先に脱出しようとするからだ。

当然、企業における退職率問題は対処すべき課題として度々人事界隈で出る話題だが、企業の実態を鑑みるに、本気で退職率を下げたいと思っている会社は少ないと言える。何故だろうか?

結論、企業には常に辞めて欲しい人がいるからである。

身も蓋もないが、本当の事だ。

■企業における人材の区分

従来から従業員を4つに区分する考え方がある。

①人財:組織の目的を理解し、主体的に仕事に取組み、卓越した成果をつくる人
②人材:組織の目的を理解し、与えられた仕事は真面目に取り組み、普通の成果をつくる人
③人在:与えられた仕事には取り組むけれど組織の目的を理解していない、成果もつくれない、存在するだけの人
④人罪:組織の目的を理解していない、あるいは理解しようとしないけれど、成果をつくれる人

人財・人材・人在・人罪~あなたは、どの「ジンザイ」?PHP人材開発より

④については、「組織内で問題行動を起こして混乱をもたらす人」も含まれるだろう。

人事職を長年やっているので経営者の本音がわかるが、③、④の人達には辞めて欲しいのが企業だ。

企業に退職してほしい従業員が存在する事は、至極一般的である。
経営者で、全従業員に辞めて欲しくない、と本気で思っている人は少数派だろう。一定以上の規模の企業になれば、尚更だ。

■本来、企業が取り組むべき退職率低減施策とは?

本来、退職率を本気で下げたい場合、行うべき施策はもっと本質的となる。例えば、組織文化の変容、信賞必罰の徹底、企業理念の浸透と定着、指揮命令系統と責任の明確化、組織内コミュニケーションの活性化、経営としての非財務的目標の設定と達成へのコミットメント、真の意味の心理的安全性の確保等、いわゆる「ガチ系施策」だ。

これら「ガチ系施策」は企業の向かう方向性に言行一致の状態をもたらす。それは必然的に「自社の求める人物像」を明確にし、採用基準、教育内容、人事制度(評価&配置)に統一感が出る。その企業にいるべき人は最適化され、異分子が入り込みにくくなる。総じて安定した人的体制が構築される事になる。

■経営者の本音の裏側

しかし、多くの企業がこれら「ガチ施策」に手を出さない。いや、正確に言うと出せない。

何故か?

経営陣が本気でコミットしてこれらの施策に資源と情熱を投入しないからだ。

実は、「ガチ系施策」は一時的に退職率を高める効果が存在する可能性がある。

「ガチ系施策」を推進すると、③、④の人達が浮き彫りになる。会社に居づらくなり、去る人も出てくる。これらはいわばデトックスであり、企業が健全化する過程において自然な新陳代謝なのだが、退職率の低減を投資家に対する「取り繕い」として出したい経営陣にはその事のインセンティブは働かない。その背景には複雑な政治的、心理的な要因が隠されている。

まず、自社の企業理念やパーパス等が不明確もしくはお題目に過ぎないものになっており、そこから導かれる「自社の求める人物像」が不明瞭になっている事だ。そうすると当然、採用は「実務遂行力」「経験」「能力」等を基準とした採用となる。あるいは単に人数合わせの採用になる。

自社の求める人物像の不明瞭さは、そのまま企業文化のカオス化に繋がる。そうすると、価値観や判断基準があいまいになり、社内に政治が横行する。すると、その状況の中で「自分の利益を最大化しようとする人」や「自分のわがままや言い分を通そうとする人」が出てくる。

それらの人員は現場で問題社員化し、管理職はその対応に追われる。もし、上級マネジャー(執行役員以上)が「自分の利益を最大化しようとする人」や「自分のわがままや言い分を通そうとする人」であったりすると問題はより深刻化する。社長が上級マネジャーの実務能力(or稼ぐ力)を買っている場合、手が出せなくなる。すると社内は混乱し、政治が横行し、生産性は低下する。その中で問題行動を起こす人員が増えたり、秩序を維持できない管理職が出てきたりする。あるいは、それらの政治的問題を解決しようと義憤に立ち上がる人が現れる。そうすると、それらはやっかいな存在として経営陣に認識され、「辞めて欲しい人達」となる。

「自社の求める人物像」が不明瞭だと、従業員教育や昇進&昇格基準等にも影響が出る。単品として品質が高くとも文脈に即していない研修の横行、それによる現場とのギャップで幻滅する社員の増加等が発生する。本来昇進してはいけない人材が管理職になる。問題は一層深刻化と複雑化をたどる。

これらの問題の源は間違いなく経営者(社長)だ。社長自身が自らの事業にコミットし切れておらず、あるいは自身のシャドウに振り回されて自己認識を失っており、本気で事業を推進する事に全身全霊を注いでいない場合、総じて事業や社員への関りが表面的になり、心の底から湧き出る情熱からくる統一感のある言動が見えなくなる。すると、社員にはそれが伝わる。伝われば、様々な施策や方針が「虚構」と発覚する。

「虚構」を見抜かれた社長は、それを見抜いた上で抜け道を行こうとする人や、ズルをしようとする人、政治的な立ち位置の強さでわがままを押し通そうとする人に、強く指導する事が出来ない。思い切ってポジションを外す事が出来ない。すると、経営者は「自分から辞めてくれないかな」と願うようになる。

社長にとって辞めて欲しい(しかし強制的に辞めさせる事も出来ない)人員がいる場合、退職率を下げる事に何のインセンティブも存在しない。人材採用コスト(例えばエージェントへの紹介料)がなくて全ての人材がハローワークで採用できるなら、退職率低減は取り組むべき課題ではなくなる。
社長の本音を言えば、「超重要人物やエース社員(①の人達)だけ残ってもらい、後は適宜新陳代謝して欲しい」だ。

この時、②が入らないのは、比較的転職市場から再調達しやすく、それによるストック人材のアップデートを行いたいからだ。これは10年前に②だったが、今は社会的&市場的水準が引きあがる事で相対的劣化を引き起こす人が一定数いるからだ。本来ならば企業は②の人達に適宜教育を施し、アップデートを行うべきだが、総じて②の人達は表面上問題を起こず現場で淡々と実務をこなしてくれているので、「手のかからない人達」として経営陣に認識され、資源投入が後回しにされる。気が付けば市場の変化に対応できず、今でもちゃんと働くが生産性が現代の水準に追いつかない存在となってしまう。そうすると、経営陣はそれらに大きな手間と時間をかけて再教育する事を面倒と思う(総じて人は一度固まってしまうとその再教育には大きな労力や心理的抵抗が伴う)。手っ取り早く入れ替えたいと思うのが「コミットしていない人」の人情というものだ。

だから、金融庁からの外圧や社会的情勢、株主からの圧力等により離職率低下を求められた時、より正確に表現するならば情報開示を求められて経営陣が退職率の数字を見た目上恥ずかしいと思いつつも、本音では人の入れ替えを望んでいてその思惑を隠したい時、経営陣からの方針や指示が曖昧なものとなる。明らかに「ガチ系施策」をやるつもりがないのに、表面的には投資家に向けて「やっている感」を出さなければならないのでやる、という雰囲気になる。

■そして人事部の忖度が動き出す

経営陣の動きを間近で見ている人事部は忖度をする。経営陣のコミットの無さを知っているがゆえに「ガチ系施策」以外から導入の検討を始め、ひとまず衛生要因の改善に走る。手っ取り早く見た目の成果を出したい経営陣のニーズに沿うからだ。大義名分的には「まずはできるところから」だ。そして概ね、それら衛生要因の改善により退職率低減施策により在籍率が高まるのは③、④の人達だ。

例えば休日を増やす、育児休業&介護休業を取りやすくする、有給休暇を取りやすくする、残業を削減(制限)する、福利厚生の外部サービスを導入する等の『衛生要因』の改善を行った場合、企業は総じて「居心地の良い場所」となる。確かにこれらの施策のメリットを上手く享受しながら活躍する人も出てくるが、一方でこれらのメリットを貪るように権利乱用するのも③、④の人達だ。

すると、①、②に属する人達の業務負荷が増大し、職場には疲弊感と不公平感が漂う事になる。有価証券報告書に記載されている煌びやかな施策の数々はむなしい響きとなって社員に認識され、諦め感や虚しさ等が蔓延していく。

■まとめ

企業による退職率の低減施策を見た際、衛生要因に寄り過ぎている企業や、「ガチ系施策」を表面的にこなしているだけ(表面的なエンゲージメントサーベイ、施策と連動しない対話会の開催、1on1を経営陣~上級マネジャー自らが実施していない企業等)は、ほぼ間違いなく「虚構」であるといって差し支えない。

投資家や金融庁、経済産業省等、企業を監督する立場の人達は、外圧的なアプローチ(規制の強化、監視の強化、情報開示の義務化等)が企業の襟を正す本質的なものではない事に早く気付くべきだろう。

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