見出し画像

あえて、ゆるく。——映画「サウナのあるところ」

『サウナのあるところ』という、そのまんまサウナを主題に据えた映画がある。
なんだか思い出深い作品なので、きょうはそのあたりを書いていきたい。

基本データ。

2010年、フィンランドで制作されたドキュメンタリー作品。
公開後、本国にてヒットを叩き出し、一年以上のロングラン興業に至った。
原題は『Miesten vuoro』。Men's turn、男性の番、みたいな翻訳になるらし。
英題は『Steam of Life』。人生の蒸気、人生から迸るもの、なんて訳せるか。
監督はヨーナス・バリヘルとミカ・ホタカイネン。
公式サイトには、サウナ室まえで上半身裸の姿で泰然と構えるふたりの姿がある。
日本での上映は2019年9月。2021年3月にはDVD発売。

胃腸に優しい映画。

2019年の秋といえば。
夏季休暇も終わろうかという折にフランスを訪れてヒャーと目を丸くしたり。
半年モノのヴィンテージ・ジャムヨーグルトを食べてサイケな夜を過ごしたり。
松島ハーフマラソンで胃腸に決定打を叩き込み、絶食の憂き目を見たり。
なんだ・かんだと、気忙しい独り住まいを送っていた頃合いである。

あんまりにも気疲れを起していたわたしの目に偶然「サウナ」の字が飛び込む。
「サウナ」が持つ温暖なイメージに、続く「のあるところ」のひらがなの柔和さ。
題名から早くも興味を惹かれ、公式サイトを参照して、すぐ出発の支度を整えた。
寮から20分ばかり歩いたところに上映館「フォーラム」があったことも背を押す。

フォーラムは、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』といった超巨大作品から、
大型館が選ばないようなマイナーな、しかし滋味深い映画まで扱う名劇場である。
『海の上のピアニスト』や石川梵監督の『くじらびと』を観たのもフォーラムだ。

いざ劇場に着いてみると、もとよりちいさく限られている座席数に、
ごく数名の観客がぱらぱらと座っている。若者も、仙人もいたようである。
わたしは四列目あたりに陣取って——開演。

蒸気の向こうの人生。

裸の男たちがサウナ空間に詰まっている。
人数はふたりだったり、もっと多かったり。
覆いのタオルを使っていたり、いなかったり。なるほど15禁指定である。
モザイクのほかは潤色のエフェクトが適用されていない、ナマの姿態の人々。
かりかりにほっそりした痩躯もあれば、肥満ぎみの体型もある。隠さない。

トラクターや廃バスの内部など、さまざまな場所がサウナに充てられる。
公衆電話さながらの個室サウナが平野に設けられていたり。
蒸気でぼやけてこそいるが、その赤らんだ裸体の輪郭はシッカリ見える。
満足したら雪や水の冷たさに身を浸し、またサウナに帰っていく。

裸の男たちは、ぽつぽつと、訥々と、語らう。
白樺の枝を束ねたヴィヒタで自他のボデーを叩く音が時折響く。
だが、至って映像は静かである。ナレーションも聞こえてこない。

当然、見も知らぬ男たちが、少し話して、画面転換とともに退場する。
朝ドラだったら天の声やテロップが親切に補足するような基本情報が無い
のちに観ることになるロシア映画にも通ずる、朧げな出演者たちである。

物語ストーリーとして明快な解決を得るために登場するのでも、させられるのでもない。
少しばかり、知己と話して、自分の過去を振り返り、涙を流し、息をつく
おのおの凄絶な過去を送ってきたらしいが、再現映像もなく、自分が語るだけ。

サウナを満たす蒸気のように、換気扇をつけたら退場する登場人物たち。
なにを話していたか、ろくに思い出せないが、それでいいのかもしれない。

81分の上映時間が吹き消える。
なんかわからんが、あったかかったな。われわれ少数の観客はフォーラムを出た。
スタンディング・オベーションが沸き起こるほどのカタルシスも無いし、
永久に悩むべき課題を与えられ深刻な面持ちで辞去するほどでもない。
ほんのりと、身体の芯から、あったかい。

秋風の吹き渡る夕闇をふらふらと歩いて寮に戻った。

ゆるやかな物語を。

本作はDVDだけでなく、Prime Videoでレンタルしても鑑賞できる。
機会と、余裕があったらぜひとも覗いてみてほしい。

サウナをはじめとして、温泉空間ではたまに出合いがある。
お互い素ッ裸であるという、ふだんあまりない場面での出合いのすがた。
風呂をあがったら、たぶん、二度と結ばれることはない、あっさりした繋がり

それでも、一回こっきりだから話せることって、あるもので。
往々にして解決はない。解決したくて「相談」をふっかけたのではないから。
わずかに「やあ」「どうも」と声をかけるだけでも、交感できる。
いや、もう、同じ露天風呂を共有して遠景を眺めるだけで、なにか起きている。

濃いものだけでなく、あっさりした味わいも摂ってこそ、胃腸に優しいはず。


毎度、起承転結に乏しい文章を読んでいただいて、ありがとうございます。

この映画も胃腸にうれしいのではないかしら。
前者、いつの間にか高騰してますな。胃腸に良くても、懐は痛みますか。

この記事が参加している募集

映画館の思い出

映画感想文

I.M.O.文庫から書物を1冊、ご紹介。 📚 東方綺譚/ユルスナール(多田智満子訳)