【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー ~いびつな二人の物語~」#3 ストーカー

互いに素の姿を知り、急速に距離が近づいた二人。親しみを感じ始めた矢先、不信感を抱かせる出来事が……。季節は秋から冬へと移り変わっていきます。 

前回のお話(#2)はこちら


かおり

後藤さんが言っていたとおりの人物だった。橋本君の語り口調には人を惹きつけるものがある。たった一日一緒にいただけで、彼の話をもっと聞きたいと思っているわたしがいた。おそらくそれは恋愛感情とは違うけれど、好感を抱いたのは確かだ。

「また会いたい」と言った彼は、一週間も経たないうちに連絡をよこした。夕食の誘いだった。お互い、部屋に帰れば一人ご飯。私は快くOKの返事をした。やはり彼との会話は楽しく、時間の許す限り語り合ったが、それでも名残惜しかった。

次に会うのはクリスマス。高校の同窓会を兼ねた屋外イベントの会場で、だ。後藤さんの父親が宮司を務める神社を盛り上げたいと、境内を開放して行うのだという。

橋本君とは話したい。けど正直、行きたくない。クリスマス会には嫌な思い出しかないからだ。しかし、断ろうと思っているうちに時は過ぎ、気づけばクリスマスは目前。こうなったら、単発のアルバイトをねじ込んで無理にでも予定を作るしかない。クリスマスなら急募の求人も多いはず。

夕食の買い出しついでにもらってきた求人雑誌に目を通していると、後藤さんから着信があった。時刻は午後九時を回った頃。こんな時間にどうしたのだろう?

「珍しいわね、夜に電話なんて。何か、相談事?」

「……あまり大きな声では話せないんだけど、誰かにつけられてるみたいなの」

「えっ? ……ストーカー?」
 思わずこちらも声を抑える。
「でも、そういう相談なら高野君の方が」

「うん、そうなんだけど、斗和はまだバイト中で。ごめんね、遠くにいる鶴見さんに助けを求めちゃった」
 二人は同棲しているが、緊急事態ならばここはわたしが対応するべきだろう。

「……今、どこにいるの?」

「花屋のアルバイトを終えて、E駅からアパートに向かって歩いているところ。……街灯が少ない道だから、余計に怖くって。一本道だし、いまさら駅に戻るってわけにも……」

E駅は、ここから車で15分ほどの場所。彼女の住むアパートへもそのくらいの時間でいける。

「今からそちらへ急行する。アパートで落ち合いましょう。万が一のことがあったらすぐに警察に通報するわ」

「万が一って……。怖いこと言わないでよぉ……」

「ごめんなさい、怖がらせてしまって。とにかく、今すぐ向かうわ」
 途中にコンビニの一軒でもあればいいのだが、住宅街の中程にあるアパートなので避難する場所もない。わたしはすぐに車に乗り込んだ。

高校生の時は垢抜けない後藤さんだったが、高野君と付き合いだした頃から内気な性格を克服し、それ以降、癒やしキャラとしてクラスの人気者になった経緯がある。高野君との交際が公になっても、「後藤さんファン」は一定数いて、遠巻きに眺めては盛り上がっていたのを思い出す。

(ひょっとして、その中の一人がストーカー行為を……?)

高野君は一般に言う「イケメン」だから、容姿では彼に太刀打ちできない男が腹いせに付け狙っているのだろうか。女のわたしがどこまで力になれるかは不明だが、とにかく彼女を救いたいとの一念で車を走らせる。

彼女が通るであろう道をゆくと、運良く本人を見つけることが出来た。アパートは目前だったが、彼女はほっとした様子でこちらに駆け寄ってきた。

「ありがとう、来てくれて」

「たいしたことはないわ。それより、乗って」

後藤さんを助手席に乗せてすぐに発進する。進行方向にストーカーがいるなら姿を見てやろうと周囲に目を配ったが、どこかの家の陰に入ったのか、見つけることは出来なかった。

「ストーカーの存在には以前から気づいていたの?」
 車を走らせながら問う。

「んー、つけられたのは初めて。でも、何度か部屋をのぞかれてるような気がしていたんだよね。斗和に見てもらった時には誰もいなくて、私の気にしすぎだろうってことで終わっちゃったんだけど」

「……何度も続くようなら一度、警察に相談した方がいいかもしれないわね。犯罪に巻き込まれてからでは遅いもの」

「そうだよね……」

帰宅する人で混雑するE駅まで戻ると、程なくしてバイトを終えた高野君が姿を現した。合流して経緯を話す。彼は見ず知らずの犯人に怒りをぶつけた。

「くそっ、おれがその場にいたら一発食らわしてやったのに!」

「落ち着いて、高野君。まだ被害に遭ったわけじゃないんだから」

「そうだけど……! なんか、腹が立つ」

「……とにかく、今日はこのまま送るわ。まだうろついているかもしれないから」

憤る高野君をなんとかなだめ、車に乗せる。わたしは先ほどと同じ道を通り、二人をアパートに送り届けた。

「今日はたまたま駆けつけることが出来たからいいけど、今後は気をつけてね。高野君、彼女のこと、頼んだわよ」

「おう。任せろ」

「それじゃ、おやすみなさい」

二人が部屋に入るのを見届けたわたしは、一息ついて車に乗り込んだ。ひどく疲れている。早く自分の居場所へやに帰ろう。シートベルトを締め、エンジンをかけた、そのときだ。

暗闇に動く人影を、わたしは見逃さなかった。もしや……。

急いで車を動かし、ヘッドライトで照らし出す。犯人とおぼしき人物は両腕で顔を隠した。が、観念したのか、すぐに諸手を挙げて降参のポーズをとった。

「えっ……」
 顔を見て絶句した。どうして……ここに……?

車を降りたわたしは犯人に歩み寄る。

「橋本君。あなた、何をしているの……?」


「何って……」

詰問されても何の弁解も出来ない。かと言って、嘘の一つも出てこない。黙っているとあちらから話し出す。

「わたしは夢を見ているのかしら……? 後藤さんを付け狙うなんて……。本当に、わたしの知っている橋本君なの……? 信じられない……」

「おれはただ……。ただ、斗和君に会いたくて。後藤さんについていけば、一瞬でも姿が見られるんじゃないかと……。それだけなんだ、本当だよ」
 事実を告げてはみたものの、我ながらひどいいいわけだ思った。誰がどう聞いたって、これじゃあ不審者のそれだ。

「高野君に……? ああ、そういうこと……。どちらにせよ、悪質極まりないわね。あなたとは、良い関係を築ける気がしていたのに、残念だわ」

鶴見さんは大げさにため息をついた。

「どんなに願っても、人の心を変えることは出来ないのよ。ご存じでしょう? ……それとも、狂った愛情ゆえに知性を失ってしまったのかしら?」

「…………」

「……どうしてすぐに帰らなかったの? 後藤さんが車に乗った時点で諦めていれば、こんな形で会うこともなかったはず……」

「それは……」

ここ最近、斗和君に会いたくて仕方がない日がある。ちゃんと約束を取り付け、しかるべき方法で会えば済む話なのに、おれの理性がバグってこんな行動に出てしまう。いけないことだと自分を叱れば叱るほど、こそこそとのぞき見したり、後をつけたりしてしまう。

「鶴見さん、助けて……。こんなことはもう、したくないんだ……」

「えっ……? 何を言って……」

「おれには頼れる人がいない。理解者もいない。……リアルに会って本音で話せる人は鶴見さんだけだ」

「……助けてと言われても、いったいどうすれば」

困惑する彼女にすがる思いで言う。
「……こんなことを言うのはおこがましいけど、また旅に連れ出してくれないかな……? そう……旅の間は斗和君のことを忘れられる。他に楽しみが見つかればきっとおれだって……前に進める」

「…………」

「もしも次に同じことをしてしまったら、そのときは警察に突き出してくれて構わない。だから……お願いします」

深々と頭を下げた。しばらくの間、沈黙の時が流れる。あまりにも無言が続いたので諦めかけたそのとき、

「一度だけ、信じてみる」
 彼女はぽつりと呟いた。
「ただし、二度目はないと思って」

「……ありがとう、信じてくれて」
 本当にありがとう。繰り返し礼を言うと、彼女は思い詰めた様子で目を伏せた。が、少し経ってから、

「……ここへは電車で? もし良かったら、乗ってく?」
 と言った。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったから、返事をする声がうわずってしまう。

「え……、いいの?」
 
「どうせ帰る方向は一緒なんだし。旅の時にも言ったでしょう? 一人も二人も、わたしの労力は変わらないって」
 おれを信じると言ってくれた、彼女の優しさだと受け取った。

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
 おれはもう一度深く頭を下げた。

   *

おれを乗せてくれた彼女だったが、長い間黙りこんでいた。何を話題にすればいいか分からない、そんな空気が場を支配していた。

車に乗ればアパートにはすぐ着くはずだった。しかしどうやら、すんなりとは帰してくれないらしい。黙っていると高速道路の料金所を通過した。車が一気に加速する。彼女はいったい何を考えているのだろう……。


続きはこちら(#4)から読めます


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