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舞台度胸←神様のおかげ?

私は、人前で話すことで緊張することがあまりない
今まで、プレゼンテーションやイベントの司会などで、大勢の前で話す機会は少なからずあった。

口では「緊張しますね」なんて言いながらも、実はあまり緊張していない
 
だからといって、話が得意なワケではない
繊細だ」と自称しながらも、そのあたりの神経は図太いのだろう。
 
振り返れば、記者時代。100人あまりのメディア関係者が押し寄せたA社とB社の資本提携(合併)会見などでも、率先して手を挙げ、質問していた。

記者経験が浅かった時は「こんな質問して、バカだと思われたらどうしよう」と手の挙げ方も恐る恐るだったのに、次第に場数を踏むことで、大胆というか図々しくなっていき、会見の司会者にも絶対指すようきつい視線を投げかけていた。
 

何度も言うが、自分に自信があるわけではない

 
結局、どこかで「なるようにしかならない」と開き直るしかないので、まあ、どうにかなるだろう、という自分のテキトーさがうまく効いているのかもしれない。
 
この開き直り精神はどこから来ているのかな、と考えてみた。
 
アメリカでの学生時代は、クラスで発言しないと評価してもらえなかったので、流ちょうな英語でなくても、必死になって自分の意見を伝えた。「もうどうにでもなれ」的な気持ちで頑張り抜いた。

母曰く、私がどんな時でも緊張しないように、子供の時から、舞台度胸をつけるために、ピアノの発表会などで場慣れさせていたそうだ。

いや、それより前に泣き虫だった私を見かねた母に、度胸を授けてくれる神社に連れていかれた記憶がある。

「我が強い娘」をみて、あの時の祈りが効きすぎてしまった、と母は今では嘆いているが。
 
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