見出し画像

地域活動の課題とこれから~町内会の衰退…活性化への糸口は?〜

先日、地域づくりについて大学で研究と実践をされている先生とお話をする機会がありました。この方は学問的なことだけでなく、ホントに現場でのプレイヤーとしても活躍されており、色んな話が投合し、とても深くて良い話ができました。

話をするきっかけになったことは、
『自治会の活性化をはじめとした、地域での課題について、NPOとの連携』を大きなテーマとして検討を進めているとのことでした。


コロナ禍、そしてコロナ明けのぼくたちの活動の現状から話題がスタートし、コロナ禍でもむしろ活動が増えていったことが、地域のニーズにも応えられてるんじゃないかという話に。

そして、ぼくたちのプレイヤーほど、地域に実際に飛び込んで、現状を見聞きするわけですから、よく地域の実態を分かっていると自負しています。


先生から、驚く数字を教わりました。

『61%』

これ、何の数字と思いますか?ぼくは愕然としました。

これは町内会の加入率の最新値だそうです。

ちょっと前に、9割を切ったと騒いでいて、8割から7割。
コロナ前後で、7割を切ってきたかな・・・・、というような心配でした。

ぼくの感覚としては、7割弱。
そうですね、「6割~7割」という感じですが、
6割台の後半という感覚でした。

しかしながら、『61』・・・。
もう6割を切りますね。
5割台ということになれば、もう『半分』ですね。
5割を切ったら急速落下することは目に見えています。過半数に満たない少数派ということになります。


たしかに、北九州市では、少子高齢化が全国に先駆けて進む街であり、
町内会活動を支えてくださっていた高齢者層が、亡くなったり、町内会から脱退したりしていくと、一気に数が減っていくことになります。

世代的な言い方をして申し訳ないですが、
中年層がこうした活動になかなか意義を見出せない。
若い世代は無関心。
そんな世代感覚があります。

どんな時代のなかで生きてきたか。
そして、どんな育ち方、育てられ方をしたか、それも大きく関わっていると思います。


『何でこんなんなったんでしょうね・・・』
そんな話題から2つの話を展開していきました。

ひとつは、やっぱり便利な世の中だからですね。
何でも恵まれていて、容易に便利な暮らしが手に入る。
人と繋がる必然性は無いし、
むしろ、
「迷惑をかけたらいけない」
「文句を言われたらイヤだ」
「もし、変な人だったらどうしよう」

人付き合いを避けることが身を守ることになっているようにも思います。
お互いが迷惑をかけ合って、お互い様の気持ちで、容認、包容してくれるような暮らしであってほしいと思います。

常に、減点方式。
欠点や失敗を見つけてはバッシングする。
99%が良くっても、1%のことで罵り合う。
なんだかそんな暮らしです。

SNSでの1億総バッシング社会の進展もまさにこんな感じですよね。

何かご迷惑をかけてしまうことがあるかもしれないから、日頃からご近所付き合いをしていこうっていう感覚よりも、
何かご迷惑をかけてしまったときに面倒だから、ご近所付き合いを避ける、という逆転的な感覚があるように思います。

大人から子どもにあいさつしたら不審者と思われるなんて、残念な典型例ですね。

暮らしの豊さや便利さの一方で、大事なものを失っていっているように思います。


もうひとつは、
『子ども会』の衰退が時限爆弾になっていったことと思います。

子どもは地域の宝。
地域でも子は鎹(かすがい)。

こんなぼくだって、我が子たちがいなかったら、引っ越してきたこのまちで、知り合ったり繋がったりする人は皆無だったかもしれません。

核家族化や、両親の共働き化、そして負担感や効率性を求める風土などによって、子ども会活動は、各地で消滅していきました。
現在でも活発な子ども会活動をしているのは、ほんの一握りだと思います。

子ども会が無くなっていって、10年、20年、30年。
時限爆弾のように、町内会活動も衰退していきます。

子育て世代が、子どもを通じて、地域に出ていくチャンスだったのです。
人が繋がるチャンスだったのです。

子どもを育てたり、遊ばせたり、楽しませたり、思い出をつくったり。
サービス業へと求める方向が変わっていきました。


北九州市では、いざというときの、『共助』がやっぱり重要だと、多くの地域で防災を軸にした、改めての防災まちづくり活動に取り組んでおられる地域も多いです。

『何でも便利』の反対側にある非常時の暮らしの課題から、逆に地域づくりへとチャレンジしていくアプローチですね。


また、「こどもまんなか社会」なんて言葉だけで、それに逆行するかのようなことばかりです。

代表例が、PTAの衰退です。
令和4年度から、北九州市では、PTAの加入同意制度が開始しました。
いえ、開始させられました。

『コロナ禍で、今、こんなこと言う!?』とぼくは怒りに震えました。

これまで、当然のようにして、全員参加のPTA。
活動するかしないかは、できる人ができることを。それで良いよねってやってきました。

しかしながら、PTAに入るか入らないかの同意を取りなさいということになりました。

つまり、「入らないで良い」という選択が容易にできることとなりました。
詳しくはこちらをご覧ください。

町内会で維持・管理して電気代も払ってもらっている防犯灯のことと全く同じです。
町内会費を払っていなくても、夜道を照らす防犯灯の下を安心して通ることができます。

へんてこりんな話が、PTAに入らなければ、PTA会費も納めなくて良いわけです。でも、子ども達に差異は出さないように、というお達しまで出ているほどです。
もっと言えば、PTAに入っていないのに、子どもには差異は出せないからプリントを配布することをご承諾ください、というような同意までとらねばならない始末。

各地にまちづくりの支援として入らせていただきますが、
『若い人たちと繋がる接点が無い』
と各地での悲鳴が聞こえてきます。

例えば、コロナ明け。何年も我慢してきたお祭りの復活だ!!昔のようにPTAの人達はじめ、若い方々に一緒に頑張ってほしい。市民センターに相談するもPTAの活動は無いので知っている人はいません。学校に相談したら、個人情報なので教えられません。そんな回答です。
繋がるチャンスはおろか、入口さえありません。

コスパが重要視される時代にあって、
また、コロナ禍のエッセンシャルなものだけで子育てをしてきた世代にあって、
PTA活動なんてオプションのようなもの。
どうせ活動なんてしないし、会費を払わんで済むならそれで良いや。だって子どもに影響は何ひとつありません。
どんどん非加入になっていきます。

様々な制約がされていて、数年間の完全停止したPTAの現状。
再起するチカラも、相談する仲間たちもいません。
次々とPTAが崩壊していっているのが現状です。


子ども会と同様、PTAの崩壊は、数十年先の地域の崩壊を招くのは間違いないです。

そのまちの人の繋がりというのはもちろんなのですが、
その親世代、そして育っていった子ども達が、次の世代感覚をつくっていきます。
これはとっても深刻な問題です。


じゃあ、こんな現状をどう解決、進展させていけば良いんだろう・・・っていう話題です。

「町内会の加入促進」なんて行政はチカラを入れてやっていますが、即効性は無いかもしれないけど、PTAの加入促進からチカラを入れた方が絶対効果があると思います。

何故かというと、
いま、コロナ明けで、活発な地域と衰退した地域と2極化しています。

あの地域は凄いよね、良いよねって、名前が挙がるところがいくつかあります。
好事例として象徴的な共通項は、
若い中年層のリーダーがいらっしゃるということです。

高齢のリーダーが悪いと決めつけているわけではありません。
もちろん素晴らしいリーダーもいらっしゃいますが、悪い例としては、ずっと人材が交代せずに、毎年、歳をとっていくという構造ですね。
つまり世代交代できないから、高齢のリーダーがいつまでも居座ってしまうことになります。

次の世代に任せられない、頼らない、繋がらない。
人材が輝かないということになります。

不思議な話ですが、若いリーダーほど、世代交代を意識しています。
次の世代を育てながら活動していったり、もっと若い人たちを巻き込もうと苦心されています。

北九州市内でも何名かそういう方の名前が挙がるのですが、その方々の共通項が、「PTA出身」ということでした。

PTAなんて、まさに世代交代の繰り返しで、地域のなかで活動し、人が繋がり、子ども達のために、そのまちの未来を願い活動していくわけです。

これは重要な要素だと感じています。


一方で、PTAの現状はというと、前述のとおりです。

PTAでの『自力』はコロナ前に比べると各段に無くなっています。

そこで、ぼくたちのようなNPOや市民活動などの外部のチカラを活用してほしいと思います。

ぼくたちのような存在は、ツールやネタや勢いを持っています。
道具があり、風を吹かすことができます。

一緒にやりましょうっていう仲間が増えることにもなりますし、
とても良いですよって背中を押す存在にもなります。

各地を見てきたぼくたちから、「このまちは凄いですね」って言ってもらえることは、とても自信にもなると思います。


ぼくたちはそんな存在です。
ぜひ、活用してほしいと思っています。


地域活動は、ボランタリーなものです。
想いを資源に、自主的・主体的に行動していかねばなりません。

企業理念や企業でのやり方を地域に持ち込んだら大失敗します。

効率的なもの、テクニカルなもの、強制的な主従関係。
ピラミッド型の指示命令系統では、人は動きません。モチベーションを下げてしまいます。

『協働』の関係づくりが重要ですし、
柔らかく、繋がりあうまちづくりが必要です。

効率的な事務連絡よりも、
おしゃべりの場が必要です。

その道の権威の方からの研修講話なんかじゃなく、
住民どうしが得意なことを活かし合い、学びの合う場が必要です。

それは、まさに社会教育というもので、そんな生き生きとしたまちづくりが必要です。


地域活動を牽引してくださっているのは、お仕事を卒業されてから、セカンドライフのフィールドにて頑張ってくださっているシニア世代の方が多くを占めているのが実情だと思います。

年金が受給できる年齢もどんどん遅くなっています。
以前は60歳で定年退職して、それから地域活動を頑張っていくというライフスタイルがありました。
でも、もう70歳まで働く。体力が衰えても働かないと暮らしていけない。地域に出てくる時間も体力もありません。
そんな地域への影響もあります。

一方で、
「あの人は勤め人だから役職を頼めない」
「あの人は専業主婦だからあの家庭に役職を任せよう」
そんな言葉もよく聞こえてきます。

ぼくたちのような若い世代は、『ワークライフバランス』を大切にして、夫婦ともに働き、子育てをしています。

仕事をしている人は、地域活動に取組むことはできないのでしょうか?
それは決して違うと思います。

逆に言えば、仕事をしながらでも出来るような役割分担や活動内容に。アレンジしていく必要があると思います。

こんな僕なんかでも、仕事や家事・子育てと両立しながら、地域活動・市民活動をしています。
これは、暮らし方、生き方のことだと思います。
そんな部分に、人生や暮らしの輝きや喜びがあるのも事実だと思います。


ぼくたちの世代なんかは、こんな『ワークライフバランス世代』だとも言えます。
こういう人材が、地域の中で輝いていけるような素地づくりが重要だと思います。


何度もアピールになりますが、そんな世代としての地域活動への参画が、やっぱりPTAの人たちになります。

ぼくはそんな重要な担い手だと思っています。

しかしながら、PTAとしては前述のとおりです。
今年度まで、学童保育クラブ(放課後児童クラブ)の父母会長をしていました。
小学生でありながら、低学年を中心とする学童は、親同士が活動に関わっていく良いチャンスです。
この母体と言うのはとても大きな意味があると思いました。

末っ子の学童卒業とともに、父母会長を退きますが、狙われていました。
次は、小学校のPTA会長を担当します。正確には、共同代表というものです。


これからの地域づくりへ。
ぼくも『いち事例』となれるように、
公私ともにチャレンジしていっているつもりです。

NPOとしても、
ひとりの父親としても、
ひとりの地域住民としても。


今日もご覧いただきありがとうございます。
貴重な時間のなか、この記事をご覧くださってありがとうございます。

冒頭の写真は、lotus|noteさんの作品を使用させていただいています。ありがとうございます。



これまでの関連しそうな記事もいくつか貼っておきますね。




<1年前の”今日”の記事★>



<2年前の”今日”の記事★>

コロナ禍、時代に応じて変化した好事例でもありますね。

いただいたサポートは、NPO法人好きっちゃ北九州の活動費に、大切に活用させていただきます!!