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多言語習得について

 国際化や多様化と言う言葉が当たり前になりました。

 現に、純日本人両親のもとに日本で生まれ育った子ども達をインターナショナルスクールに通わせ、英語を母語のように話す子たちも増えてきています。

 実際、世界の10人に3人は英語を理解して話すことができると言われています。

 英語は話せて当たり前の時代は、もう来てしまっています。

 私が今住んでいるオランダは特に、移民大国。一歩外に出れば純粋なオランダ人家族に出くわすことの方が少なく、特にアジア系、インド系、イスラム系移民の姿が目立ちます。

 オランダの公用語はオランダ語。移民たちが複雑な移住手続きや住民登録、銀行開設から賃貸契約まで、全てオランダ語でこなしているのでしょうか?

 実は全て英語で手続きできてしまうのです。

 入国管理局への申請から普段のスーパーでのちょっとした買い物まで、質問があればその辺の人に英語で話しかければほぼ100%英語で答えてもらえます。もちろん、中には英語が苦手な方もいらっしゃいますが、スーパーのどの商品がどの棚にある等の簡単な説明程度であれば問題ありません。

 このため、オランダに20年近く住んでいる友人もまだまだ70%程度しかオランダ語を理解していないそうです。困ったらすぐに英語で答えてもらえるからだそうです。

 オランダでは、実は日本同様に英語教育が始まるのは小学校3年生からで、特に開始時期が早いと言うことはありません。しかし、10歳以上の子供に英語で話しかけると、簡単な英語で答えてくれます。一般の日本の小学校に通う日本人の同世代の子に英語で話しかけると、皆ぽかんと口を開けて見つめ返されるだけでしょう。

 これは、オランダでは英語の授業で映画や動画、実際に会話する時間を多くとることで、聞く、話すを繰り返し、より自然に英会話が身に付くようなカリキュラムをとる学校が多いからです。

 また、オランダでは母語と英語のバイリンガルだけでなく、特に移民の家庭に多いのですが、3か国語、4か国語を操ることができる人も少なくありません。

 家庭での会話は母語、学校ではオランダ語、放課後の友達とは英語等、3カ国語が一般的。両親がそれぞれ異なる母語の移民一家の場合は無限です。私の知人一家だと、父親がフランス語圏で公用語のフランス語以外に母語のアラビア語で会話、母親がロシア語、父親と母親の共通語が英語、日本での居住経験が長かったため日本語を話し、その子どもたちは両親の話す全ての言語を理解した上で、オランダでの生活に必要なオランダ語を習得しています。

もはや 一言で『マルチリンガル』と済ませるには恐れ多い能力です。

 別の知人によると、義務教育課程にある子供を連れての移住の場合、すぐに現地の学校に通学するのではなく、授業内容を理解するための語学学校に1年程度通学する必要があるのですが、知人の子はなんと3カ月で語学学校を卒業し、オランダ人の子どもが通うオランダ語での授業が行われる学校に編入したそうです。語学学校の先生からの提案で、知人の子については十分言語を理解する能力があると判断されたため、通常の1年通学にはこだわらず、その子のレベルに応じた編入を進められたそう。

 知人一家はもともとインド系の移民のため、オランダ語はもちろん初めて触れる言語です。過去に6カ国での居住経験があり、知人の子も各国で現地の学校に通う等して各国の言語に触れていたため、言語に対する順応力がついているのではないかとのことでした。

 私自身、純日本人家庭で育った日本生まれ日本育ち。

 高校時代は英語科に通い、英語をある程度習得したため、英語だけでは面白くないなと感じ、大学では中国語を専攻しました。これは語学あるあるかと思いますが、今まで「外国語」の認識で英語を勉強していて、さらに中国語が入ってきたものだから、

『我 like 酒』

 など、英語と中国語が混同することもしばしば。

 同じクラスのほとんどが、英語と中国語版のルー大柴でした。

 その後、縁があってトルコで暮らすことになったのですが、トルコはもちろんトルコ語です。観光地へ行けば日本語や英語が話せる方がいらっしゃいますが、日常生活は99%トルコ語。1%は色等、簡単な英単語であれば通じる方もいらっしゃるので、1%としました。当時(10年程前)はトルコ語習得なしではまともに生きていけない環境でした。

 このため、トルコ語を習得することになったのですが、3カ月程度で日常会話に支障ない程度までのレベルに達しました。これには友人も驚いていました。

 これはトルコ語が日本語と文法がほぼ同じという理由もありますが、自分なりに考察したところ、今まで英語や中国語は「外国語の勉強」として、椅子に座り、机に教科書を開いて、先生の話を聞いて答えを書く等して語学を学んできました。

 しかし、トルコ語の場合は、毎日起きて夜寝るまでトルコ語漬け。周りはトルコ人ばかりで日本語どころか英語を理解する人はゼロ。トルコ語は全く分からなくても

「トイレはどこ?」「これはいくら?」「病院に行きたいんだけど?」

 と、毎日の何気ない疑問や必要な情報を聞いて理解する必要があります。誰も助けてくれません。

 毎日トルコ語を聞いて、得たい情報について、文法が間違っていようが発音が変であろうが声にだして質問する。文法が間違っていても通じるし、発音がおかしければ直してくれる。

 この繰り返しで、3カ月も経てばある程度ニュースを理解して、トルコ人のお茶会でも話題は何か、今何について聞かれているのか、何と答えるべきかを理解できる程度までになりました。

 今まで中学・高校6年間で学んだ英語、大学4年間で学んだ中国語よりも、日常会話であればトルコ語が最もリラックスして会話することができます。

 結局、生活に必要であって、毎日当たり前に触れて、聞いて理解して実際に自分で発信することの繰り返しが言語なのだと感じます。

 日本の義務教育でも、インプットばかりでなくアウトプットの機会をたくさん設けることでより習得への道が近道になるのに、もったいないなぁと感じています。

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