場をつくるとき、目的やらはあるけど、絶対に自分の好きな場をつくりたい。自分がとりつくろうことなく、そこにいるみんなが素でいられる場がいい。では素でいられるには...?私は用意をしすぎないこと、用意することを相手に求めないことが重要だと思う。用意=上手くやるための準備をすると、本当にやりたいこと・伝えたいことから逸れて、取り繕うきっかけをつくってしまうのではないのだろうか。用意していないものを出すことはドキドキするし、用意してないときは取り繕うことはできない。けれど、そのままの
「実は主体性を発揮してほしいと思うことは、こちらのナラティブの中で都合よく能動的に動いてほしいと要求していることがほとんどです。」(p.124 l.13)受動的でいるより、主体的でいるほうが圧倒的に楽しいはず。だが、「もっと主体的になろう!」と言われるとどこかがムズムズするのは、こういうことだったのか。”ここで主体的になって何が楽しいのだろう”と、心のどこかで感じていたのかもしれない。それは「もっと主体的になろう!」と言葉をくれた人との関係性・相手の都合、つまり枠組みを無意識
私は今年の春から1年生の「組織論入門」の授業アシスタントを行っていた。ハイフレックス形式(全14回のうち対面7回)で授業を展開していたのだが、対面の日に教室に来た学生は、全受講者のうち5%程が平均であった。私は3割ほどの学生は教室に来るのではないか?と期待していたが、想像より少なく、単純に授業の意欲が低いのかなと思ってしまった。だが最終回の授業アンケートの回答をみると、「選択肢(対面orオンライン)が与えられているため、自分に合ったより良い環境で受講できた」といった回答が多か
音楽座ミュージカルの作品(SUNDAY)を題材として、学びの企画をつくるワークショップに参加した日のこと。考える内容は、オリジナリティと再現性のある半日〜1日の学習(研修)のワークショップ。各班の発表には、作品の視聴とその意見共有、切り取ったシーンをリメイクして演じる、シーンの要素を残しつつ、自分で考えたセリフを他者が言う(自分の想いを他人に演じてもらう)、振り返りを歌詞にして即興で歌うなどが出た。私は、"ミュージカルのどんな要素が学びの場をつくりえるのだろう"と疑問に思った
授業で女性活躍について扱った。その中で、女性を優遇することに対して、男性社員の一部が「女性の優遇や男女差を考慮した働き方に対する動きをマイナスに捉えている」という現状を知った。男女差よりも、個人のパフォーマンスを上げるほうが企業にとって生産性・効率性向上のためによいのではないか?という意見だ。私は女性であるが、この意見に同意であった。 だが、今までの女性の社会的地位が男性に比べて低い中で、その地位から男性と同等のレベルにいる女性がいるのなら、その女性の方が優秀であるといえる。
5月初め、バイト先のオーナー(60代の男性、じいじのような関係性)と休憩中に他愛のない雑談をいつものようにしていた。「僕は人間の社会的な欲の1番は、歴史に名を残すことだと思う。」とオーナーが言った。オーナーが学生時代に教授に「最終的に目指すものは?」と聞いたときに「歴史に名を残すことかな」と答えたというエピソードがあった。それと政治家が在任期間が歴代で1番長いという歴史を残したり、自分の名前を含んだ経済政策を連呼したことと結びついたそう。社会的な意味は広いが、人が人と関わり何
ゼミと就活でばたばたしていたとき あぁ、今の自分が1番やらなきゃいけないこと、ってなんだろう? と冷静に考えたら 就活だ となった 就活に集中できなくなった時期とゼミでのモヤモヤが重なり…、「やめる」か「続ける」で悩んでいた 今の気持ちのままだと、卒論きっとうまくいかないだろうなぁ、とか まさに「自分で実現してしまう予言(ネガティブ)」の認知のゆがみが起こっていた。 こんなツイートしていたのに… 今までの自分なら、「ここは我慢して踏ん張ろう。」と思い、「続ける」の選んだと思
1月26日の19時ごろ、西国分寺駅に着いた。いつも出掛けるときは日中が多いから、外が薄暗い中、喫茶店に行くのは不思議な感覚だ。外観はこんな感じ。(もっと引きで撮ればよかった 店内は薄暗く、本が沢山置いてあった。本棚は、お客様が持ち寄った本で構成されており、お客様といっしょにつくりあげていく喫茶店というコンセプトだそう。 今回は胡桃堂喫茶店で"夜のもちよりブックス" というイベントに参加した。その日のテーマに合わせておすすめしたい1冊を紹介するものだ。(今回は雪☃️)大切だ
マイノリティの人は、マジョリティの人より生きにくい。だから、マイノリティの人を守る制度があったりする。 アファーマティブアクションの事例のひとつで、大学入試の合否判定の際に人種や民族を考慮するのは正しいかについて考えた。 私は、入試という実力主義の世界で、白人という理由だけで不合格になったという話を読んで、すぐにおかしいと思ってしまった。自分自身が大学受験で苦労した経験があったからか、試験の点数以外の判断基準で合否が決まったら、試験勉強のために必死でした努力はどうしてくれ
美術館の雰囲気久しく美術館に行っていなかった。静かな雰囲気と暖房のもあもあとした熱さに息がしずらかった。展示品をじっくりと見るのに、思った以上にエネルギーを使った。 民藝の知識がなかったからか、説明文を読んでも大半が頭に入ってこなかった。陶芸品や椅子のデザインに惹かれたものの、素敵だな〜と感じるだけで、創作物・展示品の作り手がどのような感情を抱いて、作ったのだろうかまで上手く想像することができなかった。 途中から作品の陳列の雰囲気が変わったように感じた1930年〜1940年
自分の知らない場所に、足を踏み入れるとき、新しいことを知れる楽しみももちろんあるけど、でもやっぱりなんか不安だ。その場にいる人は、あるテーマについて熟知している。素人である自分に一体何ができるんだろう? 素人である自分私は10月にNPO法人GEWEL主催のイベントに参加した。障害者の方にとって、よりよい社会とは何かについて、社会人と対話をした。その時、私は障害者の方に対して、偏見を持っていることに気づいた。電車やバスなどで、急に話始める人を見て、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌
私が最も印象に残った写真がこれだった。日比谷ミッドタウンB1階にあるフードコーナー。 よくあるショッピングモールのフードコーナーとはどこかが違っている。レストランが複数あるのに、一体感を感じた。レストラン同士の隔たりがない。各レストランには、席があるけれど、真ん中の通路にも何個か席がある。 複数でご飯を食べるときに、それぞれが食べたいものを注文して食べるというスタイルはフードコートもそうであるが、フードコートとはまた違う雰囲気。 隣のグループと会話が始まりそうな感じもす
意見・アイデアを共有するときに、ためらうことって、ありませんか?ここでいう意見・アイデアを共有する場面は、友達同士のラフな会話ではなく、ゼミや複数人の前、会社などでよりよいアイデアを出そうという場面です。 10月7日のワークショップを終えた後に、私はこんなつぶやきをしました。 上記①~③のフィルターが頭の中にかかって、意見を言うときにためらってしまう自分がいることに気づきました。ためらいながら、意見を言うのって楽しくないですよね。でも、思っていることをそのまま言って、聞き
今回のF&Nでは、ながともを紹介したいと思います。私と同じタイミングで長岡ゼミに入った彼。対面で初めて会ったのは9月だけれど、授業のTwitterでやりとりをしたことがあった。ながともはツイートに対して、よくリプライをくれるので、自然とどんな人だろうと感じていた。まだ出会って2ヶ月も経っていないけれど、私が感じた彼の素敵なところを書いていきます〜 彼のもつ時間の感覚彼は、時間というものに人一倍重きを置いている、自分の時間を大切にできる人と感じた。私がそんな風に感じたエピソー
9月。変化があった。 「長岡ゼミに入れた!!」 2年時にゼミ選考で落ち、私はゼミにも入れない人間なのかと落ち込んでいた。そんな中、長岡先生の授業を受けて、ワクワクした。何か楽しいことが始まる予感がした。 異変が起きたら、どうする?じゃ遅いのじゃ。異変が起きた時に、どうやって対処して、今の状態を改善するべきだろうかしか考えたことがなかった。異変とならないように予防するという考えが私には真新しく感じた。異変は少しの変化の積み重ねであり、突如として現れる。だから予防のために、ほん