記事一覧
疲れた
周りの人を傷つけることも
これからの幸せを考える意味なんかも
作れたはずの時間が作れなかったことに対する後悔も
何もかもが虚しい
死んで仕舞えば楽になるきっと
私が私として生きて嬉しかったことなんて基本的にない
突然さよならするかもしれない
ごめんなさい
誰も気にしないと思うけど
悲しい虚しい
冷やし中華
何で、クソみたいな言葉でいちいち傷がつく人生なんだろ?
可愛かったら文句言われないのかな?
とりあえずクソほど叫びたい
死ね!!!
なんか
死にたい
私の元彼、そして子供の実の父親に該当する人物について
タイトル通り私の元彼の話だ。
今までに彼氏は4人いたがそのうちの3人目の話をしようと思う。
一言で言えばその人は「人を信じる力もないし、ろくに他人を信用してこなかった私が歪な形で人を愛した結果」だったと思う。
どんな人かと言えば、まー、本当に、うん!君ヤバいね!って人だった。9割方。
でも、そんな中人間味が良いところも多少はあった人だと思う。
しかしいろいろあったのだ。この人とは。それで私
ただ泣いた
「誰かを救いたい」なんて浅はかなことを言うべきじゃなかった
私にそんなことできるわけがない私は神様じゃないから
言い方が浅はかだった愚かだった。
今度からは言い方をちゃんと変えよう。
一瞬でも誰かに笑って欲しい。その笑顔を忘れないように生きて欲しいって祈ってるって。
小さいことだけど本当にそれだけはやるんだ
その為に私はここにいるんだ
それを忘れちゃダメだ。
それだけ
公園で餓死しようとした時の話
タイトルからしてなんだこいつメンヘラかよ
って思うかもしれない
いや、見た感じそうなのはまあ否定はしない(笑)
私は前回の記事のように卒論を本来の卒業期間までに書けなかった。それが母親の癇に相当触ったらしい。ある日朝の四時に突然起こされたのだ。
「お前のせいで私は寝れない!今から卒論を書け」
と言われた記憶がある。
そのあとは取っ組み合いの喧嘩。
私が病院に行くのをアドバイスし、現金を渡す
私の通ってた大学について
知ってる人は知ってると思うが、私は東京渋谷区にある、某渋谷のゴキブリ大学に所属していた。
私は留年勢なので4年半いたのだが
まあ、生徒も関係者も見事なまでにキチガイばかりで草も生えなかったね。
前述したと思うが、私は哲学科だった。
まずはOBとして、ろく○なし子先輩がいらっしゃる事を知ってる人は知ってると思う。
「哲学科=キチガイ、変わり者」という認識は合っていると思う。
しかし、私の出
自分の「性格」がわからない。
哲学的な事じゃない話です。
本当に解らない。
今まで私は性格的に「暗い」「地味」「陰キャ」と言われて生きてきた。小中高の時から。
地味だった事は事実だし、陰キャなのもどんな育ち方をしても恐らく変わらないと思う。
もう一度言いますが、どんな人生であろうと私が隠キャである事に変わりはありません。
それは個性だし何かを言い訳に、陰キャになることはなかった!とは言いません。
私は陰キャです。
育ち
恋バナをしようとしたら何か間違えた
さて、クソ暗い話をした後だから恋バナでもしようかね。
(私は女で一応男性が好きになるタイプの人間です。多分。)
皆はパートナーが欲しいと思った事があるかい?
因みに私は幼稚園の時から既に結婚願望が全く無かった。別に当時の両親の様子はよく覚えてないので両親を見てどうのこうのって話ではない。
ていうか寧ろ男性と話す事は「自分はシャボン玉」だと思い込んで割り切って振る舞わない限り基本的に苦手だ。