夏は夜、夜は幻
簡単に脆い心を砕く夜 月も欠ければ草木も眠る
「そういえばしばらく雨が降っていないですね」幻が言った
泡が部屋に充満していく過程をちゃんと見届けなければ明日まで届かなくなってしまう
だから私は必死で狭い部屋の床にオールを突き立てる
しかし漕いでも漕いでも何処にも着かないまま
空が部屋に入り込んでくる隙間をちゃんと無くさなければ明日まで息がなくなってしまう
だから私は必死で暗い隅の穴に光を埋め立てる
しかし埋めても埋めても隙間が消えないまま
狼狽える間に朝は来た
クーラーの冷気シンシンと部屋に降り 凍ってしまわぬ程度の辛さ
「今年の不知火は淋しそうですね」と幻が言った
甕の中の金魚だって同じだろう
海も甕も、淋しさの量はおんなじだろう
酒も水も、飲み干せば容れ物だけになろう
杯の中の空の海が虚しかろう
涙する間に夏が来た
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