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(ショートショート)食事を作る人たち


はじめに

 働くことが日常になり、この生活スタイルになってどのくらいになるだろう。こどもを学校に送り出しながらさえさんはふとそう思った。

仕事を持つことの意味をいそがしい日々に追われながら、毎日のように考えている。


さえさんの日常

 身支度をそそくさと済ませると、さえさんは家のなかと外出に必要なものを念のためもう一度点検してから、家の入口のカギをかけて車に向かった。

きょうは週5日ある出勤日。彼女の仕事は、郊外にある職場向け食事サービスの調理担当。

自宅のある街の東端から職場のある西の端までは車で20分ほど。したがって、ほぼ日中は職場から外に出ない。まわりに食事のできる場所はほぼないにひとしい。昼ごはんを調理場の余り物のまかないで済ますというわけにはいかない。

この会社は社員のまかない担当の人件費をかけるより、委託調理サービスのつくる弁当を会社が一括で申し込み、職員が割引価格で利用できるシステムを選択。

したがってさえさんたち社員は昼の弁当の準備をしなくてよい。じつはさえさん、家族の弁当の準備も必要ない。小学生のこどもたちは給食、パートナーはさえさんと同じく、職場向け昼食サービスが受けられる会社。つまり家族全員、弁当はいらない。


食事の手配

 それでは、朝と夜の食事はどうするのか。平日については家庭向け調理サービスを受けている。家に週1回訪問する調理員に5日分の料理を作ってもらい、フリージングなどのつくりおきの処置までがサービスだ。

さらに休日はどうか。土日祝日は家族全員が家でゆったり過ごす。基本的に朝は遅い。したがってブランチと夕食の2食を考えればよい。そこで好きな料理を飲食店から食事宅配サービスを通じて注文。バイクもしくは自転車による宅配で、基本的に土日の食事をカバーしている。

このあいだ、こどものPTAでさえさんたち保護者が学校に参集。ふだんの食事の話になった。さえさんはこのところ家の台所に立って調理していないことを友人のゆりさんに話した。するとゆりさんだけでなくそのまわりにいた数人もうなづいた。

なかには2年ほど洗い物以外はやっていないという人もいた。これは集まった保護者の性別などに関係なく、その生活スタイルが「ふつう」になりつつあることを改めて確認する場となった。


「循環型社会」の実現

 さえさん宅をおもに担当地域にしている宅配サービスフリーランスの圭さん。土曜日の今日もさえさん宅に中華料理を届けた。常連さんなので経路や注文の時間に合わせて仕事を段取りしている。そのため短時間で注文に応じられ、さらに評判がよくなった。

さて注文が殺到すると、おちおち食事の準備がおぼつかないほどいそがしくなっていた圭さん。

でも心配はいらない。フリーランス向けの宅配食事サービス業者なるものがすでに登場し、機転と体力のいるこうした宅配フリーターに向けた最適の食事サービスがはじまっている。圭さんもその世話になっているひとりだ。

じつはさえさんの会社は、その圭さんの利用しているサービスの食事もつくっている。


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