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たまげみ・スパベティーの夜/エッセー


「たまげみ・スパベティー。たまめぎ。すぱできぃ。たまげみ…たまぎみ…?たまねぎ・スパゲティ!」

 まるで呪文の様に冷蔵庫の前で唱え続ける。ほんのり水色がかった冷蔵庫に貼られた磁石をいじりながら、メモ紙をきれいに並べて直す。冷蔵庫の上の方には届かない、上の方はみんな届かないからとてもきれい。
 ええっと、たまべき・スパゲティ。もう少し。たまめぎ? うーん。たまげみ!たまねぎ・スパベティー!

 なんともいえない、言えないむずかしい言葉。「たまねぎ・スパゲティ」。どんなに頑張っても、たまねぎ・スパゲティよりも「たまげみ・スパベティー」の方がべろと仲良し。

 そんな料理、ないのにね。たまねぎスパゲティなんてない。いやあるだろうか、どこかのイタリアでペペロンチーノがあるように。
 でも私が大すきなのは、こんな風。クリーミーな白いさらさらに、うすピンクのつぶつぶ。クリームのソースと麺は絡みあって、口に含むと鼻はバターの香りに導かれる!上に乗ってる「みどりの」は、いらない。まさにそう、たらこクリームのパスタ!
 私はそんな風なのがすきだった。味気のない、でもどこか奥深くて信者のいる、私の知らない たまねぎスパゲティなんかよりも。でもそんな、魅力もなく、そそるイメージもない ただのたまねぎスパゲティに、園児か小学生だったわたしはハマった。そこで生まれる音の響きに。

 たまねぎとスパゲティの発音が苦手だったらしい。だからつなげて、たくさん喋っていたのかな。どうしてか冷蔵庫の前で何度も何度も繰り返し練習していた幼い自分を思い出すことができる。たまに茄子に走ったり、トマトは余裕だったのだけれど、難関・たまねぎはクリアできなかった。
 頭を使わず永遠と手を動かし続けるときの知恵の輪みたいに、口のなかで空気と戯れて音をつくる、ただそれだけの行為。そこにはライバルである「スパゲティー」もいた。英語! スパ、までは安心だけど、ゲからティーまでの硬口蓋とべろの戯れ、そのステップで足を踏みはずす。いや、「べろを踏みはずす」? 分析すると、きっと言語学の見解が面白いだろう。すっごく楽しそう、でもここまで。

 きちんと言えた日を覚えている。思いついたように喜んで、リビングの母に「たまねぎ・スパゲティー!」と言いに行った。正しく言えたことがとってもうれしくて、何度も言った。知恵の輪を外したときのように、わくわくした!
 母はどう思っただろうか? 単語をつなげて自分が作ったこともない料理名を口ずさみ続ける我が子を。(我ながら、かわいい子ども時代)。当時のことを聞いたら「何回も正しい発音を教えたけど言えてなかった」と言うだけ。

 外した知恵の輪はまた輪に戻そう。さあて、と手をたたく。つくってみようか、いまの私が想像する「たまねぎスパゲティ」を!きっとおいしくできるはずだ。流れる線がひかれて、星みたいに輝くのは月のようなたまねぎ。空にはうさぎが飛んでいる。もちろん小麦粉の使いも、そこにいる。今夜はそんな、たまげみ・スパベティーの夜。



エッセー:たまげみ・スパベティーの夜
isshi@エッセー

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◎エッセーはここにまとまってるよ
https://note.com/isshi_projects/m/mfb22d49ae37d


◎前回のエッセー





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