shampoo

2022.9.12



使っているシャンプーの匂いが、前の部屋で使っていたディフューザーの香りと、同じ雰囲気の匂いだと、ふと気づいた。一度にあの部屋の家具の配置と、飾っていたCDや美術館で買った絵葉書、間接照明の灯りの具合を思い出した。

そのディフューザーは、あの部屋に置いていた電子ピアノの近くに配置していて、鍵盤で音を奏でて過ごす自分だけの時間と匂いがセットだった。

もうあのピアノはない。わたしの今の部屋は狭くて、置けないからという理由で妹が持っていった。


数日前にミニキーボードを買った。約一年半ぶりに鍵盤に触れた。四十四鍵しかないが、値段は八十八鍵のものより手頃で、そのほうがいいと思った。鍵盤を弾く時間が増えると、ギターを弾く時間が減ってしまう。ミニキーボードを購入しようと思ったきっかけも、歌を歌うときに音程を取りやすくするためであって、使い方が限定されるほうが、本来の目的から逸れにくいと思った。それでも、久しぶりに指を動かせる楽しさで、四十四鍵でもかなりの時間を弾く時間にあててしまった。


風呂上がりのシャンプーの匂いが強く香るときに、集中してミニキーボードを弾いていると、ふとそのシャンプーの香りが覚えのある匂いだということに気づいた。薬局で選んでいたときには、なんとなく惹かれる匂いだなくらいにしか、思っていなかったのに。


本当はずっと弾きたかった。二十数年もずっと弾き続けていたのだから、弾く時間のないほうが違和感があるほどに、やっぱりわたしは渇望していた。

ミニキーボードに触れた時もそう確信したのだが、匂いでも無意識のうちに心がそれを探していて、シャンプーを選ぶあのとき、鍵盤を弾いていたあの時間を求めて、ボトルを手に取ったのかもしれない。






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