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【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー ~いびつな二人の物語~」#2 二人旅がくれたもの

男しか愛せない橋本純、一切恋愛に興味なしの鶴見かおり。今回のお話は、そんなふたりの、初めての旅日記です(^-^)

前回のお話(#1)はこちら


かおり

折しもイチョウの葉が美しい季節だった。空気は澄み渡り、雲一つない青空。行楽にはうってつけの朝にわたしの心は躍った。

携帯用のカップにドリップコーヒーを入れ、車に持ち込もうとしたところで急に、橋本君の顔が浮かぶ。事前の約束はしていないが、出かける時には連絡をしてくれと言われていたっけ。急なことだけど、今日は都合はつくだろうか?

まあいい。一応声をかけてみて、不都合だったら今日は一人旅。次回、改めて日程を決めて一緒に行けばいい。車に乗り込んだわたしは、橋本君がいるはずのアパートに向かった。

埼玉県のY市。都心へのアクセスはいいが、やはり駅から少し離れると車を所有する人が増えてくる。わたしも車の便利さを知ってしまった人間の一人。車のない生活などもはや考えられない。

週末の早朝で道をゆく車の数は少ない。目的のアパートにはすぐ着いた。近くまで来て、駐車場がないかもしれないと焦ったが、幸いにして南側に住人用の駐車場があった。1台分空いていたのでそこに車を滑り込ませる。

車から降り、一階の彼の部屋へ行こうとした時、偶然にも洗濯物を干す橋本君の姿を見つけた。

「橋本君」
 わたしは短く声を発した。が、彼はわたしを見つけるなり、部屋に引っ込んだ。

(突然押しかけたのはやはり失礼だったかしら……。)

諦めて車に戻りかけた時、電話が鳴った。
「来るなら来るって、一言連絡して欲しいなあ。おかげで寝起きの無防備な姿をさらす羽目になった」

「ごめんなさい。あまりにもいい天気だったので、ご一緒できたらなと思って。都合が悪ければ日を改めるわ」

「いや、少し待っててくれたら出られるよ。今日はバイトが休みなんだ」

「少しって、どのくらい?」

「うーん……。15分くらいかな。待てる?」

「ええ。本でも読んで待ってる」

「OK。じゃあ、一旦切るよ」

通話が終わり、声が聞こえなくなった。とたんになぜか胸がドキドキし始める。
 
(この胸のざわつきは何……? 自分から誘っておいて緊張しているの……?)

心を落ち着かせるため、コーヒーを飲み、バッグから本を取り出す。きっと普段と違う行動をしたから心が乱れたんだわ。ルーチンワークをすれば元通りになるはず……。

思った通り、本を開き、読み始めたら少しずつざわつきは収まっていった。けれどもそれは数分の間。途中から、主人公の男が、好意を寄せる女に愛を語り出したあたりで、またしても心が乱れ出す。

(どうしよう……。持ってくる本を間違えたわ……。)

激しく動揺しているところに橋本君が現れる。わたしはしおりも挟まずに本を閉じてバッグに突っ込んだ。急いで運転席側のドアを開ける。

「あら、もう支度が出来たの? もう少しゆっくりしてても良かったのに」

「待たせるのは趣味じゃなくて。それに、支度って言っても身ぎれいにする程度だからね。まあ、見た目を整えるだけでいいって意味では、男はラクだから。……それで、どこに座ればいい?」

「助手席へどうぞ」
 隣の席へ促すと、彼は車の前を通って助手席側のドアを開けた。

「座れっかなあ。おれ、身体がこんなだから心配」
 少し太めの橋本君。軽自動車の座席の狭さに不安を感じたようだが、身をよじりながらもなんとか身体を押し込んだ。そして座るなり「へえー」と声を出す。

「『マシュマロにゃんねこ』、集めてるんだ? かわいいよね、おれも好き」

「…………! み、見ないでっ……!」
 フロントガラスの下部に並べてあった、手乗りのぬいぐるみのいくつかをかき集めるがすでに手遅れ。

(橋本君にバレてしまった……!)

わたしとしたことがこんなところで墓穴を掘るなんて……。
 寒いはずの車内が急に暑く感じる。いや、熱を帯びているのはわたし自身か。赤面したまま橋本君を見る。

彼はニヤニヤ……というより、ニコニコしていた。何だか嬉しそうだ。

「隠すことないよ。好きなら好きって言えばいいじゃん? おれはそれを知ったからって、鶴見さんのことをどうこう言うつもりは全くないし」

「本当に……?」

「おれもねこキャラ好きなの。それが高じて本物を飼ってるくらい。……ごめん、長時間うちを空けるかもしれないと思ったら放っておけなくて連れてきちゃった。……猫は大丈夫?」

「猫……?」

わたしが言うと、彼は手持ちの袋を開けた。直後、小さな子猫が顔を出す。灰色と白の毛の、もふもふ……!

(きゃっー! か、かっわいいー♡)

声が出そうになるのを必死にこらえたが、思い切り顔に出ていたようだ。彼は「ふふっ」と笑った。

「良かったあ。気に入ってくれたみたいで。この子、トルテって言うの。旅のお供にしてくれる?」

「え、ええ……。もちろんいいわよ」
 普段の調子を取り戻そうと頑張ったが、今更感が拭えない。彼もそう思ったようだ。

「ねえ、鶴見さん。もっと素の自分を出しても大丈夫だよ。おれを見てよ。こんなにも自然体。すんごいラクだよー」

そう言って彼は手荷物を持ち上げた。スマホケースやキーホルダー、トルテの入っている袋に至るまで、『マシュマロにゃんねこ』をはじめとした猫グッズで統一されている。

(これを普段から携帯しているの……? 男性なのに……?)

「あ、いま男の癖にって思ったっしょ。すぐ分かるんだから」

本心を言い当てられて返す言葉が見つからなかったが、彼は「まあ、それが一般的な反応なんで、気にしないけどね」といって笑った。

「あなたって、不思議な人ね」

「不思議? 変って言わないの?」

「変だなんて思わないわ。だってあなたにとってはこれが『普通』なんでしょう?」

「うん、そうだよ」

「だから、変だなんて言わない。けれど、わたしの知っている男性像と違っていたので、不思議と言っただけ」

「なるほど。それなら確かにそうだ。でもさ、誰だって外見と中身は違うもんでしょ? 鶴見さんだって……」

改めて『にゃんねこ』好きを指摘され顔がかあっと熱くなる。
「……話が長くなってしまったわ。出発しましょう」

わたしは無理やり話を終わらせると、車のエンジンをかけた。

まさかこんなに急に互いを知ることになるとは思ってもみなかった。けれど逆に、知ったからこそ二人きりのドライブでも息が詰まることはなさそうだ。

「今日の目的地は?」

「紅葉を見に秩父方面へ。ミューズパークのイチョウ並木が見てみたくて。三キロにもわたる並木道になっているんですって」

「へえ、そりゃ楽しみだ」
 そのとき、スマホのカーナビアプリから、ルート案内のアナウンスが流れる。

「あれ? スマホに道案内させてるんだ?」

「あー……。音声で目的地を検索してくれるから、いちいち入力しなくてもいいのよ。……後藤さんに教えてもらったんだけどね」

「なあるほど」
 機械音痴だと聞いていたし、間が持たなければ道案内役に徹する覚悟もしていただけにほっとする。これなら安心して会話に集中できるだろう。

それからしばらくは互いに、大学のことやアルバイトのこと、高校時代の昔話なんかをして有意義なひとときを過ごした。

関越道を利用したので、目的地には一時間少々で到着した。まだ午前中の早い時間帯なのでそれほど混雑はしておらず、駐車場にもすんなり駐められた。車から降りるなり、鮮やかな黄色が目に入る。

「うわあ、すっげー!」

我ながらなんとも情緒に欠ける第一声だったが、長く続くイチョウ並木に圧倒されてしまい、それしか言葉が出なかったのだ。しかしそれは鶴見さんも同じらしく「わあ……!」と一声漏らしただけだった。

並木通りを歩いてみると、黄色いじゅうたんがこれまた美しかった。見上げた空とイチョウの黄色も、まるで星がきらめいているかのようで、ただただ無言になる。いや、言葉なんて要らないし、言葉ではとても表現しきれないものがそこにはあった。

そんなおれたちの前後には、カップルらしき男女が数組いて、身体を寄せ合いながら談笑している。

「デートで遊びに来る人たちもいるのね」
 鶴見さんがしみじみ言ったので、

「気になる? ああいうの」
 と尋ねた。しかし彼女はすぐにかぶりを振った。

「気になるようならはじめから二人で出かけよう、だなんて誘わないわ」

「それもそうか」

「なんなら『きょうだい』ってことにしておく? そうすれば何か聞かれても平然としていられるわ」

「ああ、その手はあるね。まあ、世に言うきょうだいが、二人きりで観光するかは知らないけど」

おれがそう言うと、彼女は少し考えるように視線を泳がせた。
「……まあ、わたしならしないわね」

「……ってことは、お兄さんが?」

「ええ、三つ上のね。もはや連絡も取り合っていないけど。……鶴見家はもう、家族としてはなり立っていないから」

「……いろいろ大変そうだね」

「別に、わたしは一人でもこうして生きていけるから何も困っていないわ。……橋本君はごきょうだい、いる?」

「二つ下に弟がいる」
 返答をして、弟の顔を思い浮かべる。

「こいつはちゃんと男男してるから彼女もいるみたい。おれが男好きなのは知ってるくせに、彼女作れば? ってしつこいんだ。……心からは信じてないんだよね、きっと。おれの心と体が不一致なのを。まあ、別に気にしないけどね」

「……あなたこそ大変ね」

「まあ、お互い様だよ」

並木の奥にひときわ大きなイチョウの木が立っていた。カップルたちは素通りしていったが、鶴見さんはそこで足を止めた。

「どうしたの?」
 おれの問いには答えず、彼女は何度も何度も深呼吸をした。少ししてからようやく、

「この素晴らしい天気、そして美しい景色や空気を覚えておきたいの。二度と同じ日はやってこないし、こうすることで私の中のよどみが押し流されていく気がするから」

「ああ……」

そこまで深く考えていなかったおれは、彼女の考えに触れて心動かされた。確かに、美しい自然に接すれば身も心も洗われる。しかしそれは、意識しなければただ感じただけで終わってしまい、何も残らないだろう。

やっぱり鶴見さんの旅に付き合って正解だった。
 彼女の旅の目的は深い。ただ美しいものを見たいと言う気持ちだけでは終わらせないその姿勢が、想いがあったからこそ、きっと後藤さんからの又聞きであっても惹かれたに違いなかった。

「うん、これならブログに書ける」

この旅での「ストーリー」が思い浮かぶ。この体験をもとにすれば、きっとおれらしい言葉にしたためることが出来る。

「誘ってくれてありがとう。おれ一人じゃきっとこんなに感動しなかった」

「わたしこそ、橋本君から話をもらわなかったら、ここまで深く自分を向き合おうとしなかったかもしれない」

「じゃあ、ここもお互い様だ」

「そうね」

人が増える前に、ここに来る道中で買った軽食を食べることにした。空いているベンチに腰掛け、トルテも外に出してのランチタイム。11月だが陽光は暖かく、気持ちが良かった。ここしばらくの間、うつうつとしていたのが嘘みたいに心の奥底の霧が晴れていく。

「良かったら、また近いうちに会える? 旅じゃなくても、ご近所なんだし、どうかな?」

おれの口からは思いがけない、しかしおそらくは本音であろう言葉が飛び出した。鶴見さんは少し驚いた表情を見せたが、

「ええ、いつでも」
 と言って微笑んだ。

   *

そのあとも園内を散策し、アパートに戻ってきたのは夕方だった。ほどよい疲れ。部屋に戻ったら真っ先に風呂を沸かそう、などと考えていた時、おれはあることを思いだして「あっ!」と声を上げた。

「どうしたの?」

「お土産買うの、忘れた……」

「あっ、そういえば」

土産物を片手にブログを書き、同じものを斗和君にも差し入れようと考えていたのに、おれとしたことが……。頭を抱え込むおれを見て、鶴見さんは「ふふっ」と笑った。

「……馬鹿だと思ってるっしょ」

「いいえ。今日はすごく楽しかったなと思ったら自然と顔がほころんでしまって。お菓子という形でのお土産はないけど、今日という日は間違いなくわたしの記憶に残る。そんな日があってもいいんじゃないかなって思えるの」

形にとらわれていたおれはショックを受けた。もちろん、自分の愚かさに。
 そうだ。お土産のことを忘れるくらい、おれたちは「今この瞬間」を楽しんでいたんだ。だからこそこんなにも満たされた気持ちになっているんだ。

「そうだね。お土産はまた別の機会に買えばいいよね。ものにこだわること、ないよね。やっぱ鶴見さん、すごいなあ」

「私だって、そんなふうに思えたのは、たった今よ。……今日はありがとう。ご一緒できて嬉しかったし、楽しかったわ」
 そう言って鶴見さんはもう一度笑った。なぜだかその顔におれは癒やされたのだった。

   *

部屋に戻ったおれはさっそく風呂を沸かし、その間に一気にブログを書き上げた。イチョウ並木、そして昼食のおにぎりを食べながらトルテと撮った写真もアップした。

風呂から上がってブログを見ると、短時間にもかかわらず、かなりの数の「いいね」と数件のコメントが残されていた。

――素敵な旅ブログですね! ついに彼氏が出来たのですか? ジュンジュンの楽しそうな様子が伝わってきます! 次回の投稿も楽しみです!――

ブログではジュンジュンと名乗り、男しか好きになれないことを公言してあるのだが、それでもコメントを読みながら複雑な気持ちになる。彼氏なんて、出来るわけないじゃん! そんな自虐的なツッコミを入れはしたものの、おれの文章からそんなにも楽しそうな様子が伝わったのかと思うと悪い気はしなかった。

(次も楽しみ、か。うん、おれも楽しみだ。)

旅仲間が同級生の女の子だなんて、誰も思わないんだろうな。それはおれ自身も想像していなかったこと。だけど、今日の旅をきっかけにおれの中で何かが変わったのは確かだ。今のまま暗闇の中を進み続けることを思えば、この変化は歓迎すべきものに違いない。

心地よい眠気に誘われる。布団に横になると、トルテが潜り込んできたことにも気づかないうちに眠りに落ちてしまった。


続きはこちら(#3)から読めます


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