tel(l) if... vol.17 弟子入りする
登場人物
千葉 咲恵
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。
伊勢
特進コースの社会科教師。咲恵と卓実の勉強を見ている。
麹谷 卓実
特進コースの男子生徒。
伊勢先生には、結局、なぜ泣いていたのかは伝えなかった。先生を頼る必要が無くなったからだ。
私のありのままの気持は、あの夜にわかった。
卓実から連絡は来たけれど、すべて無視した。
いま彼に接触したら、私は確実に流されて、同じことを繰り返すだろう。一度彼と離れて、その上でどんな気持ちが生まれるのか知りたかった。
でも、学校にいる限り、卓実の存在を無視するのは難しかった。だから、休憩時間は離席するようにした。講習が終わったらすぐに帰った。
この日は、メッセージの他にも着信が来たので、翌日、私は慌てて伊勢先生に声をかけた。
「単なる雑談だよ。千葉さんの立場が悪くなるような話はしてないから。怒ったりもしてないし、安心して」
先生ってどこまでもスマートだ。私も、心に伊勢先生を住まわせよう。そう思った。
夏期講習が終わった。私は早朝にウォーキングを始めた。家族とは温泉に行ったりしたけれど、今年も友人と呼べるような人と過ごすことはなかった。
別に、それが悲しいとは思わない。少し退屈なだけだ。
図書館か。いいな。でも、私は一人で行った。帰りに素敵な喫茶店を見つけ、それが楽しみになって、何度か通った。
新学期になると、私は国語の右沢先生に声をかけた。
色黒で、少しぽっちゃりとした男の先生だ。何かスポーツをしているのか、伊勢先生よりも小柄なのに重厚感のある体格をしている。
私のクラスの副担任でもあり、私が自習の時間に村上春樹を読んでいたら、「おもしろいよね」と声をかけてくれたことがある。
私が全国コンクールでまぐれ受賞したときも、先生は知っていて祝福してくれた。
私は、右沢先生が歌集を自費出版していることを、文芸部の顧問から聞いていた。
私が歌集の名前を尋ねると、右沢先生はそれを一冊くれた。しかも、サイン入りだった。
文芸部に寄贈するということだったので、回し読みする予定だったけれど、他の部員はペラペラとめくっただけで、「ごめん、パス」と言った。
それというのも、その歌集はかなり過激な内容になっていた。右沢先生は、少し思想も強めで、性描写も厭わない。
でも、それこそ、私の創作に欠けているものではないか。私は一皮むけたかった。
初志貫徹、私は歌集を最後まで読むことにした。ただ、内容が難しすぎたので、わからないところは先生に直接確認した。
右沢先生は、授業終わりに私の短歌も見てくれた。お題まで用意してくれたこともあった。
一首も用意して来なかった日には、「だめだよ、書き続けなきゃ!」と言った。
右沢先生は声が大きいから、クラスメートの視線も気になり、何度か心が折れそうになった。
一度、クラスメートに「サッキーって真面目だよね」と言われたことがある。
中には「大丈夫? 先生につきまとわれてない?」と誤解する人もいた。
でも、右沢先生にそんな下心はなく、本心から私を育てようとしてくれていた。
卓実からの連絡は無くなった。私が夏休み中に一つも応答しなかったのだから、当然だ。
だから、新学期に入ってからは、二人で社会科準備室を訪ねることも無くなった。
それでも私はたまに伊勢先生に勉強を見てもらっている。もう、何曜日の何時だとか、しっかり決めなくても良かった。
運の良いことに、右沢先生のおかげで伊勢先生と話せる機会が増えたのだ。右沢先生と伊勢先生は年が近いらしく、仲も良いらしい。こんなに近くに味方がいたなんて、私は今まで何をしていたのだろう。
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