「人間に生まれてよかった」と本気で思った日のこと。
僕らは人間であることが当たり前なので、人として生きていることに対して、何かしらの喜びを感じにくいです。
ましてや僕は、ポジティブな性格ではないので、特に喜びを感じません。
でも僕にだって、「人間に生まれてよかった」と思える日があります。
それは19才の頃、東京への上京資金を貯めるために、田舎の工場で働いていた日のことです。
その仕事は立ちっぱなしの労働で、12時間も拘束されてしまいます。それだけでも僕は、体力的に辛かったです。
しかし、何より一番辛いのは、面倒な厄介者がいたことです。
その厄介な人は工場の社員ではないのですが、自分より下の人を見つけては威張り散らかすというタイプの人間で、僕より25歳ぐらい年上です。
僕を見つけては「おぉーい!」と叫び、何かしら理由をつけて怒鳴ってきます。雰囲気的に僕が相当悪いみたいなので、怒鳴られたら謝っていましたが、内容は「休憩が少し長い」とか「これやったの、お前だろ!」などの理不尽な説教でした。
それを繰り返していくうちに、僕は本当に辛くなっていきました。
いつだって辞めたいし、辞めるのも面倒くさい。しかし、このままでは僕の心と体が持ちません。僕は、どうしたらこの問題を解決できるかを毎日考えました。すると、一つの答えにたどり着きました。
ズバリ、機械になりきること。
工場では、機械のような仕事が求められます。正確で速くて、生産数を上げることが大事です。
そこで僕はもう一段階踏み込んで、感情も失おうと決めました。嬉しいも悲しいも辛いも楽しいも、考えないようにしました。
そうすれば、あの厄介な人に何を言われても何も感じる必要がありません。
そうして僕は、“機械になる”と決めて、仕事に臨むようになりました。
僕が機械になりきってから数週間経って、僕の心は楽になりました。
それからも厄介者に何か言われましたが、何も記憶できないようになりました。
なぜなら、僕は機械なので人の感情を処理する機能は備わっていないんです。っていうか、そもそもこの工場にはそんな仕事はありません。
そんな仕事に徹する僕を見て、工場のリーダーが僕にこう言ってきました。
「稲本くん、アイツ面倒くさいやろ? よく頑張ってくれる稲本くんに、良い環境で働いてもらいたいから、アイツは違うエリアに飛ばしたるよ」
「えっ? マジですか!!!!!!」
リーダーは、僕が厄介者に理不尽な扱いを受けているのを見ていたらしく、ずっと前から左遷を考えていたそうです。僕は、自分の頑張りが認められた喜びと同時に、思いもよらぬ結果になったことに驚きました。
僕はこんなことを狙っていたわけではありません。ただ、一生懸命になって仕事をしていただけです。
人間はちゃんと頑張るだけで、味方ができるんです。
そして、リーダーは去り際にこう言いました。
「ちゃんと見とる人は、見とるんやでー」
僕は感情を処理しない機械になると決めたのに、瞳からは涙が溢れてきました。
ヤバい、人間に戻ってしまう。
しかし、一度機械になると決めたのですから、手を止めるわけにはいきません。僕は泣きながら仕事をしました。
「おぉーい! なにやっとる!」
厄介者が僕に怒鳴ります。瞳には涙が溜まり、目の前がぼやけて見えていた僕は、何かしらのミスをしてしまったようです。
「あぁ…。また人間に戻っちゃったよ…」
僕はそう一言つぶやいて、彼からの最後の説教を受けるのでした。
「人間に生まれてよかった」と本気で思った日の話でした。
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