アナリスト・ファンドマネージャーが仕掛けた「日韓」のコラボが生む、もう一つの韓流ブーム。
株式会社韓流村 代表取締役 任 和彬氏
ソウル大学卒。米国ペンシルベニア州立大学・ウォートン校にてMBAを取得する。世界最大級の資産運用会社「Capital Group」で、アナリスト・ファンドマネージャーとして活躍。2009年10月、株式会社韓流村を設立し「KollaBo」第1号店をオープンする。
韓国の老舗連合軍。
韓国料理の老舗の名店が、次々、来日する。目的は、1人の青年の志に心を動かされ、ともに韓国から世界的な飲食ブランドを構築するためである。
2009年の「高麗屋」「トゥクタ」「ソゴンドン純豆腐」に始まり、2011年には「ソ・ベッチャ プロカンジャンケジャン」、「趙善玉料理研究院」「ファロヨン」、2013年には「ハンチョンソロンタン」「ボドゥゴル・イヤギ」、2015年には「ガマロダッカンジョン」「春川名物ダッカルビ」、2017年には「オヒャン・チョッパル」など続々と参加。
そして2024年6月現在、提携先は16店に及ぶというから、「KollaBo」に行けばディープな、美食の韓国ツアーが楽しめる。代表の任さん曰く、「韓国料理のセレクトショップ」ということだ。
ブランドサイトでメニューを調べると、「サムギョプサル」「カンジャンケジャン」「タッカルビ」「プルコギ」「ヤンニョムチキン」「トッポギ」「スンドゥブ」「ビビンバ」「ソルロンタン」とつづく。
サムギョプサルやタッカルビ、スンドゥブ、トッポギ、プルコギ、ビビンバは、もちろん、イメージできたがソルロンタンがわからなかった。
調べてみると、「ソルロンタン」とは牛の肉・骨を長時間煮込んでつくる乳白色のスープで、韓国の代表的な料理の一つだそう。
「ハンチョン・ソルロンタン」とは店名で、韓国人気No.1のソルロンタン専門店のこと。「KollaBo」でいただける「ソルロンタン」は、「ハンチョン・ソルロンタン」から直送されているとのことで、旨くないわけがない。
ほかのメニューも、老舗の名店の味が、驚くほどのクオリティで再現されている。
食材やレシピだけではない。秘伝のタレまで、「KollaBo」では使用が許されている。
ミシュランを8年連続獲得した「オヒャン・チョッパル」の「豚足」、有名店「プロカンジャンケジャン」の創業4姉妹の長女ソ・ベッチャ名人の「カンジャンケジャン」、伝統の韓国本場春川の老舗人気No.1「春川名物ダッカルビ」など、贅沢なラインナップである。
サッカーで言えば、エースストライカーばかりだが、うまい具合に、調和が取れている。それも、また「KollaBo」ならではである。
改めていうと、その「KollaBo」を経営する株式会社韓流村の代表が、任 和彬(イム ファビン)さん。1971年、日本で生まれている。では、長くなったがいつも通り、任さんの話からはじめよう。
ハングルと、韓国人。
「私の母は在日韓国人で、父は京都大学に留学していたときに、母と知り合い、結婚します。私は1971年、大阪で生まれました。1976年に父がソウル大学の教授になることが決まり、父母といっしょに私も海を渡ります」。
6歳だったが、カルチャーショックを経験した。
「だって、当時の韓国にはアスファルトの道がなかったんです。トイレは、ぽっとんばかりで」と笑う。
ちなみに、任さんから今回、ハングル文字の話もうかがった。
「昔は、韓国でも漢字がつかわれていたんですが、1986年、ソウル五輪の時に新聞からも漢字が姿を消します。ハングル語は、母音と子音の組み合わせで出来ていて、漢字を使うまでもなかったんです。ルールがわかれば、すぐにマスターできますよ」。
任さんによると、韓国人が英語の発音に長けているのも、「ハングル語を使っているから」とのこと。たしかに、今のアーティストをみていると、英語もそうだが、日本語もうまい。
ひょいと言葉のカベを越えてしまうという印象だ。その理由が、ハングル語だとしても、おかしくない推察である。
さて、任さんの話。
「私は日本を知っていましたから、日本への思いは人一倍だったかもしれません」。
冬休みには海を渡り、日本でバイトをした。「日本のおもちゃを買って帰るとね。近くに住む子どもたちが群がるんです(笑)」。
任さんは、ソウル大学を卒業している。
「大学を卒業して、韓国の財閥系証券会社に就職して、3年働きます」。
任さんの仕事は、外国人の機関投資家に対する韓国と日本での法人営業。もちろん、日本人も、外国人に入る。
「ですが、1998年、アジア通貨危機で財閥が潰れ、東京支店もクローズになりました。それをきっかけに、私はアメリカに渡り、ビジネススクールに入りました」。
小さな頃から、起業家になりたいと思っていた任さんにとっては、思い描いた道の一つ。韓国と日本とアメリカ。
「ある時、アマゾンの創業者のジェフ・ベゾスさんが教壇に立つんです。彼は、こう言います。『もうすぐ、ネットで本を買う時代が来る』って」。
ただしいかどうかわからないが、衝撃的だった。任さんは、1998年から2年間、勉強をつづけ、MBAを取得。世界最大級の資産運用会社「Capital Group」に就職する。
「これが29歳のことです。日本のみなさんは、ファンドというとハゲタカをイメージされがちですが、キャピタルは、ぜんぜん違います(笑)」。
Capital Groupは、1931年に創業している。日本の数多くの企業にも投資している。任さんも、アナリスト・ファンドマネージャーとして、日本でプレー。その相手を聞いて、耳を疑った。
Capital Groupのアナリスト・ファンドマネージャー。
若きアナリスト・ファンドマネージャーが対峙したのは、日本を代表する企業と、その経営者。1人、2人、3人とつぎつぎ知っている著名な経営者の名が挙がる。
そして、所有する株式の具体的な数字を上げる。
「アナリストとして業績を分析する一方で、私が大事にしていたのは経営者です。業績が良くても、経営者とお会いし、投資をためらったことも少なくありません」。
任さんはわかりやすく、一例を挙げる。
「マーケットに上場するってことは、パブリックカンパニーになるってことを意味するんですが、中には、その意識が希薄な経営者もいらして。ファンドマネージャーは、数字の世界です。だから、シビアで、ストイックでもあるんですが、だからといって、すべて数字ありきではないんです。とくに、Capital Groupは、スマートアンドグッドパーソンを投資の対象として、経営者と私たちファンドマネージャーはいい関係で結ばれていなければならないんです」。
もう一度言うと、錚々たる経営者の名が挙がる。小学生でも、知っている企業名もつぎつぎとピックアップされた。だからといって、任さんは、偉ぶるそぶりをまったくみせない。
いかにフレンドリーな関係と言っても丁々発止の世界である。あるカリスマ的な経営者を例に挙げ、「彼と1時間話すだけで、エネルギーすべてがなくなった」と苦笑いする。
企業への投資額も、当然、天文学的だったが、任さんらファンドマネージャーの給料も、我々からみれば銀河の彼方の話といっていいくらいの額だった。
ただ、そうすると、一つの疑問が浮かんでくる。だから、直裁に言葉にした。
「任さん、なんで、飲食を始めたんですか?」
映画、ドラマ、K-POP、ただし、いまだ飲食は世界にでず。
「韓国の友達から、サムギョプサルのお店をオープンするということで、出資してほしいと相談があったんです。もちろん、OKして出資しました」。
もともと何をするにしても生真面目な性格。韓国に帰省するたび、任さんもスタッフに混じり、お店に立った。
<いかにも、任さんらしいですね?>というと、「最初は軽い気持ちだった」と打ち明ける。
「ただですね。『おいしいね』『ごちそうさま』と、言われると、その言葉に心が揺さぶられるんです」。
今まで知らなかった、ピュアで、原始的で、アナログの世界。それまで飲食店は、分析する対象だった。対象にすぎなかったといってもいい。
「飲食って、ほかの業種と比較して利益率はけっして高くありません。だから、なぜ飲食をするのか、と」。
<その理由がわかったんですね?>
「そう、すべてじゃないですが、少なくともホールにでてお客様の表情をみている時と、PCに向かい数字をみている時には、明らかなギャップがあったんです」。
飲食に魅了され、そのギャップに戸惑う、任さんの背中を、リーマンショックが押す。
「韓流ブームが日本でも起こったように、映画やドラマ、K-POPは世界に進出していたんです。日本のアニメなどのサブカルチャーが世界に進出しているのとおなじですね。ただ、飲食の世界はちがいました。今や寿司やラーメンは、世界ブランドでしょ。でも、韓国には、マクドナルドやスターバックスのような世界的なブランドがないばかりか、国外に進出しようというオーナーもいませんでした。国外にいる韓国人である、私からすれば、もったいない話です」。
任さんは「飲食」「K-POP」「金融」の3本柱で、構想を練っていたという。始まりは「飲食」。日本と韓国を知る任さんだからこその、飲食事業の幕が上がる。
任さんは、度々、韓国に渡り、老舗料理店のオーナーと交渉する。
「私が構想していたのは、わざわざ韓国に行かなくても済む、本場韓国料理のセレクトショップです」。
交渉相手は、名店を育てたオーナーシェフたち。ソウル大学を卒業して、アメリカでMBAを取り、世界最大級の資産運用会社でファンドマネージャーを務めた経歴も、まったく通用しない相手。
「韓国の食を代表しているオーナーばかりです。彼らは、絶対、お金では動きません」。
「一緒に韓国料理の世界的なブランドをつくりたいんだ」。任さんは、時に熱く、時にクールに口説き、そして深々と頭を下げた。
少しずつ、オーナーたちの心が開いていく。
その一方で、出店場所はすぐに決まった。「ヤマダ電機の山田昇会長にCapital Groupの退職と飲食店の起業を報告した時に、飲食店をするんだったら『LABI1日本総本店 池袋」のレストランフロアに出店したらどうだ?』とおっしゃっていただけて」。
それだけではない。
任さんが挨拶にうかがうと、ビールメーカーや、食品メーカー、飲料水メーカーの経営者たちが、「こぞって『支援する』といってくださった」とのこと。
任さんの人柄が、わかる事例だ。
「その方々の支援をいただいて、ようやく、オープンに漕ぎ着けるんですが、実はそこからがまたひと山、ふた山で(笑)」。
韓国の食の世界を再現する「KollaBo」の始まり。
ロケーションも、料理もいうことなし。お祝いの胡蝶蘭の白い色が、真っ黒でシックな店のカラーを強調する。すべての準備が整い、華々しい、その日がスタートする。その、はずだった。
任さんはもとより、スタッフ全員、フレッシュすぎる未経験だった。だから、オペレーションがうまくいかない。
「『料理がでてこない』はまだましで、パニくったスタッフが料理をお客様にぶちまけて。そのたびに私が呼び出され、10回以上は土下座をして謝りました」。
土下座する任さんの姿をみて、客は1組、また1組と、去っていく。
「さすが、ヤマダ電機さんです。レストランのフロアにあった飲食店は、どこも満席です。列もできています。でも、うちの『KollaBo』だけが、まだオープンしていないかのように静かです」。
なんともバツが悪い、始まり。もし、山田会長が、視察に来られたらどう声をかけられたんだろう。もっともヤマダ電機のおかげで、「結局、月商2000万円をクリアできた」と任さんは複雑な表情をする。
任さんによると、TVがデジタル化される時の買い替え需要でヤマダ電機にお客様が押し寄せていらっしゃった時とのことだそう。その恩恵を受け、なんとかかんとか、かたちにはなったらしい。
「その後、オペレーションの改善に取り組み、試行錯誤も繰り返しながら、体制を再構築し、2年後には赤坂、3年後には銀座に、出店していきます」。
最盛期は、2019年5月。29店舗になった。日韓連合の強力なタッグ。29店すべてで、韓国料理に舌鼓を打つ、お客様の姿がみられた。
予約は、日々、入る。グルメサイトの点数も高い、高い。ところが2019年5月、そのグルメサイトを観たとき、任さんの表情が、かたまった。
裁判の結末は…。
2024年7月現在、まだ決着はついていない。
2020年5月22日に、韓流村はカカクコムが運営するグルメサイトの食べログが一部チェーン店だけの点数を差別的に下げる不当なアルゴリズムを設定・運用していると提訴した。
2022年6月16日に東京地方裁判所は、チェーン店の点数を差別的に下げるアルゴリズムが「優越的地位の乱用に当たり独占禁止法に違反」だと判断、韓流村が勝訴。
食べログを運営するカカクコムに3840万円の賠償を命じた。この件は、ネットや新聞でも取り上げられている。しかし、カカクコムは、東京高等裁判所に上告。2024年1月19日に、一審が覆された。
もちろん、任さんは最高裁に上告し、争う姿勢を崩さない。
どちらが勝訴するか、まだわからない。構図は、大企業がいち個人を相手取り、争うように映るが、それは正しくない。いち個人が、大手を相手取り、6800チェーンの20万店舗への差別的点数操作に対して必死に戦っているのだ。
声援を送りたくなるのは、私だけだろうか。
主な業態
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