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◎すなおな話。

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『すなおな話。』全エッセーまとめ(更新中)
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記事一覧

エッセイと、おはぎ。|エッセー

 エッセイってなんだろう、と考える。なんだかすごい本を書く作家の多くは、小説の傍(かたわ)らエッセイで個人の意見を述べているし、それはやっぱりとてもおもしろい、作家によってはエッセイの方がおもしろい人もいる。その「個人の意見」というのは例えば、「私はこの事象についてこれこれこうこう考えている。でもこれってこうかも、もしこうだったら。いやはや」としたものもそうだし、もちろんもっと、ふわっとしたものもそう。まるで詩のようなのもある。コラムとの使い分けルールはあれど、すべてがエッセ

雲を描く|エッセー

 朝起きたとき私は、ベッドの上へと差す光の方向をみた。窓枠の中で流れる雲のかたまりに、光がどんなふうに差しているかを観察した。左から入ってきた光に、右側に重心のある灰色の影が雲へと落とされる。その毛並みは、鳩のお腹みたいにしっとしりている。そのあと流れて、フレームの外へと見えなくなった。はっとして、1日がはじまる。  その一瞬は私自身、が消える。左から差す光に照らされる雲は天国のようだった。灰色の陰は湿っていて、高級なシルクのように触りたくなるなめらかさを、まとう。風なく留

あの広さと、星のような数の人を思い出しながら。|エッセー

 とある木曜日の18時30分01秒後、あるバンドは、きれいな音の長いイントロでライブをスタートさせた。そのころ私は会社にて、にがい顔で打ち合わせ中。パソコン画面をにらみながら早く打ち合わせが終われ、終われと願っていた。  7日前にたまたま仕事をしながら聴いた新しいアルバムは、ライブ収録曲のアルバムだった。聴きながら心をつよくつよく打たれて、仕事中の手を止めてライブのチケットが余っていないかとすぐに探した。一週間後にライブがあるらしい。抽選でスタンド席のチケットを取ることができ

グッド・ホログラム・モーニング no.2/エッセー

   びかびかときいろく、その日生まれたばかりの朝日。化粧水で濡れ、しっとりとした顔に浴びる。頬の表面は冷たく、奥はあたたかい。ひんやりした風の冷たさが、肌を刺すようで気持ちがいい。11月の朝。きいろい光は、じんわりと、強い意思を与えてくれる。目覚めどきの太陽のエネルギーよ!上からピンク色が追いかけているけれどきいろは追いつかれることはない。小さな芽がたくさん出てきた植物への共感にも似ている、生き生きと鮮やかで強い活力が指の先まで満ちる感覚がある。  小走りすると、目の前で

ふとんは抜け殻/エッセー

 ふとんはあたたかい、やわらかい。そのやわらかい殻が私に、この世、自分のためにすべてを無視していいんだよ、とささやく。人のため、世のためとささやかれてきた私たちの、人間性にきざまれた常識をまるで無視している。そんな言葉の根拠はふとんの持つ、その血が通った跡だけ。このあたたかさをつくれるのは今、生きているということだけ。そうかもね、と少し思って、どうなっても大丈夫だもんね、と私は返す。このあたたかいふとんは、私を守ってくれる殻。生、を感じさせるやさしいもの。そこに根拠は必要なく

グッド・ホログラム・モーニング/エッセー

   ばたばたと通り過ぎる毎朝のなかに、どこかすこしでも、時間が止まったような一瞬がほしい。そのときには、まだぼやけた光のなかで、朝独特の静けさと、これまで生きてきた年月を思い出すことができるから。  リビングにあるいつも見ない窓から、あたらしい角度で入るオレンジ色の光が目にはいり、きらきらと窓にたれる水滴を照らすのが朝陽なのだと気づく。静けさが、まだ眠い目の地球がざわざわとして、さぁ今日がくるぞくるぞ、とそわそわしているような空気の微動を感じさせる。なにに急ぐこともなく

落ちて、おきて、起きる/エッセー

 まっすぐに立ち、せえので深水2.0mのプールに飛び込む。一瞬無音、水に着くと水にぶつかり、バジャンと高く大きい音。直後に、ごぼぼ、とゆがんだ丸の空気音。外側の青さがまぶたから透け、左上から感じるやわらかく白い光が青の明度を上げる。目を開いていたのかわからないくらいで、顔自体は上を向き、足を前後に揺らす。手は行き場なく開ける。水がもやもやと体を包む。深水2.0mのプールに飛び込んだ私は、第一に、上に行かなきゃと必死になる。とうとう顔を出して大事な空気を吸い込むすぐ前に、潜って

われらが想像力/エッセー

 通勤中はできるだけみどりのあるところを選ぶ。15秒足らずで通り過ぎることができる公園でも、みどりが空っぽの忘れられた緑道でもいい。みどりだけが都会のオアシスへと導くヒントのように、引きよせられる。太陽を求めて伸び続ける植物のごとく焦がれる。コンクリートに飲み込まれた生活のおかげで心は乾ききるなかで、足りないみずみずしさを道端の雑草からでさえと、補おうとしているのかもしれない。  その行動に理由はあるのだろうか、なんの栄養が足りないのか。と考えたりするがわからない。外に出て

この世界の本当のこと/エッセー

 ある平日朝9時10分くらい、ふとベランダに出ると太陽がまぶしかった。目を細めて自然と影が差す場所を探す。目の前にある木は、とても高くみえた。いつもこの同じ木を見てなにも感じなかったけど、その存在はいつも確かで、いつ見てもそこにただ大きかった。  「美しい世界」なんてよく聞く言葉でしか目の前の感動を表現できない自分に残念な気持ちになる。美しいと感じたのは本当、そしてそれが世界だと感じたのも本当だ。目の前の木は見上げるほどに大きく、鳥が羽をつけるみたいにたくさんの葉っぱを疲れ

羽毛旅行/エッセー

 逃走中の羽毛のようにふとんが耳をつつむ。かすかに流れる風はやさしく、そのままやわらかく私の内側へ。こころがふわり風船のように飛んでいったら、音のない世界でシャボン玉のように割れた。そのしぶきは、小人の世界で虹をつくり、かれらを喜ばせる(私も嬉しい)。かと思うと水分として私は、自分に湿度があることを思い出す。そうしてある晴れの下で露天風呂に漂う、しろいしろい煙になる。ふゆり、ふゆりといつかの風に揺れてしずかに。  さあ大きな風が吹いたら、長沼の方まで飛ばされよう。そして富良

速さと、居心地のよさについて/エッセー

 目が乾くような、生あたたかく密度のある風が、ぼうぼうと窓のすきまから顔へ、あたっている。うるさくて、まぶしくて、きもちいい。うしろに走り去る景色から空へ、悠々とあそび漂う白い雲たちは優雅だ。一瞬で流れる家々は、色が混じって淡いデジタルのよう。そして白い雲。今はずっとそこにある、まぶしいその雲たちは、きっと昼やすみの中だ。  目になにか飛んできたらどうしよう。少し目を細めて、少し涙で眼球を濡らして、風とまぶしさに負けないようにしている。風はぼうぼうと、止まるまでは静かじゃない

解放のために/エッセー

 バランスを取る。私たちはバランスを取る。仕事でいっぱい頭をつかった後は、まるで口をあけたおばかさんみたくなって、ゆるくなって、ゆるくなって、バランスを取る。疲れた仕事。私たちはたっぷり、頑張ったと思う。そうだよね?休みの日にやすみたい、と思いながらも、私は「私のこと」を進めたかったから。そのためになら、まだまだ頑張れる気もする。 /  広がったあとは、縮こまって。大きくなった後は、小さくなって。まるでゴムみたいに、伸びたら縮む私たち。もとに戻ると、ほんの少し広がっていた

月裏のひみつ基地/エッセー

 家の裏で小さなガラスのカケラを、はがれ落ちたカラフルなタイルを、拾い集める。タイルは淡い水色で、ガラスは透明。小指の爪ほどのタイルには裏側には白いコンクリートのような石がくっついていた。たまにモスグリーンのタイルもあるけどほとんどのタイルは淡い色。白や、たまにもっと暖かい色もあったけど。それを小さな従姉妹たちと私は拾い続けた。家の裏側には、そんなのがいくつも落ちていた。  大人たちはそこには来ないから。晴れた日はおもて側の内側で宴をしていて、小さな私たちにはちっとも気づか

私が古本をすきな理由/エッセー

 古本。古本のページの左端に何箇所か、三角に折り目がついていると、おかしな気持ちが湧いてくる。まるでそこに折り目をつけた人と重なって、一緒に読んでいるような気がしてくるのだ。  そこで読んでいるのは私だけなのに、幽霊みたいにその人は「ここ」にいて一緒に朗読をしている。そして文中の、ここぞ、と思うところは不思議とわかるような気がして、ああ私も折り目つけちゃうかも、なんて思うのだ。  たしかに興味深い内容で、きっとここの文章のためにこのページの角を三角にしたんだ、とちゃんと確信で