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書店であった嘘のような本当の話⑤POPの女王になれずとも

shinku|読書ヒーリングさんのこの投稿を読ませていただき、思い出したこと。

はじめて勤務した町の小さな書店で、私はジャンル担当を持っていなかった。

県道沿いの広い駐車場のある路面店で、お店の広さは約70坪。社員は年上の男性店長と若いおぼっちゃんのふたり。私以外にも週3~4のパートがふたり、大学生のアルバイトが2~3人。

週4のパートに任せてもらえるほどの仕事量はなく、朝の雑誌出しの担当はあっても、基本はひたすらレジと注文品、定期購読の処理がメインの仕事だった。

レジでの仕事を終えてしまい、することがなくなると、退勤時間までがひますぎて自ら「POP書かせてください」と申し出て書いたのが、江國香織さんの『東京タワー』だった。

この書店に勤務していたのは、かれこれ20年ほど前になるので、まだ『東京タワー』は黒い夜の闇に浮かび上がる、ライトアップされた東京タワーの表紙の単行本だった。

のちに出た文庫本は昼間の東京タワーの表紙で、なんとなくテンションが下がったものだ。江國香織さんの『東京タワー』は、やはり夜の物語だ、と私は思う。

そして、リリーフランキーさんの『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン』もまだ出版はされておらず、問い合わせで聞かれて「江國香織さんとリリーフランキーさん、どちらの東京タワーですか?」と確認することもなかった。

ある時、文芸書の棚前で、私の書いた江國香織『東京タワー』のPOPを食い入るように読んでいる制服姿の女子高生に気づいた。

私はレジにいて、つい女子高生の動きに注目してしまう。

POPを読み終えたらしい女子高生は、平積みの黒い表紙の単行本を手に取り、ぱらぱらとページを繰り始めた。

なんと、たちまち、そのままレジへ来てくれたのだ!

女子高生が、文庫本ではなく単行本を買う、というのもすごくいいし、彼女はひとりで来店していた。読んだら感想聞かせてね、な~んて言えたらいいのだけど、ぐっとこらえてレジを打つ。

思えばこの時が、私の長い書店員経験での初めての「POPからのお買い上げ」だったと思う。

私が読んで、いいな、と思った本について、おすすめしたい気持ちを小さな紙に手書きで添える。

読んだ直後の熱量そのままの時もあれば、常温まで冷ましてからの時も。「こんなあなたに届けたい」の気持ちを言葉にして書く。

私の書いたPOPを見て本を手に取ってくれたお客様は、書いた私のことを全く知らないのにも関わらず、こちらの気持ちが伝わったような感覚を覚えるのだ。

この後私は、いくつかの違う書店チェーンでアルバイト、契約社員、正社員と違うポジションで働くわけだが、基本POPを書くことは好きな作業だった。

でも、実を言うと必ずしも読んだ本のPOPを書いているわけではなく、読んでいなくても売上を取りたいために効果的な「手に取ってもらえる」POPを書く能力は求められた。

そういえば中学生の頃、よく知りもしないでコピーライターに憧れたりもしたが、POPってキャッチコピーだったか。

私は書店員としては決して優秀ではなかったけど、書店の仕事の諸々は大好きだったなぁ、と今も思う。だからこうして20年も前のできごとを、まるで昨日のことのようにひきだしから取り出して懐かしむことができるのだろう。

あの時の女子高生は、どんな恋愛をしたかしら。

今頃はキャリアウーマン?子育て中かな?

読書も、なんてことのない日常も。

想像力があれば、よりいっそう楽しめる。

#恋愛小説が好き  
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