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テネットが編集で会話の順序を入れ替えてる件【TENET】

TENETの脚本と本編の差分から、編集の狙いを考察してみます。

現場のアドリブなのか。(監督の判断)
ポストプロダクションの産物なのか。(編集者の判断)

考えながら読むと面白いです。

スタルスク12の作戦直前。
主人公がキャットに携帯電話を持たせる場面です。

少し長いので分かりやすくするために番号で区切ってあります。

▼脚本:

1)
Where’s Neil?(ニールはどこ?)

He must've already gone through.(彼はもう既に向かったはずだ)
I didn't get to say goodbye. This is goodbye, isn't it?(さよならを言えなかったわ。これってお別れなんでしょ?)
2)

Today’s the 14th. Offshore of Siberia - Time for us to go. You keep going back another day, give you time to make it for Vietnam.(今日は14日だ。シベリアの沖合い。俺達の出発の時刻だ。君はあと一日逆行して、ベトナムへ辿り着くための時間を稼ぐんだ。)
Who gets me back on the yacht?(誰が私をヨットに戻してくれるの?)
I've got somebody good lined up.(良い奴を用意してあるよ。)
3)
I'd like to say you don't have to do this, but…(君はこんなことしなくて良いと言いたいところだ、でも…)
4)
I once told you I didn't need redemption. But the chance to save my child? You can't know what that means for a mother.(前に私の人生に救いは要らないって言ったわよね。でも息子を救うチャンスだとしたら?これが母親にとってどんな意味を持つかあなたは知る由もないわ)
No.(そうだね)
5)
The worst thing Andrei ever did to me was the offer - to let me go if I never saw my son again. I shouted, swore.(アンドレが私にした最悪のことは彼の提案よ。息子に二度と会わないと約束するなら自由にさせてくれるって。私は叫んだし、罵ったわ)
【ここでキャットの回想シーンが入る】
But he'd seen it on my face - just for an instant. I don't know if I hate him more for the things he's done, or because he knows that about me.(でも彼はそれを見抜いていたの。私の顔をほんの少し見るだけで。私が憎んだ原因は彼の提案だったのか、それとも彼が私を見抜いていたことだったのか、分からないわ)
6)

You've killed people you hated before?(憎んでる相手を殺してきたんでしょ)
It's not usually personal.(そういうのは個人的なものじゃないよ)
He is dying, anyway. It might not even count.(どのみち彼は死ぬのよ。だからそもそも問題じゃないかも)
It always counts. You’re not there to kill him - you’re the backstop. If we haven't lifted that algorithm and he kills himself, he takes us all with him, instantly.(いつだって問題さ。君は彼を殺すために行くんじゃなくて、君の目的は止めることだ。彼が自殺するまでに俺達がアルゴリズムを取り上げなければ、彼は俺達全てを道連れにする。あっという間に)
【ここでキャットが顔を近づける】
Just keep up your end, okay?(あなたはあなたの目的に沿ってね/あなたの人生の終わりを守ってね)
7)

When it’s over, and you're raising your boy. Carry this. There may be a time and place you feel threatened. Hit talk, state your location, hang up.(これが終わったら、君は息子を育てる。これを持っていて。何か嫌な予感を覚える時や場所があるかもしれない。そしたら電話を掛けて、場所を伝えて、切るんだ)
Who gets the message?(誰がメッセージを受け取るの?)
Posterity.(後世さ)

▼映画:

1)
Where’s Neil?(ニールはどこ?)

He must've gone through already.(彼はもう既に向かったはずだ)
I didn't get to say goodbye. This is goodbye, isn't it?(さよならを言えなかったわ。これってお別れなんでしょ?)
3)
I'd like to say that you don't have to do this, Kat…(君はこんなことしなくて良いと言いたいところだ、キャット…)
5)
Worst thing Andrei ever did to me was that offer he made me. Let me go if I agreed never to see my son again. I shouted and… swore.(これまでアンドレが私にした中で最悪のことは彼の提案よ。息子に二度と会わないことに同意すれば立ち去って良いと言われたの。私は叫んだし、罵ったわ)
【ここでキャットの回想シーンが入る】
But he saw it on my face, just for an instant. I considered it. I don't know if I hate him more for what he's done, or because he knows that about me.(でも彼は見透かしていたの。私の顔をほんの少し見るだけで。よく考えたわ。でも自分でも分からない。私が彼を憎んでいるのは彼のしたことのせいなのか、それとも彼が私を見抜いていたからなのか)
Oh.(うん)
4)
A chance to help save my child. You can't know what that means for a mother.(息子を救うことに加わるチャンスなの。これが母親にとってどんな意味を持つかあなたは知る由もないわ)

No.(そうだね)
6)
You've killed people you've hated before.(憎んでる相手を殺してきたでしょ)
It's not usually personal.(そういうのは個人的なものじゃないよ)
Well, he's dying anyway. Maybe it doesn't even count.(でも彼はどちらにせよ死のうとしてる。だからそもそも問題でさえないかも)
It always counts, Kat. You’re not there to kill him. You’re the backstop. If we don't lift that algorithm and he kills himself, he takes us all with him.(いつだって問題だよ、キャット。君は彼を殺すために行くんじゃない。君は止めるために行くんだ。彼が自殺するまでにアルゴリズムを回収しなければ、彼は俺達全てを道連れにする)
Just do your part, okay?(あなたもあなたの仕事をこなしてね)
【ここでキャットが顔を近づけてキスをする】
2)
Today’s the 14th. Offshore of Siberia. Time for us to go. You keep going back another day, give you time to get back into Vietnam.(今日は14日だ。シベリアの沖合い。俺達の出発の時刻だ。君はあと一日逆行して、ベトナムへ戻るための時間を稼ぐんだ。)
And who gets me on the yacht?(誰が私をヨットに乗せてくれるの?)
I've got somebody good lined up.(良い奴を用意してあるよ。)
7)
When it’s over, when you're raising your boy. Carry this. There may be a time and place you feel threatened. Hit talk, state your location, hang up.(これが終わったら、君は息子を育てる。これを持っていて。何か嫌な予感を覚える時や場所があるかもしれない。そしたら電話を掛けて、場所を伝えて、切るんだ)
Who gets the message?(誰がメッセージを受け取るの?)
Posterity.(後世さ)

▼解説:

TENETは脚本をインターネットから入手できるのですが、実際の本編とは微妙に異なる部分が多いです。

全体的な傾向としては、脚本には存在した説明台詞がカットされているケースが多いです。これはノーラン監督のセンスで、映画をテンポアップして時間を短縮するために台詞の無駄を削っているからだと思われます。

これは英語を声に出して読んでみると分かります。本編の方が少ない単語数で話しています。ノーランの映画は全体的にとにかく会話のスピードが速いです。普通の映画では一人くらいバカな登場人物を作って、その人に説明する形で観客に親切に教えるのが定石なのですが、ノーランはそれをあまりしません。これが彼の映画の会話劇がスタイリッシュになる要因の一つでしょう。

補足)ノーランぽい速さで言えば、似たようなジャンルの映画ではザック・スナイダーやジョージ・ミラーも似ています。彼らは台詞を最小限にしてビジュアルで語ります。対照的に、きっちり言葉で説明する事例にはマット・リーヴスの『ザ・バットマン』があります。この作品ではゴードンを少し頭が悪いキャラにすることで逐一バットマンに説明させています(正確にはゴードン自身が「つまり●●●ということか」と大げさに反応する場面が多い)。これは60年代にアダム・ウェスト主演のドラマシリーズで使われていた伝統的な手法です。事件の現場で悩んでいたゴードン達のところへバットマンが遅れて現れて、視聴者の子供達がギリギリ分からなそうな絶妙なタイミングで鮮やかに謎を解くのです。

そのため、観客は初回視聴時は頭をフル回転させて置き去りにされないように集中して観る必要があります。そして、それでもTENETは2時間30分ありますからね。極限まで言葉を削る必要があったのでしょう。

しかし今回取り上げた場面はやや特殊で、話している内容はトータルではあまり変わらないのに、順序が入れ替えてあるので印象が変わります。

脚本では
1)ニールはどこ?
2)キャットの今後の予定確認
3)主人公の懺悔
4)母親としての覚悟
5)セイターへの怒り
6)人を殺すことについて
7)携帯電話をキャットに渡す
という流れでしたが

映画では
1)ニールはどこ?
3)主人公の懺悔
5)セイターへの怒り
4)母親としての覚悟
6)人を殺すことについて
2)キャットの今後の予定確認
7)携帯電話をキャットに渡す
でした。

映画では(5)が先に来て、(2)が後に来ているのが特徴です。

現実的な会話の流れを想定すると、自然なのは脚本版だと思います。

キャットに言いにくいこと(3)がある主人公だったが、とりあえず無難で事務的な話題(2)から始める。しかしキャットも彼女の中で思い詰めていることがあり、主人公の話を遮ってキャットが言いたいこと(4〜6)を全部一気に話す。ずっと聞き役に回っていた主人公だったがキャットが一通り話し終えたと思ったら、最後に携帯電話を渡して終わり。

ね、自然でしょ?

しかし映画では、事務的な話題(2)は飛ばして、まず主人公が言いたいこと(3)をひろゆきレベルの爆速で言い切ります。するとキャットも(5→4→6)に順番を変えることで自分の怒りの感情をトップに持ってきます。こうして二人の気持ちが落ち着いてから、改めて主人公が事務的な連絡(2)をして、そして携帯電話を渡して終わります。

なぜ、このような変更をしたのか?

映画的なリズムを作るためだと思います。

TENETは長尺の動画で、この時点で2時間近くが経過しています。なので順序立てて説明するよりも、感情的に揺さぶりをかける会話にすることで、疲れた観客にハッパをかけているのでしょう。

顔を近づけるだけだった脚本から
映画では頬にキスするようにも変更してますね。

この(2)を会話の終盤に持ってきたのは映画的に巧みだと感じます。キャットがどんな感情なのか、どんな行動原理なのかを、まず観客に理解・共感してもらった上で、その後に「じゃあどうすれば良いのか」という手順を示すことで、観客が心の準備をしやすくなります。

要するに、脚本段階では二つに分断されていた事務的説明(キャットの予定;携帯電話)を後半に固めることで、前半の感情や動機の話(主人公の懺悔;キャットの覚悟)としっかり切り分けて、この後の映画の展開を観客に分かりやすく示しているのですね。

このシーンをよく見ると二人の顔のどちらかを映すのを交互に繰り返すだけなので、編集でいくらでも順番を入れ替えることができます。

この順序の入れ替えが撮影時点であったのか、編集時点で加えられたものなのか気になりますね。

了。

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