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中国メディアは新型コロナをどう報道してきたか(翻訳解説)

新型コロナウイルス危機の始まりの地、中国の報道機関は今回のパンデミックをどう報じてきたのか。ジャーナリズムを学ぶ大学生が、英語報告書を元に翻訳・解説します。トップ画像は国営テレビ・中国中央電視台の北京本部ビル。【この記事は計7322文字・約14分で読めます】

インサイト:
■武漢の地元紙は比較的初期段階に報じたが、保健当局の抑制的発表を受けて主要メディアも含め報道は一度下火になった。
■ 中国のニュースメディアでは「2W(WeChat & Weibo)+1A(App)モデル」と呼ばれるモバイルファースト体制が普及している。感染データの可視化も早い段階から盛んだった。
■ 数あるニュース記事の中でも、調査報道や、より個人的なトーンで綴られるブログが人気を得た。

こんにちは。米国ジョージ・ワシントン大学3年生の段エディ(@Eddy_jjj)です。現在ジャーナリズムと国際関係を二重専攻しております。新型コロナの影響で3月に日本に帰国しました。日々刻々と変化する状況に、大変難しいことではありますが、メディアも人々も対応していかねばと思っています。(今日は適度な運動したかな....?)

私が日本育ちの中国人という事もありますが、世界でも特徴的な中国メディアの動向は非常に興味深く、常にウォッチしてきました。新型コロナに関しては感染対策も報道も各国で異なる試みが行われ、特に中国メディアから学べることは多いと思います。

先日は共著者の小宮貫太郎(@KantaroKomiyaJP)が、米メディアの新型コロナ報道における反省点について解説記事を出しました。

米国では現在、党派がメディアへの信頼を二極化しています。図1は、調査会社のギャラップが米国内で支持党派ごとのメディア信頼度を調べた結果です。2016年を境に民主党支持者のメディアへの信頼度(青線)は急上昇し、共和党支持者のメディアへの信頼度(赤線)とますます乖離しています。

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図1:米世論調査会社Gallupによる調査 "Americans' Trust in Mass Media Edges Down to 41%" (September 26, 2019) 

一方、パンデミックの初期の中心地であった中国はどうでしょうか。中国の主要ニュースメディアのほとんどは国営で、米国のように政権と主要メディア間の対立が表面化することはありません。一党制なのでメディアの二極化もありません。政府の圧力によって多様な言論の自由は大きく制限されており、フランスのNGO・国境なき記者団のまとめる「報道の自由度ランキング」では180カ国中177位と、世界最低レベルと評価されています(米国は45位・日本は66位)。

かといって中国メディアが当局に全く批判を行わず、読者の声を無視して一方的な報道をしている訳ではありません。今回の新型コロナ対応については、北京を拠点にする財新メディアは調査報道を牽引する存在として、武漢市保健委員会の準備不足や過失を暴き、責任者解任を求める声につなげました。米ワシントンポスト紙ニューヨークタイムズ紙も取り上げています。

加えて、グローバルPR会社のエデルマンが今月発表した調査によれば、中国国民のメディアへの信頼度は11カ国中最も高く、89%となっています(ちなみに日本は37%で最下位)。今年1月からの伸びでも11カ国中に2番目の上昇が見られます。

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図2:米PR会社Edelmanによる11カ国での信頼度調査 "2020 Edelman Trust Barometer Spring Update" (May 5, 2020)(注:ここで中国はメディアへの信頼度1位ですが、別項目で「新型コロナに関して信頼できる情報は見つけにくい」と答えた割合も1位な上、回答者が香港に集中しているのではないかなど、この統計の信頼性には少々疑問は残ります。)

では、読者から高い信頼を集めている中国メディアは一体どのような新型コロナ報道を行なっていたのでしょうか。そこには、ビックデータの可視化や、調査報道、モバイルファースト戦略、ファクトチェックなどの取り組みがありました。

スイスのルガーノ大学で中国メディアを研究しているZhan Zhang氏の英語レポートが、中国の新型コロナ報道の経緯や特徴について包括的に分析していたので、翻訳して紹介します。原文は、英オックスフォード大学などが参加するメディア研究者コンソーシアム「European Journalism Observatory」に寄稿されたものです。

なお、中国メディアが新型コロナ報道でどのようにデータ可視化を活用しているかについては国際調査報道ジャーナリスト連合簡体字版の記事が、中国の調査報道の背景については林毅さんの「新型肺炎で中国の調査報道は蘇るか」(Newsweek日本版)が特に詳しいので、ご参考に。

*2020年5月18日17時35分修正:最初に報じたのは武漢の地元紙・楚天都市报ではなく、経済誌の第一财经でした。

# 翻訳元原文:Zhan Zhang, ”China: Coronavirus and the media.”  European Journalism Observatory. April 15, 2020.
# この翻訳は、著者の許可を得て掲載しています。
# 文中のリンクは原文通り、[]内は訳註、太字強調は訳者による。
# 以下は全て記事+著者プロフィールの翻訳です。

新型コロナウイルスと中国メディア

Zhan Zhang 2020年4月15日

数ヶ月で全世界のパンデミックへと一変した新型コロナウイルスによる感染症。これに対する中国メディアの反応には、時期ごとに数段階のフェイズが見られた。また、中国当局と欧米諸国の対応の違いなど、いくつか特定のトピックに焦点を置いた報道を行なっていた。

2019年12月:武漢に発生した”謎の肺炎”

2019年12月、武漢の病院で発熱と未確認のウイルス性肺炎に苦しむ患者が現れた最初期、中国メディアの報道はなかった。新型肺炎発生は一般市民には通知されていなかったが、調査していた医師らは情報交換を始めていた。彼らの発見したいくつかの点は地元保健当局に報告され、同時にソーシャルメディア上でより広く拡散された。

12月30日、武漢の保健当局は「病因不明の肺炎」の追跡・報告を要請する内部通知を地元の病院へ出した。その晩、李文亮を含めた武漢の医師らがWeChat[メッセージングアプリ]上のプライベートグループで「SARS型のウイルスが戻ってきた」とメッセージを発信すると、SNS上で嵐が巻き起こった。[2月7日に新型肺炎で死亡した李医師は後に内部告発者として有名になる。彼らの内部通知について取り上げ、最初に新型コロナ関連の報道をしたとされるのがネットメディア・第一財経(Yicai)。]

翌日、武漢の保健当局が正式に未確認肺炎の症例を公表した。この時点[12月31日]から、中国中央電視台[中央电视台・CCTV]などの国営メディアや、北京の新京报[The Beijing News]や上海の界面新闻[Jiemian News]などの他の都市の報道機関もこのニュースを報道するようになった。

武漢で最大発行部数を持つ地元紙、楚天都市报[Chuntian Metropolitan Newspaper]の一面に新型肺炎のニュースが載ったのは、1月6日になってからだった。同紙は、SARS型肺炎が「59の不審事例」を引き起こした可能性は除外されたと伝えた。そして、武漢の保健当局が1月11日〜16日の間に新たな感染例は無かったと発表すると、メディアの注目は弱まっていった。後に保健当局は、国営の新華社通信を通じ、新型肺炎は「ヒト間感染を示す明確な証拠はこれまで無かったコロナウイルス」から派生したもの、と声明を出した。

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武漢において新型コロナウイルスが発見されてから数週間後。地元の新聞社は、春節を祝う大規模な晩餐会が行われたと報じた。

楚天都市报は1月19日に、4万の家族が集う大規模な晩餐会が昨日行われたと報じた。この行事は、春節を祝う地域社会の調和を示そうと企画されたものであった。開催日は春節のちょうど1週間前の「春運」の日、つまり、中国人が帰省して家族と新年を祝うために、地球上で最も大規模な30億人以上の移動が既に始まっていた時期であった。

2020年1月20日-2月18日:転換点

国家衛生健康委員会が武漢で発生した新型肺炎を調査した1月20日になって、中国で最も権威ある呼吸器専門医の一人、鍾南山[钟南山・Zhong Nanshan]医師は国営テレビCCTVによるインタビューで「感染力が非常に強くヒト-ヒト感染があり得る新型コロナウイルスが確認された」と答えた。

ここから、中国メディアは新型肺炎を大規模に報道するようになった。主要メディアは政府対策の効果や関係者の献身をハイライトして前向きで建設的なトーンで報道し、この疫病を撲滅するための社会全体の結束を強調した。こうした前向きなトーンに加え、メディアの報道には4つの重要な要素が見られた。

1. データの可視化
報告された症例数と流行の広がりをリアルタイムに示すマップが、様々なオンラインプラットフォーム上で公開された。これらの感染状況マップには地理的な位置情報が含まれており、ユーザーはリアルタイムで近隣の状況を把握することができ、高リスク地域への移動を避けることができた。ジャーナリストたちはまた、新型肺炎が武漢から国内の他の地域にどのように広がっているかを伝えるために、データ可視化を活用した。

例えば、澎湃新闻[ほうはいしんぶん・The Paper (Pengpai News)]は2月初旬に検出された763例をマッピングし、1月23日に武漢市が封鎖される前後に、武漢から中国の他の地域にウイルスがどのように伝播していったかを示した[2月5日]。DT财经[DT Financial News]は年齢、性別、職業(医療従事者は特に脆弱であるとわかった)などの要因に関する一般市民の理解を助けるため、7万件以上の症例を分析した科学論文のデータを可視化した[2月18日]。

2. 調査報道
2月1日、北京を拠点とし調査報道を牽引する財新メディア[财新传媒・Caixin Media]の記者37名は、1月に武漢で不足した検査キットのようなリソース不足と、地方当局の迅速な情報公開への消極的な姿勢が、危機をいかに悪化させたかを論じた批判的な4本の長編特集記事を一面トップで発表した。財新や他の調査報道機関が発表した批判的な報道は、地方政府や保健委員会の上級メンバーの解任を求める声につながった。

3. 信頼される専門家
新型コロナウイルスの感染力を最初に警告したのが、尊敬を集める鍾南山医師であったため、彼の言葉や他の医学専門家の言葉は、中国国内のコロナに関する記事で定期的に引用されていた。Factiva[国際ニュース収集サービス]のデータベースによると、1月20日から2月20日までの間に掲載された中国のニュース記事には鍾南山氏が773回登場しており、うち113の記事では見出しに名前が使われていた。

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1月20日から2月20日までの中国のニュース記事見出しに頻出する単語を大きく表示したワードクラウド(Factivaのデータによる)。鍾南山[钟南山]氏が大きく取り上げられているのがわかる。

4. 情報発信の主要チャンネルとしてのSNS
現在、中国の主要なニュースメディアのほとんどが、モバイルポータルを優先してコンテンツを配信する「2W(WeChat & Weibo)+1A(App)モデル」を採用している。11億人以上のユーザーを抱えるこのネットワークは、より信頼できる情報への需要が顕在化し、報道機関がそれに対応することを後押しした。

例えば、WeChatグループのおかげで新型コロナに関する感染確認の情報が、最初に武漢医師によってリークされた。その様なグループは都市封鎖中に医療的または社会的助けを必要とする人々を繋げる役目を果たした。共産党機関紙である人民日報[人民日报・People's Daily]はこれら一連の動きを鑑みて、治療が必要な患者と地元医療を直接繋げるアプリを開発した。

他にも、コロナウイルス関連の様々な誤情報が流布し始めたことに対抗するために、例えば新華社通信はファクトチェックサービス辟谣[Piyao=「噂を払拭せよ」の意味]と協力してファクトチェック を提供するようにもなった。

さらに、オピニオンリーダーや個人が自分の意見や個人的な話を共有するためのプラットフォームが提供されていた。その好例が、封鎖期間中に武漢市に住んでいた女性作家の方方[ファンファン・Fang Fang]さんが綴った『武漢日記』である。この日記は、主流メディアの報道よりもはるかに個人的で親近感の湧く文体で書かれており、彼女のWeChat公式アカウントには毎日2000万人以上の読者が集まった。

同時に、感受的で実際的なスタイルの日記は、一部の読者からは「暗すぎる」だとか「ネガティブ過ぎる」と見られた。中国主要メディアがほとんど建設的で前向きな論調を推進する中で、方方の日記は中国社会のリベラル派とナショナリズム派の間で激しい議論を巻き起こした。

2月21日以降: 局所的流行から世界的なパンデミックへ

2月21日にイタリア北部で集団感染が確認され、新型肺炎の感染拡大の中心地がヨーロッパに移った時、中国国内の新型コロナ報道もまた新たなフェイズに移行していた。欧州各国の状況に関する日々の更新やデータ分析に加えて、中国メディア特有の新たな傾向がいくつか見られた。

1. 欧米と比較し中国を好意的に評価
欧州諸国のパンデミックへの対応で中国メディア[これは第一财经・China Business Networkの記事]が批判した点は、まず、マスク着用が予防策として普遍的に採用されていないことであった。続いて中国メディアは、政治、憲法、社会などの違いを比較した。

そして中国の「成功的」経験から得た教訓を、欧州が応用できなかった理由について専門家の意見が報道された。その理由としては、欧州の非能率的な政策決定(交渉や調整により時間がかかる)プロセスや、欧州では社会全体のニーズよりも個人の自由が重視されていることなどが挙げられた。

米政権によるCOVID-19の国内到達への対応については、さらに厳しい批判があった。澎湃新闻は、ある専門家の発言を引用して「トランプ大統領は、当初自らの政治利権を高めるために感染拡大が民主党の策略だとレッテルを貼った事で、貴重な時間を無駄にした」と述べている。

政府系の環球時報[环球时报・Global Times]はCNNなどの報道を引用しつつ「コロナウイルスの感染拡大に対する非効率的な対応によって、アメリカ社会の欠陥と弱点が明かされた」とし、「(中国ではそうであった様に)大衆の健康が常に最優先されるべきだ」と結んだ。

2. 在外中国人の帰国への警戒心
海外に住む中国人の状況についての報道は、当初は優しいものが多かった。しかし、3月にヨーロッパの中国人コミュニティのメンバーが帰国し始め、彼らの多くが新型肺炎の陽性反応を示した後、彼らへの同情は薄れ始め、彼らがウイルス感染の第二波を引き起こすのではないかという懸念が優先されるようになった。

3. 世界は中国に恩義を感じているのだろうか?
3月4日、新華社は金融専門WeChat公式アカウントに「世界は中国に感謝すべき」と題した記事を公開した。これは、COVID-19との世界的な戦いにおいて中国政府が果たした模範的な役割を称賛する最初の記事ではないが、新型コロナウイルスが中国で発生したという認識を覆すためのメディアキャンペーンの一環として、中国人の愛国心に強く訴えている。

この解釈によれば、中国は(1月と2月に)大きな犠牲を払い、世界の他の国々がウイルスと戦うための準備をするための貴重な時間を獲得したのである。この論調はまた、中国がウイルスの深刻な影響を受けた他の国に支援を提供することによって、重要な役割を果たし続けていることを強調している。

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[原註]この記事は、Zhan Zhang氏による長い記事を要約したもので、全文はこちらでご覧いただけます。本サイトに掲載されている意見は著者個人のものであり、European Journalism Observatory(EJO)の見解、方針、立場を必ずしも反映しているものではありません。各国の新型コロナ報道を取り上げたEJOの英語記事の一覧は、"How media worldwide are covering the coronavirus crisis" をご覧ください。
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著者プロフィール

Zhan Zhang氏はChina Media Observatory, Institute of Media and Journalism (IMeG), and Università della Svizzera italiana (USI)[スイス・ルガーノ大学]の研究員である。彼女はまた、USIのメディア・マネジメント・プログラムの修士課程のコーディネーターであり、"Europe-China Dialogue: Media and Communication Studies Summer School" 共同創設者であり、国際ディレクターを務めている。主な研究・教育分野は、比較メディア分析、戦略的コミュニケーション、ヨーロッパにおける中国のハードソフトパワーの存在など。