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ヒーロー映画に3時間は長すぎるか?(映画は90分がベスト説について)

私が好きな映画には長尺な作品もありますが、一般論としては「映画は長ければ良いってもんじゃない」と私は考えています。その理由を書き出してみました。

▼上映時間が最も長いアメコミ映画は?:

ザ・バットマン』の上映時間が2時間55分だと告知されてTwitterが湧いています。Culture Craveによるとスーパーヒーロー映画で最も長い5作品は以下のようになり、ザ・バットマンは3位に食い込むそうです。

この順位には異論がありまして、私が敬愛するスナイダーの作品は劇場公開後に拡大版がリリースされることが多く、それらを反映させると以下のようになります。また細かい話ですがエンドゲームはWikipediaやIMDbでは181分表記になっていました。

5本中4本にバットマンがいるの草。

242 min 'Zack Snyder's Justice League'
215 min 'Watchmen' (Ultimate Cut)
186 min 'Watchmen' (Director's Cut)
182 min 'Batman v Superman: Dawn of Justice' (The Ultimate Edition)
181 min 'Avengers: Endgame'
175 min 'The Batman'
165 min 'The Dark Knight Rises'
163 min 'Watchmen'
156 min 'Eternals'
152 min 'Batman v Superman: Dawn of Justice'
152 min 'The Dark Knight'
149 min 'Avengers: Infinity War'
148 min 'Spider-Man: No Way Home'
148 min 'Captain America: Civil War'

150分を下回ったあたりから一気に作品が増えます。

『ザ・バットマン』の175分については称賛している声が多いようです。

一般にハリウッド資本の大作映画は120分前後のものが多く、配給会社としてはヒットチャートをスタートダッシュさせるために、映画館でなるべく少ない日数で上映回数を稼ぎたいので、上映時間は短くする圧力がかかります。上映回数が増えればそれだけフラッと映画館を訪れた観客を「ちょうど始まるからコレにしよう」と引き込む機会も増やせます。

これはスナイダーの作品が再三にわたって短い劇場版での公開を余儀なくされてきたこと(Watchmen, Sucker Punch, Dawn of Justice)にも顕著ですし、他にも劇場版ではカットされた監督のこだわり要素を数分から数十分追加してディレクターズカットとして後日ソフトリリースで解禁する事例には枚挙に遑がありません。

ある程度の人気シリーズになってくると多少上映回数が削られても固定ファンが観てくれる見込みが高くなるので120分を超えるバージョンで公開しやすくなってきます。上の表でもアベンジャーズの後期作品やスパイダーマンやダークナイト三部作でも同じことが言えます。ただそうした中でも150分を超えることには流石に抵抗があるようで、ほとんどの作品が120〜150分の間に収めようとしているようです。

こうした逆境を跳ね除けて、120分の枠に囚われず、単独作でありながら超強気な長尺でリリースすることを決断したマット・リーヴス監督やワーナー・ブラザースを称賛する意見がTwitterでは目立っていますが、私は少し懐疑的な意見を持っています。

▼映画は90分がベストなのか:

映画は90分がベストという言説があります。理由は諸説あると思いますが、経験則的に「人の集中力は90分が限界」という知恵を人類は持っていて自然に定着してきたからだと思います。同じような例はいくつかあって、たとえば大学の講義などでも90分を一区切りにしています。実際に1950年代から現在に至るまでずっと90分程度の映画は作られ続け、そこには多くの名作が含まれています。

また、この言説が生まれたと思われる60年代には、ヒッチコックが120分程度のエンタメ映画をどんどん作って映画界を牽引したり、『ベン・ハー』に代表されるようなスタジオの威厳をかけた壮大なスペクタクルの長編映画が流行していた時代背景を押さえておく必要があります。

アルフレッド・ヒッチコックの代表作。
一時期の長大なエンタメ映画と昨今のアメコミ映画には似た雰囲気を感じます。

それらブロックバスターの怪物たちの傍らで、ゴダールは90分のフィルムに収めることに固執してアートな作風を守り続けたことなども、安直に長大化・肥大化する大衆娯楽映画に対するアンチテーゼとして、この説を後押ししているのではないかと思います。「金をかけて長い時間の映画を作れば、観客の満足感や達成感(心地よい疲労感)はアップするに決まってるじゃねえか、でも俺たちが勝負するのはそこじゃねえだろ」という批判であり、侮蔑であり、嫉妬としての側面を持つ言説でもあるのです。

ジャン=リュック・ゴダールの代表作。

かく言う私は、個人的には、映画は90分から120分の間に収めてくれる方が好ましいと思っています。やはり上で挙げた「人間の集中力は90分限界説」は無視できないですし、その他もろもろの生理現象(トイレ、体のコリなど)を考慮すると、90分〜120分あたりが『劇場でどんな作品でも楽しめる限界ライン』だと思います。(つまり自宅などプライベートな空間で一時停止したり談笑したり楽な姿勢で鑑賞できるならばこの限りではありません)

もちろん私が敬愛するスナイダー監督をはじめ、一部の優れた作品であれば、この限界時間を突破しても楽しさが持続するので問題なかったりしますが、誰にでも出来る芸当ではないと思います。90分を超える映画では、集中を途切れさせないようにするための仕掛けや、心理的または身体的疲労を軽減させる巧妙なテクニックが必須になってきます。

▼90分を超える映画のステディな戦法:

まず考えられるのは物語の展開(起承転結)で緩急をつける手法です。ハリウッドでの映画作りでは経験則やセオリーが知識体系となって整理されており、映画は三幕構成にして、それぞれの時間配分は1:2:1にするものだと映画学校でも教えているそうです。日本には似ている概念として『序・破・急』という言葉があります。

これまでにヒットした映画はほぼ間違いなくこの法則に従っています。ここで人間の集中力の限界である90分を考慮すると、2回目の幕間を90分くらいに持ってくると、ちょうど映画全体で120分になると言いう寸法になります。これが長くても120分程度までの映画が多い理由だと私は考えています。

もっと節操ないことを書くと、ハリウッドには10分ルールというものがあり、それは「観客を飽きさせないためには、とにかく10分に1回爆発を起こせ」というもので、これをやり続けることで90分どころか15分とも言われる子供の短い集中力にも対応できるようになります。爆発というのは比喩なので、パンチとかギャグとかセックスとか、刺激的なものなら何でも構いません。眠くなった人間に電気ショックで刺激を与えて、目を覚まさせるようなものですね。物語の意味や、作者のメッセージなど、どこ吹く風。刺激さえ与え続ければ映画は観客に娯楽を与えることができる、という考え方です。

10分ルールは90年代以降のアクション映画では常套手段ですし、MCUはまさにこのルールを徹底的に守って作っている印象があります。逆にスナイダーはこのルールをあまり気にしないので、アート映画に慣れていない多くの観客に「退屈だ」と言われてしまうのだと思います。(それなのに何千万ドル規模の予算を使って180分クラスの映画を量産しているのは狂ってるとしか言えませんね。笑)

▼120分を超える映画のウルトラCな戦法:

Ben-Hur (1959)

三幕構成10分ルールは90分の限界を突破する初歩的なツールでしたが、しかし120分を超えてくると、もっと大胆かつ強引に、形式的に分かりやすく映画を「ぶった切る」という手法が使われ始めます。それが50年代60年代の往年の長尺映画に多く見られるインターミッション(休憩)です。

これは文字通りの「幕間」でして、画面(映写機)は消えるか蓋絵で固定されて、音楽のみが流れる作品が多かったようです。『七人の侍』では画面中央にどっしりと「休憩」の2文字が出てあの力強くて不気味な音楽だけが鳴っており、これはこれで迫力があったりするものです。最近のリバイバル上映ではトイレ休憩と称して余裕を持たせて15分程度間隔を空けることもよくあります。180分の映画の真ん中にインターミッションを入れれば、それはもう「90分の映画2本」に変わるのです。

そういえば数年前に『2001年宇宙の旅』がIMAXでリバイバル上映されたときに、前半でポップコーンをもりもり食べて爆睡していた若い男が、インターミッションで画面が消えてる瞬間に起きてそのまま退場したのを見たことがありました。あまり多くは人が入ってなかったので、終演後のように見えなくもない状態でした。果たして、彼はまだ途中だと分かっていたのでしょうか?笑。

Gone With the Wind (1939)

最近の映画では『タイタニック』(194分)がインターミッションを設けていました。また配信ではありますが4時間を越えた『スナイダーカット』では6つのパートに分かれていて、むしろ小分けにして視聴したいニーズに対応しているようにさえ感じられました。

タランティーノの映画がどれもクソ長いのにダラダラ展開しているのは、途中でトイレに行ったりビールを買ったりできるように、あえてそうしている側面があるらしいです。過度に集中させず、全体的にリラックスして観てもらう。非常に納得できるし共感できる姿勢だと思います。

また『ウォッチメン』については、個人的にはディレクターズカット(186分)が一番美しく完成度が高いと思っているのですが、アルティメットカット(215分)になると劇中に挿入されるアニメパート(中途半端な完成度で作品全体のクオリティを下げている)がちょうどトイレ休憩に使えるので視聴には一番適しているかもしれません。笑。

▼そもそも90分が限界って根拠あるの?:

長らく経験則として採用されてきた90分最適説ですが、最近では脳科学の分野からも根拠があると説明できるようになったそうです。

Over the last few years, research has come out to support working in 90 minute blocks. Why this specific amount of time? Our brain takes up a lot of energy (obviously) bumping information back and forth between nerve cells and depleting our sodium-potassium ratios. Science has proven that our brain can last for 90 minutes at optimal (high-frequency) levels before losing steam, after which it needs a roughly 20 minute break. This pattern of 90 minutes on, 20 minutes off is based on something called the “Basic Rest-Activity Cycle,” which exists both during sleep and outside of sleep. Riding that cyclical wave, which our body naturally craves, can help our brains operate at peak efficiency.
ここ最近の数年間の研究で、90分ブロックでの活動をサポートする結果が出ている。なぜ90分でなければならないのか?それは、私達の脳は大量のエネルギーを消費して神経細胞間で情報を遣り取りして、ナトリウムとカリウムの比率が変わるからである。科学は私達の脳は勢いを失うまでに90分間は最適な(高周波の)レベルで活動を持続できるが、そのあとは大体20分の休憩が必要であることを証明した。この90分ON、20分OFFのパターンは、BRAC(基本休止行動周期)と呼ばれるものに基づいており、睡眠時も覚醒時も有効である。この周期に乗ることは、私達の身体が自然に求めるものであり、私達の脳が最適な効率で動作することの助けになる。

https://hive.com/blog/90-minute-time-blocking/

この説明によると、人が集中力を維持できなくなるのは、気力または根性が足りないみたいな問題ではなくて、脳の神経細胞内のナトリウムが足りなくなってしまうから、らしいです。スポーツで汗をかいたら給水が必要なのと同じ理屈ですね。少し休んで体内の他の部分にあるナトリウムイオンが脳まで十分運ばれてくるのを待つ必要があるのです。

これを参照した限りでは90分の集中の後に20分の休憩を入れるのがベストと書いてありますから、やはり90分以上の映画というのは何かしら脳をだまして異常な興奮状態にして観ている、という側面があることになりそうです。

疲れ切ってると何でも面白く感じてしまう深夜テンションとか、長距離走で脳が酸欠気味になりランナーズハイになるとか、アルコールで酔って判断力が鈍った状態になっているとか、脳の活動限界という側面に注目すると、おそらくそれらと同じことになるのでしょう。逆にそうさせるために、映画会社は敢えて映画を90分以上にしているのかもしれません。(そういうタイプの快楽を味わいたくてエンドゲームやノーウェイホームを一息で観るのは、楽しみ方として全然アリだと思います👍)

▼マット・リーヴスってどうなの?:

さて、少し脱線したので今回の問題提起に話を戻します。

要するに「90分を超える映画は誰でも良い作品に仕上げられるわけではないので、どこの馬の骨か分からんヤツが監督してる映画を180分もぶっ通しで観るのは怖い」というのが私の基本的な考え方です。

そこで、マット・リーヴス監督について整理してみます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/マット・リーヴス

ウィキペディアによると彼の携わった作品はこんな感じでした。
そのうち彼が監督した映画に絞って上映時間を比較すると、

彼の初のスマッシュヒットでありその後のライフワーク(続編も制作総指揮として参加し続けている)でもあるCloverfieldから順調に上映時間が伸びていることが見て取れます。この上映時間の伸びは彼がスタジオから信頼を勝ち取ってきた記録なのかもしれません。

不勉強ながら、私はこの中でCloverfield(85分)しか観たことがありません。また続編の10 Cloverfield Lane(103分)やThe Cloverfield Paradox(102分)、そしてMother/Android(111分)という彼がプロデュースした作品は視聴したのですが、いずれも120分以内で、独特な世界観を一息に味合わせてくれるタイプの映画でした。これらの作品はいずれも好みだったのですが、つまり彼の仕事としては、短期集中型で一気に仕掛けるタイプの作品しか観たことがなく、2時間55分という長尺は未知の領域です。

加えて、クローバーフィールドや猿の惑星は、設定の面白さとか意外性で観客を引き込むことが出来たと思うのですが、バットマンはすでに物語が知れ渡っていて特にアメリカでは一般教養のレベルなので、そこをどう料理してくるのだろう、という期待よりはやや不安が強めですね。今の所。

余裕があったら猿の惑星新三部作(創世記・新世紀・聖戦記)を先に観て好みに合いそうか、私のチューニングを合わせることができそうか、判断してから『ザ・バットマン』を映画館で観るか決めたい所ですね。評価もかなり高かったようなので期待して良いのかもしれません。(本作についてはBoycottWBの兼ね合いもありスルーになる可能性も濃厚ですが…)

私の場合、『ザ・バットマン』は上映時間ウンヌンよりも先にR指定じゃなくなった、という時点で結構ガッカリしてしまったクチなんですよねえ。予告編で垣間見えるロバート・パティンソンの精神異常者にしか見えない表情を見るたびに、2019年の『ジョーカー』のような絶望やヒリヒリ感、あるいは『ライトハウス』で彼が見せてくれた狂気の演技をまた堪能できるのか、と私は期待していただけに、残念です。

なので、そもそもバットマン物の映画が好きだという方には、きっと素晴らしい、いつまでも長くバットマンの世界に浸っていられる、そんな映画になっていることを願っています。

了。

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