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アンタッチャブル ~潜入捜査官

『アンタッチャブル』
禁酒法時代のアメリカ・シカゴを舞台に、正義のためにギャングのボスであるアル・カポネを逮捕しようとするアメリカ合衆国財務省捜査官たちのチーム「アンタッチャブル」の戦いの日々を描いた1987年の実録映画。
ちなみにこの映画が漫才コンビ『アンタッチャブル』のコンビ名の由来といわれている。

その日僕は早く家に帰りのんびりとした時間を過ごしていた。

今日は家から出ないと決め込んで、不良娘からのお誘いを軽くいなしたところに一本のLINEが入った。

「何してます? ちょっとだけ飲みに行きません?」

紗栄子からだった。

「わかった。ちょっとだけね。12時には帰るぞ」



このご時世でも開いている店を2~3つ知っている。
それぞれ事情があるのだが、ある店は家賃だけでも300万以上かかり、1日6万円程度の補助金では焼け石に水、今も普通に開けているが毎晩予約で満席らしい。
またある店では「資本金5,000万円以下または従業員数50人以下」の条件を満たさないため協力金が支給されないようで従来通りの営業時間を続けている。今日来たのは後者の方で、博多料理がまあまあうまい店だ。

紗栄子の誘いに二つ返事で乗ったのは、そこに意味を感じたからだ。ただ飲みたいんじゃない、きっと何か問題が起きた、と思ったからだ。

馬刺しを食べながら紗栄子を待つ。

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紗栄子が到着したのは21時半を過ぎていた。

顔を見てすぐにわかった。もう家でだいぶ飲んできている。彼女は酒が好きで、そして酒に強い。

彼女の酔いに追いつくべく僕もハイボールをあおる。お互いに2杯目に突入した時に紗栄子が切り出した。

「アイツ、また浮気してたみたいなんですよ」

「あら、また。お盛んなことで」

想像通り。彼氏の話だとは見当がついていた。しかし、僕の周りにはなぜにこれほどまでにロクデナシの彼氏をつかむ女性が多いのだろう。

「やってられないなと思って、家で一人で缶ビール飲んでたんですけど。もう腹が立っちゃって」

「そっか。そうだろうな~。まあ、俺が聞いても何の答えも出ないかもだけど。せめて彼氏の悪口くらい言わせてくれよw」

「ありがとうございます(笑) 」

もうこの程度のことは慣れている。これで紗栄子が別れることはない。ただ愚痴りたいだけなのだ。それもわかっていた。

今日は飲めばいい。明日になっても問題は何も解決していないが、今はなんとか今日一日を終えることが大切だ。

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23時半、飲み始めて2時間たったころラストオーダーで、紗栄子は7杯目の生ビールを、僕は6杯目のハイボールを注文した。

さあ、会計をという時になって紗栄子が言いだした。

「まだ、大丈夫ですよね。もう一杯だけ付き合ってくれません?」

「え? ああ、もう一杯ね。うん、まあなんとか。この時間で開いてる店知ってるの?」

「はい。聞き込み調査は完了しています。どうやら私の彼氏、そこで浮気相手に出会ったらしんです」

そうか、紗栄子の今日の目的はそこにあったのか。さすが紗栄子だな。僕の性格をわかっている。

面白そうじゃないか。よし、乗ってやろう。

いざ、潜入捜査だ!


着くとそのビルはいくつかの飲食店が入った雑居ビルだった。だが、灯りはついていない。静かなビルのエレベーターに乗ると、その店があるフロアで降りる。廊下は真っ暗だ。

「紗栄子、本当に開いてるの?」

「はい、たぶん」

スマホのライトを頼りに非常灯だけがついた廊下を歩くと、その奥にある店の重い扉に手をかけてみた。

開く。

すぐに店員が駆けつけ僕らに言った。

「どなたかの紹介ですか?」

紗栄子が答える。

「×××(彼氏の名前)に聞いて」

「そうですか。当店ではカード類一切使えません。すべて現金払いとなっております。領収書、レシート出せません。店内での写真、SNSへの書き込み等すべて禁止させていただいております。よろしいですか?」

店員は僕の顔を見てたずねた。僕は答えた。

「まさかボラれるとは思ってないよ」

「では、どうぞ。いらっしゃいませ」

僕たちは店の中に通された。

イベントをやることもあるのだろう、フロアが広く開いている。その端にソファー席、カウンターには若いイケメンのバーテンダーが二人。
だからだろうか、もう12時は回っているというのに客には女性の方が多い。

カウンターに座るとバーテンダーが話しかけてきた。

「はじめまして、亮(りょう)です。何をおつくりしましょう」

「僕はハイボールで、あと彼女はビール」

「かしこまりました」


それにしてもこの店の警戒感は普通じゃない。『絶対にここにいたという証拠は残させない』ということだろう。

違法なことをしているわけでもないとは思うのだが、今のこのご時世が店の態度を硬直させているのは間違いないだろう。

禁酒法の時代はこんな感じだったのだろうか。1920年から1933年までアメリカにおいて施行された『消費のためのアルコールの製造、販売、輸送』を全面的に禁止した法律。実際にはニューヨーク市単独でも、30,000 - 50,000軒もの違法な酒場が至るところにあったらしい。

人間の欲は理性では抑えられない、とあの時代に学んだはずなのだがちょうど100年、忘れるのには十分な時間が経過している。


バーテンダーと小声で話していた紗栄子が僕に声をかけてきた。

「テキーラ、飲みましょうよ。亮くんと三人で」

この紗栄子のにんまりとした笑顔。てっきり彼氏の行動の聞き込みをしているのだと思っていたのだが。そうじゃなかったのか。

よく見るとこの亮と名乗るイケメンバーテンダー、紗栄子の好みといえば、そうだ。

まさか、紗栄子。いや、ダメだダメだ。

そいつには触れちゃいけない。

アンタッチャブルだ!



朝7時、スマホの目覚ましが鳴り、目が覚めた。強烈な吐き気、頭が割れるように痛い。どれだけ飲んだのだろう。テキーラを3杯くらい飲んだ覚えはある。あとは… いったい…

LINEを見ると、僕が3時過ぎに一人で店を出て帰ったことがわかる。なぜそうなったのか、記憶にない。

あの店に紗栄子一人を置いてきた… なぜそんなことに… 

紗栄子はあの後どうしたんだ。すぐに紗栄子にLINEを入れた。

「ごめん、俺先に帰ったみたいだね。記憶があまりなくて。あれからあの店でどうしてたんだ? ちゃんと帰れた?」

ずっと心配していたが、夕方になってやっと紗栄子から返信が入った。

「昨日はありがとうございます。楽しかったですね。また飲みましょう」

僕の質問に答えていない。答えたくないのかもしれない。


潜入捜査官が相手に寝返る。

Hな動画によくあるストーリーだ。まさかそうなのか、紗栄子。

「そっか。俺は二日酔いで大変だったよ。消毒用のアルコールの臭いでもムッときたくらい。とにかく、今日はお互いさっさと寝よう」

しかしとにかく無事だった、紗栄子に何かがあったとしても、とりあえずはそれだけでいい。

「そうですね。私も二日酔いがひどくて。今、迎え酒呑んでます♡」

紗栄子。君は鉄人だ。


人間の欲は理性では抑えられないのだろうか。

潜入捜査の結果は、また今度ゆっくり取り調べさせていただくとしよう。




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