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#373 キャリア教育を通じて培われるレジリエンス

 学校教育の役割とは、児童・生徒が様々な学びを通じて人生を幸せに過ごすことができる支援をすることです。
 
 今、教育業界では「主体的な学び」がキーワードになっています。私が考えるこの言葉の価値は、自らの意思と意欲によって行われる学びがキャリアデザインを考える上での根源的要素になると思うからです。つまり主体的な学びを促進すれば、自ずとキャリア教育の要素を内包することになります。

 今、学校教育におけるキャリア教育の課題は大きい。社会が変化する中で様々な職業が今後生まれては消える時代。自分の人生をどう切り開いていくかという問題について、新たな価値の想像が求められています。

2003年に日本で最初に法政大学で創設された「キャリアデザイン学部」の立ち上げから現在に至るまで教授を務める児美川孝一郎氏の記事を見つけました。

 

 記事の中で児美川氏は、キャリア教育で大切なのは何か「特別な」イベントなどをすることではなく、自分のキャリアを考える工夫を「日常の中」に取りれることをが大事だと語る中で、『夢は全員が実現できるわけではない』と伝えることがその第一歩となると言ってます。

「まず1つ目は『夢は全員が実現できるわけではない』ということ。だから夢を持つなというのではなく、できなかったときにどうするかを考えようということです。進学や就職の際には現実を見ろと言うのに、その前の段階の教育では『夢』を強調しすぎている。これは日本のキャリア教育の構造的矛盾です」

「大人はどうしても一直線のレールに乗せたがるが、実際の人生はジグザグと蛇行するものだ。まっすぐ行くことだけを目指すのではなく、そうできないときにも前に進む力をつけるのがキャリア教育であるべきだ。そのために有効な2つ目のポイントが、「『やりたい』の根っこを掘ること」

「夢が見つかった、なりたい職業名が出てきたからといってそこで終わりにするのではなく、なぜそれをやりたいのかの根拠を一緒に考えることです。ゲームを作りたいという夢の根っこにあるものが『ものづくり』への思いだとしたら、自動車や食品業界でもいいかもしれない。それがわかれば実現できることの選択肢が増え、まっすぐ行けないときのリカバリーもできるようになるはずです」

 人生は自分が思ったように進む訳ではありません。困難な時期を迎えた時、どのように舵を切ればいいのかを考えることもまた学びである。ある高校の校歌の「やればできるは合言葉」というフレーズが話題となった時もありますが、個人的にはそれは正しくないと思う。「やらなければできないが、やってもできるとは限らない」が現実であると思う。ここで大事なのは、自分が何かができなかったとしても、私たちの人生は続いていくし、その経験が他の何かができる糧になるのだと言うこと。人生の中で様々な挫折を繰り返しながらも、その挫折を学びにして新たな挑戦をする力(=レジリエンス)が求められているのかもしれません。


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