「真っ赤なポルシェとサングラス」
彼女は、深夜サングラスをかけ、高速を真っ赤なポルシェを飛ばす。
隣のシートには、ニーチェの本が置いてある。
「善悪の彼岸」と書いてある本だ。
彼女は、振られたショックで心がざわついているのか。
いつも彼女だったらそれくらい平気だった。
孤独を感じる齢(とし)になったのだろうか。
きっと、ジゴロに負けたのが癇(かん)に障(さわ)ったのだろう。
深夜の高速道路をポルシェで走る姿は、スピード狂そのものだ。
空の荒野を駆け抜けているようである。
すべてを忘れるためなのか。
今という時を感じたいためなのだろうか。
彼女の時の時。
彼女の強さは決断力。
森の中への一本道を森の木々がざわめく中、走る。
朝早いので、木々には朝露が付き、車のフロントガラスにも朝露がつく。
少し霧がたてこめている。
彼女は何も気にしない。
髪も湿る。
彼女は、一段とアクセルを踏む。
フルスロットだ。
何か追想を感じ取っているようだった。
朝露がサングラスについても拭こうとはしないからだ。
視界がクリアでないほうが居心地が良いのであろう。
朝の冷たい冷気が彼女のほほへ、首へスピードをあげるたびに遠慮なく打ち付ける。
彼女は深くサングラスをかける。
サングラスには、ときどき「善悪の彼岸」という書が映る。
そのたびに、深くアクセルを踏む。
何も心配することはない。
彼女なりに気持ちを切り替えるために、アクセルを思いっきり踏むのだ。
自分を忘れるために、スピード感を求めているのか。
アクセルを踏むたびに彼女の頭の中では走馬灯が走り抜けていく。
彼女の行動は、誰でもが一寸先でさえ読めない。
新たなことに出会えうことなど、興味はない。
新しい一歩を踏み出すことさえ、面倒くさい。
自分らしく輝くだけ。
彼女は、強く自己肯定をした。
ニーチェの本をちらりと見て笑みを浮かべる彼女。
彼女は、冒険心や自由が好きだ。
振られたことで失ったものよりも、新しく得ることの方が大きい。
新たな自分を見つけるための旅路に出られることを喜んでいるのだろう。
彼女が朝方早く、日が昇らないうちからサングラスをかけ、高速を真っ赤なポルシェで飛ばす姿は、恋のジプシーになったということだ。
恋の旅路。
彼女にとってはいつものことであった。
恋とジプシー。
故郷はない。
今だけしかないのだ。
彼女が、サングラスを外さずに、自分らしく輝ける日が訪れることを願う。
そう思うのは、わたしだけであろうか。
ジゴロ・・・
恋・・・
ジプシー・・・
余りにも強い自己肯定感・・・