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新しいVRフィットネスのカタチ「Groove Fit Kingdom!」 後編

 こんにちは。イマクリエイト株式会社の松迫です。
 本記事では弊社で開発したVRリズムフィットネスゲーム「Groove Fit Kingdom!」について前編・後編に分けて紹介しています。
(前編の末尾に記載した、VRゲームにおけるプレイヤーの身体的特徴をどう考慮すべきか、の話は、「次世代のVRリズムフィットネスの提案」の項を読んでください!)

前編はこちら▼

VRならではのUI/UX

 バーチャルリアリティ体験に適したUI/UXを考えることは、多くのVR/AR開発者にとって難題であり、乗り越えるべき課題です。これまで人類は、壁画から絵画、映画、ゲームに至るまで、視覚表現はすべて二次元平面上、そして決められた枠(フレーム)の中に完結していました。それが突然、VR/ARコンテンツは「三次元空間」「フレームがない(360度全方位)」体験なわけです。人類にそういった体験づくりの知見はまだ十分にありません。
 「いやいや、三次元空間で全方位って、私たちが生きている現実世界そのものじゃん。ヒントは私たちの現実世界の日常の中にあるのだ!」と思う方がいたら、なかなか鋭いです。実際その通りで、VR/AR体験のUIやUXを考えるにおいて、物理現実での何気ない行動が大きなヒントになる場面は沢山あります。

 しかし、そうも一筋縄ではいかないのには理由があります。現状のVR技術が再現する世界には、私たちが生きる物理現実世界に比べてまだたくさんの制約があるからです。
 たとえば、「モノに触れた感覚」、いわゆる「触覚フィードバック」はまだまだ不十分です。VR空間に置かれたボタンを指で押しても、実際に押した感覚を指先に感じることはありません。それだけではなく、いくらVR内でボタンに触れていようと、ヘッドセット外した物理現実世界には「何もない」ので、指はボタンの上で止まることはなく、すり抜けていってしまいます。そういった違いがあるだけで、ただ普段の現実をそのまま参考にすればいいというわけでもなくなります。難しい。
 また、同じような理由で、VR内でモノを持っても重さは感じないですし、壁があっても寄りかかることは出来ません。逆もしかりです。VR内で広大な草原にいるからといって自由に走ると、実際に自分がいる自宅の部屋の壁に激突します。

VRでけが

 このように、現状の一般的なバーチャルリアリティ技術は、「物質」や「触覚」に関係するフィードバックが不十分です。「視覚」や「聴覚」に関係する部分はかなり進化してきており、肉眼レベルのVRヘッドマウントディスプレイも出てきているくらいですが、この「物質」「触覚」まわりの再現が難しいために、適切なUI/UXを考える際もその制約を考慮に入れないといけないわけです。

 そんな制約を抱えた中、どのようにUIやUXを考えていくのか。世界中でVR/ARコンテンツでのUI/UXについては試行錯誤がされていますが、今回は僕がGroove Fit Kingdom! のUIとUXを組み立てる際に考えたことを紹介します。

 そもそも良いUI/UXというのは、「ユーザーが説明なしでもスムーズに使えて、使うのが楽しみで、また使いたくなる」状態を言います。この「ユーザーが説明なしでもスムーズに使える」、そして「使うのが楽しみで、また使いたくなる」という二つの要素は、VR/ARコンテンツの根本的な特徴にそれぞれ当てはめて考えることが出来ます。

 さて、そのVR/ARコンテンツの根本的な特徴とは何か。バーチャルリアリティ技術を使ったコンテンツは、その特徴において次の二つに分けられます。

①物理現実のエッセンスをデジタルで再現する
②物理現実では起こりえない現象を現実味のある体験として疑似的に表現する

 ①は例えば、バーチャル卓球Eleven Table Tennis VR)や、失禁体験装置などです。マシンやデジタルのソフトウェアをつかって、私たちが生きている物理現実での現象を再現する体験です。
 ②は、魔法の箒で空を飛ぶ体験リトルウィッチアカデミアVR)や、バーチャルタレントのライブ体験VARK)、などです。魔法を使ったり、二次元のキャラクターを間近で感じたりなど、物理現実では不可能なことを疑似的に可能にする体験です。

 体験して「凄い!」「新鮮だ!」と感じるVRやARのコンテンツは、この①と②のどちらか、あるいは両方が優れているのです。

 VR/ARコンテンツが持つこの二つの大きな特徴を、「良いUI/UX」の条件に当てはめてみます。

VRARの特徴と良いUIUX

 まず、良いUI/UXの条件の一つ目「ユーザーが説明なしでもスムーズに使える」こと。ユーザーが日常的によくやる当たり前の動作であればあるほど、説明がなくても自然に出来ます。
 例えば目の前にリンゴが置いてあるとき、それをどうやって手に持つか。普段の物理現実であれば、手をリンゴの方にのばして、指と掌でリンゴを包んで掴み、持ち上げます。説明せずとも当たり前のようにやりますよね?バーチャルリアリティ体験においても、リンゴを手に持つために要求する操作がその普段の動作に近ければ近いほど、ユーザーは説明なしに進めることが出来ます。何の説明もなく、リンゴをつかむ方法が「三回拍手して手の甲にくっつける」とかだったら無茶がありますよね(笑)。
 つまり「ユーザーが説明がなくてもスムーズに使える」ためには、VR/ARコンテンツの特徴①「物理現実のエッセンスをデジタルで再現する」を愚直に実現すればいいわけです。物理現実での動作をVR/AR内で忠実に再現していればいるほど、ユーザーは説明されずとも自然に使うことが出来ます。

 次に二つ目「使うのが楽しみで、また使いたくなる」という良いUI/UXの条件を満たすためには、VR/ARコンテンツの特徴②「物理現実では起こりえない現象を現実味のある体験として疑似的に表現する」ことにフォーカスして設計すればいいと考えます。魔法を使ったり、空を飛んだり、手のひらを開くだけで美味しそうなプリンが出てきたり。普段の生活では絶対にありえない現象であるほど、遭遇したときにワクワクし、「また体験したい」と感じます。物理現実では起こりえない現象を疑似的に再現してあげることでワクワク感を感じさせ、「また使いたい!」と思ってもらうのです。

 このように、VRやARのコンテンツが持つ根本的な特徴は、良いUI/UXであるための条件にぴったりと当てはめて考えることが出来ます。この対応関係を意識するだけでも、プロダクトを組み立てる際にスムーズに設計できます。

 実際にGroove Fit Kingdom! で工夫したUI/UXについては、アップフロンティア株式会社様がnoteの記事にまとめてくださっています!ありがとうございます!

 まさにこの記事で取り上げていただいている
A. ミニゲームを開始するときの「水晶に入る」動作
B. ポーズ画面でメッシュ編を表示して「時間が止まった感覚」を表現
などは狙い通りで、プレイヤーの皆さんに違和感なく受け入れられているようで嬉しい限りです。

 この二点について前述のVRコンテンツの特徴に当てはめると、

A. ミニゲームを開始するときの「水晶に入る」動作
 水晶を手に持って顔まで近づける動作については①物理現実のエッセンスの再現、水晶を被ることでシームレスに空間ワープするのは②物理現実では不可能なことの疑似表現です。このように日常的に馴染みのある動作と、ワクワクするような非現実的な演出を組み合わせることで、毎回のゲーム開始時を楽しい体験にしています。
 また、難易度の球をゲームの球と合体させることで難易度を選択する、というインタラクションを導入し、手を使って球を持つUIにこだわりました。

B. ポーズ画面でメッシュ編を表示して「時間が止まった感覚」を表現
 ポーズボタンを押すことで、これまで鮮やかだった世界が突然静止し、マトリックスの世界のようなみどりの線で描かれた世界に一変します。これは②物理現実では不可能なことの疑似表現 ですが、加えて他のゲームとの差別化という意図もあります。既存のVR音楽ゲームのほとんどは、ゲーム中に一時停止をした時周囲の世界を少し暗くしたり、ぼやけるようにする演出を採用しています。Groove Fit Kingdom! を遊んでくれた方に新鮮さを感じてもらうためにも、これまでに見たことがない一時停止の表現を採用しました。

ポーズ画面

楽曲のヒミツ

 今回Groove Fit Kingdom!というオリジナルのVRリズムフィットネスゲームを開発するにおいて、楽曲をどうしようかという問題に初期からぶつかりました。ゲーム中で使用する曲がないことには成立しませんし、一方で無料でリリースする手前あまり予算もかけられません。

 はじめは著作権フリーの楽曲をネットで漁って、開発中のフィットネスゲームに合う曲があるか探していたのですが、なかなかピンとくる曲がありません。というのも、フィットネスの動きと合わせて譜面ファイルを微調整していく中で、適切だと感じる楽曲のテンポ(BPM)や、キメのポイント(リズムテニスでいうところの「スマッシュ!」のタイミング)、楽曲全体の時間における最適な曲構成が頻繁に変わるのです。

 楽曲先行でリズムやフィットネスのルールを作成すると、どうも気持のいい体験になりません。遊んでいてリズム的にも身体動作的にも違和感のない体験を創ろうとすると、どうしても身体動作や全体の流れを先に考慮し、その後で楽曲のテンポや構成を組み立てる必要がありました。
 そういった経緯もあり、すでに出来上がった楽曲を使用するのは困難だったため、自分で作曲することにしました。DTMを使用して作曲をしながら、並行してゲームシステムも組み上げることで、相互に同時に微調整しながらスムーズに開発することができました。

 音楽としてはプロの楽曲に敵わないことは言うまでもないですが、フィットネス音楽体験としては結果的に良いアプローチだったように感じます。

Groove Fit Kingdom! ゲーム音楽はこちら▼

白熱する「エンドレスモード」

 3つのミニゲームと、それぞれに「かんたん」「ふつう」「むずかしい」「プロ」の4つの難易度を用意して最初のリリースをしました。各ミニゲームで獲得した点数を世界中の人々と競うことが出来るよう、サーバーを使った簡単なオンラインランキング機能も実装しました。
 リリース後、しばらくユーザーのプレイログを観察していたのですが、どうも再プレイ率が伸びません。オンラインランキングはあるものの、それだけでは「次はもっといい点数を取るぞ!」というモチベーションの創出には繋がっていないようで、だいたいのプレイヤーが1~2回のプレイで終わっているというデータを目の当りにしました。
 
 再プレイ率が低い原因を考えてみたところ、以下のようなことが挙げられました。

① 点数に上限があるため、上位層での点数争いが発生しなくなる
② 連続成功(コンボ)によるボーナスの仕組みがないため、連続成功やパーフェクトプレイのモチベーションが低い
③ プレイヤーによってはさほど疲れないため、フィットネスとして再プレイしたくなるほどの運動強度がない
④ SNSに投稿するのに適したスクリーンショットやビデオキャプチャが撮りづらいため、ゲーム内ランキングボード以外に高得点を自慢する場がない

 このうち①「点数に上限がある」という問題と③「さほど疲れない」という課題に注目し、「遊べば遊ぶほど点数が上がる一方で、身体は疲れていく」遊び方を模索しました。
 その時頭をよぎったのは、やはり登場、リズム天国シリーズの「エンドレスゲームズ」というミニゲームでした。

 通常のリズムミニゲームとは異なり、ミスをすると減っていくライフがあることと、一定周期ごとに曲のテンポが速くなっていくことが特徴です。動画でもわかる通り、上手にプレイすればするほど曲が速くなっていきミスもしやすくなりますが、点数はどんどんあがっていくという、まさにエンドレスなモードです。この素晴らしいゲームシステムを参考にさせてもらい、Groove Fit Kingdom!の既存のミニゲームに「エンドレスモード」を追加し、アップデートバージョンとして配布しました。

 リズム天国のエンドレスゲームズのように高得点の競争心を煽るのに加えて、フィットネスとしてしっかり身体も疲れていく達成感があり、多くのプレイヤーの方に楽しんで頂けました。
(たくさんプレイしてくださった皆さんありがとうございます!)

 また、エンドレスゲームとして別のミニゲームを用意するのではなく、既存の「かえるボクシング」「リズムテニス」「ピザの配達」「荒野の決戦」といったミニゲームに難易度の一つとして「エンドレス」モードを追加し、それぞれの基本のゲームルールはそのままにクリア条件としてエンドレスシステムを導入したことは、オリジナリティのある工夫だったと思います。

次世代のVRリズムフィットネスの提案

 最後に、実際にVRリズムフィットネスを開発する中で感じた課題をベースに、次世代のVRリズムフィットネスの仕組みを提案してこの記事を締めくくろうと思います。

 先日バーチャル学会2020の口頭発表に登壇させていただき、「VRフィットネスの体験価値と音楽との融合」と題してGroove Fit Kingdom! の開発をアカデミックな研究に紐づけて展開しました。

 その時の発表の最後に「データを活用した『成長するVRリズムフィットネス』」というアイデアを提案しました。口頭発表では時間も限られていたため大まかな概念を提案するにとどまったので、この場を借りてより詳細に説明します。

 この提案で解決したい課題は、本記事の前編の第三項に記載した、「プレイヤーごとに異なる身体的特徴によって生じるゲームの制約」です。腕の長さや反応速度、音楽的な「ジャスト」タイミングの認識がプレイヤーごとに異なることから、プレーヤーにとって心地よい体験設計を一つに定めることが出来ません。全身を大きく動かす運動を前提としたGroove Fit Kingdom!において、この身体個性による問題は従来のボタン入力だけの音ゲーに比べてより顕著に現れます。

 腕の長さや反応速度だけであれば、ゲームを始める前にキャリブレーション(プレイヤーの入力を測定して)をすることで、ある程度個々人のズレを解消することは出来ます。しかし、例えば「どれくらい身体を横に倒せるか」といった腹斜筋の柔軟性であったり、楽曲テンポごとに心地よいジャストのタイミング、などといった細かい個性まで毎回キャリブレーションしていたらキリがないですし、プレイヤーにとっても面倒です。

 そこで、プレイヤーがいつも通りゲームを遊んでいる際にリアルタイムで身体運動を記録します。この時、「VRリズムフィットネス」の文字の通り、三次元空間における(VR)時間方向も含んだ(リズム)身体運動(フィットネス)のプレイデータが蓄積されていきます。物理現実でヒトの身体運動を記録することに比べて、そもそも前提として三次元空間をコンピュータ上で処理し再現しているVR空間では、身体運動の記録が圧倒的に簡単です。
 6DoF(前後・左右・上下に自由に移動と回転ができること)のVRヘッドマウントディスプレイとコントローラの位置や速度、加速度を記録し、蓄積します。そうして蓄積したデータからプレイヤーの身体特性を割り出し、個々人のゲームシステムを自動で微調整する、という算段です。これによって老若男女、普段運動をしていた人から、あまり身体を動かしていなかった人まで、身体に無理な負荷をかけることなく心地よいリズムフィットネスを遊ぶことができると考えています。
 また、プレイデータの記録からパーソナライズできるのは、三次元的な身体情報だけではありません。「リズムフィットネス」である以上はそこに「音楽」はつきもの。そして音楽のジャンルや長さ、構成の好みも人によって様々です。ミニゲームごとに様々なジャンル、テンポ、長さの楽曲を用意し、プレイヤーが好んで何度もプレイしている楽曲を分析します。その分析結果をもとに、他の楽曲を使ったミニゲームの曲構成や使用楽器を変えてしまうことも可能だと思います。

 このように、プレイヤーが気付かないうちにデータを記録、分析し、自動でゲームをカスタマイズする。何度も繰り返し遊んでほしいVRリズムフィットネスだからこそ、こうしたデータを活用した工夫が必要だと考えます。

 また、この提案にはもう一つの目的があります。それは、すべてのプレイヤーの身体特徴やプレイデータを、データベースに集約することです。世界中のプレイヤーのデータが蓄積されれば、傾向を分析してベースのゲームシステムをより良いものにアップデートすることが出来ます。

 VRヘッドマウントディスプレイやコントローラで取得したデータは、身体の部位によってはある程度推定も含めた記録になるので、実際の身体の動きと完全に一致した記録というわけにはまだいきません。とはいえ従来の画像認識による2D/3Dの姿勢推定と比較しても遜色なく、最近だとミリメートル単位の動きについても十分な精度で取得できます。そしてそれら「動き」の記録は独立したデータとしてではなく、VRリズムフィットネスをプレイする中で「時間」「予備動作」「癖(くせ)」といったものとも紐づけて記録することが出来ます。
 こうして蓄積されたデータは、健康医学や運動生理学などの分野の研究資料として用いられたり、VR/ARをはじめとした空間コンピューティングに関わる様々なプロジェクトでの活用が期待できます。

 楽しく遊びながら運動をすることでプレイヤーが「成長」するだけでなく、データを活用してゲームそのものも「成長」し、ゲームの外の研究やビジネスまでも「成長」させる。そういう多方面に良い影響を与えるコンテンツが創りたいと考えています。

 さて、長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。
 本記事で紹介したGroove Fit Kingdom! は、SideQuestおよびSteamにて無料配信中です。VRデバイスをお持ちの方は是非遊んでみてください!
 またGroove Fit Kingdom! は、今後開発インターン生や新メンバーの導入コンテンツとして活用し、適宜アップデートリリースをかけていく予定です。少しでも興味を持ってくださった方がいたら是非ご連絡ください!お待ちしております!

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