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蜜蜂と遠雷

「蜜蜂と遠雷」著:恩田陸

 仕事や生活が忙しく、本を読まない生活が数年続いていましたが、図書館に通う日々がふたたびやってきました。数年ぶりの読書は、やっぱりたのしい!!以前のように、思う存分というほど読む時間を確保できなくなりましたが、すきま時間をつかってゆっくり読んでいます。

 久しぶりの図書館生活の最初の1冊となったのが、この「蜜蜂と遠雷」でした。

 発売された当初、図書館での貸し出しは200人近い予約で埋まっており、予約してもいつ自分に順番がまわってくるのか全くわからない状態でした。とにかく話題の本で、登録している読書メーターでも話題になっていました。
 そんな話題の本を、当時の私も読みたいと思っていたのですが、そのあまりの予約人数に断念し、読書メーターで「読みたい本」にだけ登録していたのでした。

 数年経った今回、図書館で最初に借りるのはどの本にしようかと考えていたとき、一番に思い浮かんだのがこの本でした。タイトルには音楽の要素は見当たらないのに、内容は音楽の、しかも国際ピアノコンクールの本だということ、文章でピアノの音について表現するということにずっと惹かれていました。

 本書には4人の、それぞれタイプの違った天才が登場し、この4人を中心に物語が進んでいきます。天才たちが何を考えながらピアノと向き合っているのか、音楽とはどんなものなのか、それぞれのドラマが混ざりながら語られていきます。

 まず一番に感じるのは、恩田氏の音楽表現の豊かさ。音楽を、音の一音一音を、こんなにもわかりやすく色彩豊かに表現できるんだ!ということに驚かされます。音が色や風景、物語として表現され、素直に染み込むように心に響いてきます。
 音楽を聴いたときに、漠然と自分がイメージしていたような光景が、文章中に表現として出てきて、強い親近感も覚えました。音楽を聴いたときって、こうやって勝手にストーリーが見えてきたり、風景が浮かんだりすることあるよね!といったふうに。

 そして、この色彩豊かな音楽表現によって描かれる、それぞれの演奏の様子やその音楽の世界観が圧倒的なのです。本当に音楽の話、ピアノの話だったかと思うほどに、本文はカラフルで、鮮やかな色使いの絵画をみているような錯覚さえするほどに、とにかく色にあふれた温かく爽やかな雰囲気があります。

 読んでいるうちに、天才の感覚を追体験しているような感覚を味わえました。天才と一緒に、自分だけの音楽の神様を感じ、音楽に自分のすべてを捧げ、すべての垣根を超えて世界に自分をさらけ出しとけていく、そんな感覚を味わい、こんな幸せがあったのか…と新たな幸せの発見に気が付きます。
 天才ってこんな感覚なのか、こんな幸福を感じているのか…と思うのです(実際の天才がどう感じているのかわかりませんが、少なくとも本書の天才たちは)。

 決していいところばかりが描かれるのではなく、嫉妬や葛藤、苦悩などが混じっているにも関わらず、暗い雰囲気にはならず温かくてやさしい。コンクールという厳しく壮絶な場だからこそ際立つ、天才たちの余裕や人間性、オーラというものによって、春のような、何かを予感をさせるストーリーが芽生えるのかもしれません。

 タイトルにもなっている、蜜蜂と遠雷、春の嵐のような荒々しい、でも新しい季節の到来を予感させるような天才の登場が、音楽の世界の新たな扉を開くのかな、と感じる一作でした。文字通りの傑作です!

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